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もふもふにだけモテる勇者は、自分の価値がわからない  作者: 遠崎カヲル


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11/12

体調不良と、追いかけっこと、朝まで全力

 目が覚めた時、妙な重さがあった。


 ボッチルフは目を開けた。天井が見えた。その直後、真横に息遣いを感じた。

 顔を横にむけると、ニャリエナの顔があった。めちゃくちゃ近い。

 ニャリエナの腕と足が、ボッチルフへ絡みつくように巻きついていた。尻尾まで腹の上に乗っている。


「ちょ、ニャリエナ氏!? 離れて寝ると決めたはずでは――ふごっ!?」


 慌てて距離を取ろうとして、気づいた。

 ニャリエナの顔が赤く、息が熱い。ぼんやりした目で、じっとボッチルフを見ている。尻尾がぱたぱたと揺れている。

 明らかにいつもと様子が違った。


「ど、どうしたでございますか……ニャリエナ氏……?」


「身体が……熱いニャン……」


 ニャリエナがボッチルフの方へ寄ってきた。

 慌てて身を引いて、ベッドから転げ落ちた。床へ背中を強打して、ボッチルフは頭を押さえながら身を起こす。

 ニャリエナの額へ恐る恐る手を当てた。


「ね、熱があるでございます!?」


 跳び起きた。




 ボッチルフの背筋が伸び、メガネの奥の目が細くなった。

 眼鏡を押し上げ、ニャリエナの額にもう一度手を当てる。確かに熱がある。


「ふむ。発熱確認。症状からして、風邪だな」


指先に魔力を集めて、ニャリエナの額へ手をかざした。


「解熱術式――」


 淡い光がニャリエナを包む。しかし熱は下がらない。


「おかしいな……では状態異常回復――」


 効かない。ニャリエナの顔色は変わらない。


「まさか複合型の呪いでは……魔力循環調整――」


 効かない。

 ボッチルフの肩が縮こまった。


「お、おかしいでございます……なぜ効かないのでございますか……ふごっ……」


 ボッチルフは焦ったように呪文を唱え続ける。その横で、ニャリエナはぼんやりした顔でボッチルフを見上げていた。


「勇者様、いいにおいニャン……」


「そ、それどころではないでございます!!」


 ボッチルフは頭を抱えた。高度な術式を連発しているのに、何一つ効いていない。

 それどころか、ニャリエナはじわじわとボッチルフに近づいてきている。


「もしや……前回の呪いの後遺症では……!?」


 ボッチルフはニャリエナを背負うと、慌てて外へ飛び出した。




 獣人専門の女医の診察室に駆け込んだ。ボッチルフは肩で息をしていた。


「す、すみません……その……連れの者が体調を崩していて……解熱術式も状態異常回復も効かなくて……ふごっ……前回、呪いに遭遇したので、その後遺症の可能性も……」


 女医はボッチルフの言葉を最後まで聞かずに、ニャリエナを一瞥した。それだけで、すぐに言った。


「あー……発情期ですね」


「……へ?」


「発情期です。獣人の」


「…………ふごっ!?」


 改めて、診察してもらう。

 ボッチルフは椅子に座ったまま固まり、しばらく動けなかった。

 ニャリエナは診察台の上で首を傾げていた。


「発情期ってなんニャン?」


 女医が淡々と説明した。


「好きな相手にくっつきたくなる時期よ。獣人には定期的にあるの。初めてだったのね。すぐに落ち着くから、安静にしてれば大丈夫」


 ニャリエナは少し考えた。


「好きな相手……勇者様ニャン」


「やめるでございます!!」


 女医がちらりとボッチルフを見た。何も言わなかったが、目が微妙な色をしていた。




 宿に戻ると、ニャリエナを寝かしつけた。


「と、とにかく落ち着くまで安静にするでございます……ふごっ……安静、安静でございます……」


 そう言って、椅子を布団から最大限遠ざけて座った。椅子は窓際まで下がった。

 ぶつぶつと何かをつぶやきながら、魔道具の研究書を開いた。手が少し震えている。


 ニャリエナはすやすやと寝息を立て始めた。

 ホッとして研究書に、没頭した。


 どのくらい時間がたったろうか。

 不意に、布団からニャリエナの声がした。


「勇者さまぁ……」


 声の質が、いつもと違った。妙に甘い。


「な、なんでございますか……」


 ボッチルフは椅子から立ち上がらずに答えた。


「近くにいてほしいニャン……」


「あ、安静が大事でございますので、ここから見守るでございます……ふごっ……」


「近くニャン」


「み、見守っているでございます……」


 沈黙があった。

 それからニャリエナが上目遣いでボッチルフを見た。


「……勇者さま」


「な、なんでございますか……」


「近くニャン」


 ボッチルフは観念して、布団の横まで近づいた。床に座った。


「こ、ここでございますか……」


「もっと近くニャン」


「こ、これ以上は……ふごっ……」


 腕を掴まれた。顔を引き寄せられた。


 かぷっ。


 耳を噛まれた。柔らかく、でも確実に。


「ぶほっ!? な、なにをするでございますか!?」


 耳元で、囁かれた。


「勇者様、交尾するニャン」


「な、な、なにを言ってるのでございますかあああ!?」


 ニャリエナが布団からがばっと起き上がった。

 目が据わっていた。いつものツリ目が、全く別の光を帯びている。獲物を狙う獣の目だ。


「交尾するニャン」


 ボッチルフは一歩後退した。二歩後退した。背中が壁についた。


「や、やばいでございます……本気でやばいでございます……喰われるでございます……!」


 ニャリエナがゆっくりと立ち上がった。

 ボッチルフは部屋から飛び出した。



 ボッチルフの全力疾走。その後ろ姿をニャリエナが狙う。

 廊下を走りながら、ボッチルフは術式を展開した。


「眠りの術式――!」


 魔力が収束し、淡い光がニャリエナに向かって流れた。

 ニャリエナはぐらりとして、目が閉じかけた。

 しかし一瞬で復活した。


「勇者様ぁ……交尾ニャン」


 ボッチルフは走りながら分析した。


「なるほど……睡眠欲より性欲が上まわるのか……これは理論上も興味深い現象で――いや分析している場合ではないでございます!!」


 階段を駆け下りた。




 ボッチルフは次の魔法を準備した。


「幻影魔法・多重残像――!」


 廊下にボッチルフが十体出現した。全員が同じ動きをしている。完璧な幻影のはずだ。


「これで時間を稼ぐでございます――」


 ニャリエナはためらわなかった。


「勇者様はそこニャン!」


 本物を指さした。


「なぜ即バレでございますか!? に、においでございますか!?」


「そうニャン。交尾するニャン!」


「嗅覚が恨めしいでございます――!」


 宿の外へ飛び出した。




「短距離転移――!」


 空間が歪み、ボッチルフの姿が消えた。

 出現したのは屋根の上だった。夜風が優しく吹いている。


「これで距離を――」


「勇者様ぁー!!」


 ニャリエナが屋根をよじ登ってきた。


「なぜ追ってこられるのでございますか!! 追跡能力が高すぎるでございます!!」


 屋根の上を走り、瓦が落ちた。

 宿の主人が窓から顔を出した。怪訝な表情を浮かべると、何も言わずに窓を閉めた。




 決死の逃走劇は宿の中に戻った。

 ボッチルフは廊下の突き当たりまで追い詰められてしまった。


「対軍用防壁術式――!」


 ボッチルフが両手を広げた。廊下一面に光の壁が展開された。魔王の手下すら止める最強の術式だった。

 ニャリエナが突撃した。


 バリン。


「ふごっ!?」


 ガラスが砕けるような音がして、結界が消えた。


「勇者様ぁー、覚悟するニャン!」


「ふごーっ!!」


 廊下の向こうで、宿泊客が顔を出した。


「なにしてんだあいつら……」


 そのまま部屋に戻っていった。




 夜が明けた。


 宿の一室で、ボッチルフが机に突っ伏していた。

 目の下に濃いクマが浮かび、眼鏡が曲がっている。ローブがあちこち汚れ、魔力もほとんど残っていない。


 ニャリエナが大きく伸びをしながら起き上がった。

 顔色がすっきりしている。いつもの目に戻り、尻尾がふりふりと機嫌よく揺れていた。


「よく寝たニャン!」


 ボッチルフは死んだ目のまま、ゆっくりと顔を上げた。


「……朝まで逃げ切ったでございます……ふごっ……」


 ニャリエナが首を傾げた。


「なんで逃げてたニャン?」


 ボッチルフは無言で鼻血を出した。

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