呪いと、術者と、効かない理由
妙な事件の噂が立った。
町はずれの廃屋に近づいた者が体調を崩すらしい。
調べた結果、原因は地下から発せられる呪いのせいという事がわかった。
役所からギルドへ正式に探索調査依頼が入り、いくつかの冒険者が現地へ向かった。
しかし、調査に行った者たちもことごとく被害を受け、撤退を繰り返した。
戻ってきた者たちは皆、顔色が悪かった。妙なことに、実力者ほど症状が重くでた。
ギルドで合同調査が組まれる事になった。
Aランク三人組の冒険者パーティを筆頭に、Bランクの前衛が二人、同じく魔法使いが二人。さらに、手練れの斥候が一人。
そこに、ボッチルフとニャリエナが加えられた。どう考えても荷物持ちの人数合わせだった。
「おまえらは後ろでいい。足引っ張るなよ」
Aランクのリーダーがボッチルフを一瞥して言った。
「はい……でございます……」
ボッチルフは小さくうなずく。
ニャリエナは気にした様子もなく、鼻をひくひくさせながら周囲のにおいを確かめていた。
廃屋に入った瞬間、空気が重くなった。体に見えない何かがまとわりつくような感覚がある。
奥へ進むほど、その嫌な感じはどんどん強くなっていった。。
先頭を歩いていた斥候が、不意に足を止めた。眉をひそめ、周囲を警戒するように視線を動かす。
「おかしい……感覚が、鈍い」
斥候が小さくつぶやく。その声を合図にするように、後ろでも変化が出始めた。
魔法使いの一人が顔をしかめた。体の中の魔力が、勝手に抜けていく。
前衛の一人が剣を持つ手を見下ろす。握力がなくなり、武器が重い。
Aランクの一人が膝をついた。立ち上がろうとしても、うまく力が入らない。
ニャリエナもふらついた。耳がぺたりと下がる。
「変なにおい、強いニャン……」
異常が広がる中、ボッチルフだけが、何事もないように立っていた。
周囲を見回す。
斥候は壁にもたれかかり、前衛は剣を引きずるように歩いている。魔法使いは額を押さえていた。
Aランクのリーダーは顎を引いて、それでも前を向いている。
ボッチルフは自分だけが、何も感じていないのを悟った。
皆、歯を食いしばって進む。プライドと意地だけが支えだった。
ボッチルフを除いて。
最奥の部屋に入ると、床一面に魔法陣が広がっていた。
複雑な線が幾重にも重なり、中央に黒いローブの男が立っていた。
「ほう……ここまで来たか」
男が顔を上げた。視線が巡り、倒れかけた者たちを確認して、やがてボッチルフで止まった。
「ククク、この場は効率がいい。強い冒険者ほど、呪いがよく馴染む。私の力の源となるのだ」
男が手を上げると、空間が歪んだ。黒い揺らぎが広がり、冒険者たちが苦しそうに膝をついた。
ボッチルフを除いて。
「……あの……?」
ボッチルフが首を傾げた。
男は眉をひそめると、もう一度、黒い揺らぎを放った。しかし、ボッチルフに触れた瞬間、消えてしまう
ボッチルフは変わらずに立っていた。
「なぜ……効かない」
低い声だった。男の表情が歪み、ボッチルフを舐めるように見た。
それから、ボッチルフにだけ聞こえるように静かに言った。
「……呪いが効かない人間は、二種類だ。強力な神の加護を受けている僧侶か――」
一度言葉を切り、再び口を開く。
「もしくは……すでに、呪われている者だ」
ボッチルフは、ぴたりと動きを止めた。
それから眼鏡を押し上げる。
「……どちらかは、想像に任せるでございます……ふごっ……」
短い沈黙があった。
「……ならば始末する。ちょうどいい。この肉体強化の実験台になれ」
男が足を踏み出すと、床が砕けた。一歩で距離が詰まり、鉄をも裂くような一撃を振り下ろす。
ボッチルフは体の芯を半歩だけずらした。拳が空を切り、風が頬をなぞった。
「……踏み込みに、癖がありますな……ふごっ……右に入る時、左肩が先に動く……呪いで強化した筋力に、体が追いついていないでございますな……」
術者は舌打ちして、より大きく踏み込んだ。
ボッチルフは外に逃げず、逆に内側に入った。手首を打って力を流し、肩を当てて軸をずらした。
男がぐらりと体勢を崩したところで、足を払う。男の体が仰向けに倒れた。
間を置かず、ボッチルフが押さえ込み、刃を喉へ当てる。
「……終わりでございます……ふごっ……」
あっという間だった。
男がボッチルフに飛びかかり、そのまま勝手に倒れて終わった。
周囲には、そう見えた。
ボッチルフは男を縛り上げ、要点の線をいくつか踏み潰した。部屋の空気が変わり、黒い靄が散っていく。
斥候が顔を上げた。前衛たちが剣を握り直し、魔法使いが息を吐いた。ニャリエナが体をぶるりと震わせた。
「……軽くなったニャン」
Aランクのリーダーが最後に立ち上がった。
ギルドに戻ると、視線が集まった。
Aランクのリーダーが前に出て話し始めた。
「……強力な呪いだった。能力が高い奴ほど影響を受けるんだ。俺たちは皆、動けなくなってしまった」
ギルド中が静まり返る。
「だが、Dランクがいたからな。ほとんど影響を受けずに、結果的には助けられた」
そう言って肩をすくめる。
視線がボッチルフに集まり、失笑が起きた。
「術者は大したことなかったよ。なにせDランクにやられるくらいだからな。勝手に転んで自滅してた」
笑いが漏れた。
「今回は低ランクに助けられたよ。お手柄だったな。ありがとさん」
リーダーが言い終わると、笑いが広がった。
「役に立たないのが役に立ったな」
「臭すぎて呪いも逃げたんじゃね?」
「キモくて術者が見落としたんだろ」
「存在自体が呪いっぽいもんな」
もはや、ギルド中がどっと沸いていた。
ニャリエナの耳が逆立った。
「違うニャン!! 勇者様が全部やったニャン!! 助けられたくせに何いってるニャン!」
空気が一瞬だけ止まった。
「いや、別に助けてとも頼んでないし」
「なあ」
「な」
軽く頷き合った。空気が戻り、笑いがまた広がった。
ニャリエナの尻尾がぶわっと膨らんだ。
「話にならないニャン!! もう行くニャン!!」
ボッチルフの腕を掴み、出口へ向かって引っ張っていく。しかし、途中でくるりと振り返った。
「……報酬、もらうニャン」
受付へ戻って袋を受け取ると、中身を確かめた。
「よかったな、稼げて」
「もらうもんはもらっとけよ」
「俺なら恥ずかしくてもらえないけどなー」
飛んでくるヤジを無視して、二人はギルドを後にした。
後ろではいつまでも笑い声が聞こえていた。
夜の通りを二人で歩いた。ニャリエナはまだぷんすかしていた。
「まったく! 呪いは大変だったニャン」
尻尾は膨らんだままだ。
「呪いって、変わったにおいだったニャン。でも……」
ニャリエナは首を傾げた。
「そういえば、勇者様から、たまに似たようなにおいがするニャン」
「ぶほっ……そ、そうでござるか?」
「そうニャン。不思議ニャン」
ニャリエナは、そう言ってボッチルフを眺めた。
「まあ……吾輩は……存在が呪いみたいなものでござる……ので……」
そう言いつつ、ボッチルフは目をそらした。
ニャリエナはしばらくボッチルフを眺めていたが、やがてにこっと笑った。
「勇者様になら、呪われてもいいヨ」
そのまま振り向いて歩き出した。
「……ちょ、ニャリエナ氏……意味がわからな……な、何でございますか……?」
慌てて後を追った。ニャリエナは振り返らなかった。尻尾だけが、機嫌よくゆれていた。




