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Bullullu ―龍脈を駆ける術師見習い―  作者: UBSshi


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第八話 組み手

訓練場は、鬼燈院の裏手にあった。


広かった。建物の中とは思えないほど天井が高く、床は固く踏み固められた土だった。四方の壁に松明が灯され、その光が訓練場全体をぼんやりと照らしている。壁際には古びた木製の的がいくつも立ち並び、天井からは縄が何本も垂れ下がっていた。


「思ったより本格的だな。」


アケルが訓練場を見渡しながら呟く。


「当たり前でしょ。」


カヤが短く言う。


生徒たちが訓練場に集まった。ミサゴはすでに中央に立っていた。昨日と同じ、緩い帯の黒い着物。眠そうな目で生徒たちを眺めている。


「じゃあ始めようか。今日は組み手で実力を見る。」


ミサゴが懐から紙を取り出した。


「対戦はランダムで決めた。俺が名前呼んだら中央に出てきて。道術は使っていい。ただし——」


ミサゴがゆっくりと生徒たちを見渡した。


「ほどほどに本気でやれよー。手を抜いたらわかるからな。」


眠そうな目が、一瞬だけ鋭くなった。


「最初は——火箸エンジと臼井ライラ。」


---


エンジが中央に出た。ライラも、ゆっくりと歩み出る。


2人は向かい合った。


エンジは相変わらず飄々とした顔をしていた。口の端が上がっている。ライラは前髪が目にかかったまま、うつむき加減に立っている。どう見ても、実力差がある対戦に見えた。


「始め。」


ミサゴの声が落ちた。


エンジが動いた。


「鉄の道——鉄礫てつつぶて。」


低く、静かな詠唱だった。エンジの手から小さな鉄の塊が幾つも生まれ、ライラに向かって飛ぶ。


ライラが後ろに跳んだ。


着地した瞬間——ライラの手が動いた。


「雷の道——静電せいでん。」


小さな声だった。ライラの指先から、細い雷が走る。鉄礫を弾き、地面に散った。


エンジが目を細めた。


追撃した。今度は大きく踏み込み、鉄を手に纏わせながら距離を詰める。


ライラが避けた。ぎりぎりだった。だが避けた。


エンジはそのまま連撃を繰り出した。ライラは防ぎ、避け、時折反撃を挟む。雷の細い糸がエンジの腕をかすめ、じりじりとした痺れが走った。


「……なかなかやるじゃん。」


エンジが呟いた。


ライラは答えなかった。前髪の奥の目が、こちらをじっと見ていた。


エンジは攻め続けた。押しているのはエンジだった。だが——なぜか、嫌な感触があった。


うまく言えない。攻撃は当たっている。防がれてもいる。だがライラが、どこか遠い場所にいるような感じがした。戦っているのに、戦っていないような。


「鉄の道——鉄嵐てつあらしっ。」


エンジが大きく踏み込み、鉄の嵐をライラに叩きつけた。


その瞬間だった。


エンジの手から——わずかに、炎が漏れた。


ほんの一瞬だった。だがそれは確かにあった。鉄嵐に混じった小さな炎が、ライラを吹き飛ばした。


ライラが壁際まで転がり、膝をついた。


「そこまで。」


ミサゴの声が飛ぶ。


エンジが勝った。


だが——エンジは自分の手を見ていた。


「……。」


手が、わずかに震えていた。


周囲がざわついた。


「今、火が——。」


「火箸一族なのに、鉄の道術だけで戦ってたのか——。」


「なんで火を使わないんだ?」


小声が飛び交う。エンジはそれを聞いてか聞かずか、手をゆっくりと握った。


膝をついたライラが、ゆっくりと立ち上がる。前髪が乱れて、その奥の目が一瞬だけ見えた。


感情がなかった。痛みも、悔しさも、何もない。ただ静かな目が、エンジを見ていた。


「……。」


エンジは何も言わなかった。ただ、口の端が下がっていた。


---


「次——麻波アケルと天倉ソウジ。」


アケルが中央に出た。ソウジも、静かに歩み出る。


2人は向かい合った。


ソウジは背筋が伸びていた。切れ長の目がアケルを見ている。涼しい顔だが、その目には確かな力があった。


アケルは軽く首を回した。


「よろしく。」


「……ああ。」


「始め。」


ソウジが動いた。


「氷の道——霜刃そうじん。」


鋭い詠唱だった。空気が一瞬で冷える。ソウジの手から氷の刃が幾枚も生まれ、アケルに向かって飛んだ。


アケルが跳んだ。


横に、大きく。氷の刃が空を裂く。着地した瞬間、もう走っていた。


「……道術は。」


ソウジが眉を寄せる。


アケルは答えなかった。そのまま距離を詰める。


ソウジが次の術を構えた瞬間、アケルがその懐に入った。


拳が、ソウジの腹に入った。


「——っ!」


ソウジが後退する。アケルはそのまま追う。もう一撃、肩に入れた。


ソウジが体勢を立て直す。目が変わっていた。さっきより、鋭い。


「氷の道——氷柱群ひょうちゅうぐん。」


今度は広範囲だった。アケルの周囲から、無数の氷柱が地面を突き破って伸びてくる。


アケルが跳び、転がり、かわす。だが一本がかすめて、腕に傷が走った。


「っ……。」


痛い。だが、動ける。


アケルは再び距離を詰めた。


「なんで道術を使わない。」


ソウジが問う。声に、わずかな苛立ちがあった。


「使えないから。」


「使えない?」


「系統わかってないから。」


ソウジの目が細くなった。


「……それで挑んでくるのか。」


「だって他にないし。」


アケルはそう言いながら、また踏み込んだ。ソウジが氷の盾を展開する。アケルの拳が盾に阻まれた。冷気が手に走り、指先が痺れる。


「がっ……。」


「降参しろ。道術なしでは——」


「うるさい。」


アケルが盾を蹴った。氷の盾がわずかに揺れる。ソウジが驚いたように目を開いた。


「お前、貴族出身なんだろ。」


アケルが言った。


ソウジの目が変わった。


「それが何だ。」


「心のどこかじゃ貴族のつもりでお高くとまってんだろ。だから、道術も使えない俺ごときに食らったのが許せないんだろ。」


教室が静まり返った。


ミサゴの目が、わずかに細くなった。


ソウジの表情が、初めて崩れた。


「……貴様。」


氷の道——ソウジの周囲の気温が急激に落ちた。息が白くなる。足元の土が、みるみる凍り始めた。


「氷の道——白嵐はくらんっ‼︎」


アケルの視界が、白に染まった。


冷気が全身を叩く。体が動かない。足が、腕が、凍りつこうとしている。


まずい——。


「そこまで。」


ミサゴの声が、静かに落ちた。


だが、その声には今まで聞いたことのない重さがあった。


ソウジの道術 白嵐の勢いが消えた。


訓練場の空気が、ゆっくりと戻ってくる。凍りかけた地面が、じわじわと溶け始めた。


ソウジが我に返ったように、息を吐いた。その手が、わずかに震えていた。


アケルは膝をついていた。体中が冷えていた。だが意識はある。


「アケル、立てるか。」


ミサゴが近づいてくる。いつもの眠そうな目ではなかった。


「……立てます。」


アケルが立ち上がる。体がふらついた。


ミサゴはアケルを一瞥してから、ソウジを見た。


「天倉。」


「……はい。」


「本気でやれとは言った。」


ミサゴが静かに続ける。


「でも今の道術、殺意込めてたな。本気とやりすぎは違う。わかるか。」


ソウジは黙った。


「挑発に乗った。それはわかってるな。」


「……はい。」


「それだけ聞ければいい。下がれ。」


ソウジが静かに下がった。その横顔は、また無表情に戻っていた。だが耳が、わずかに赤かった。


ミサゴがアケルを見た。


「お前も大概だぞ。」


「すみません。」


「謝るな。面白かった。……ただ一個言っていい?」


「なんですか。」


「ここ、道術学ぶとこなんだけど。」


アケルは少し黙った。


「……知ってます。」


「系統わかったら使えよ。」


「はい。」


ミサゴが口の端を上げた。それからまた眠そうな顔に戻り、残りの生徒たちを見渡した。


「続き行こうか。」


---


訓練が終わった後、アケルは訓練場の隅に座っていた。


体の冷えはだいぶ引いていた。だが腕の傷はまだじんじんしている。


「派手にやったね。」


エンジが隣に座った。


「余計なこと言ったのは認める。」


「でも当たってたんでしょ。」


「……まあ。」


アケルは訓練場の中央を見た。ソウジはすでに荷物を持ち、一人で出口へ向かっていた。


「ソウジ、怒ってるかな。」


「怒ってるでしょ。でも——」


エンジが天井を見上げた。


「本気出させたじゃん。それはすごいと思うよ。」


アケルは少し黙った。


「エンジはどうだった。ライラ戦。」


エンジの口の端が、少し下がった。


「勝ったよ。」


「でも?」


「……なんか、変な感じがした。うまく言えないけど。」


アケルはライラを探した。ライラはすでに訓練場を出ていた。


「変な感じ?」


「戦ってたのに、戦ってないみたいな。あいつ本気出してたのかな——」


アケルはその言葉を、しばらく噛み締めた。


「そっか。」


「まあ、気のせいかもしれないけど。」


エンジがそう言って、立ち上がった。


「飯行こう。腹減った。」


「それはそう。私も行く。」


アケルも立ち上がった。


訓練場を出る際、ふと振り返った。


ミサゴがまだ中央に立っていた。一人で、何かを考えるように腕を組んでいた。眠そうな目が、遠くを見ていた。


アケルは何も言わず、訓練場を出た。


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