第二十一話 聴取
鬼燈院に、軍から人が来たのは翌日のことだった。
朝の訓練が終わった頃、門の前に深緑の詰め襟を着た数名が現れた。シリウスの件の聴取だと、ミサゴから告げられた。
「全員、第一教室に集まれ。」
ミサゴの声は、いつもより少し硬かった。
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第一教室には、アケル、ソウジ、ライラの三人と、ミサゴが座っていた。
軍人が二人、教室に入ってきた。
一人は見知らぬ顔だった。
もう一人は——。
「サツマ!」
アケルが思わず声を上げた。
サツマが、アケルを見た。
いつもと変わらない、がっしりとした体格。真っ直ぐな目。口を一文字に結んだ、感情を読ませない顔。
だが——目が、わずかに細くなった。
「……久しぶりだな、アケル。」
「久しぶりって、なんか久しぶりって感じしないけど。」
「俺はする。」
「サツマらしいな。」
アケルが笑う。サツマは表情を変えなかった。だが、口の端がほんの少しだけ——動いた気がした。
もう一人の軍人が、咳払いをした。
「始めるぞ。」
サツマが前を向いた。
「失礼しました。」
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聴取は、淡々と進んだ。
任務の経緯。封印された箱の護衛。内通者の存在。封印が解けた状況。シリウスの登場。ミサゴとの戦闘。アケルたちが境界線に向かったこと。ツェペリの来援。シリウスの撤退。リゲルの登場。ゼニスという組織。
サツマは、一つ一つを丁寧に確認した。声は低く、静かで、感情が入らなかった。軍人としての顔だった。
「シリウスの呪印について、もう少し詳しく。」
「体中に赤黒い紋様が浮かび上がってきました。使うほどに広がって、体が異形になっていくような——。」
「龍脈の力を直接使っていた、ということか。」
「ミサゴ先生がそう言っていました。」
サツマが手元の帳面に何かを書き込んだ。
「ゼニスという組織について、他に知っていることは。」
「何も。あの場で初めて名前を聞きました。」
サツマが頷いた。
それからアケルを見た。
「お前の手の火傷について聞く。」
アケルは、左の手のひらを見た。布の下に、太陽の形の火傷がある。
「……カガミのうみで、タオが少し出た、と思います。光のような。」
「道術として発動したわけではないのか。」
「はい。自分でも何が起きたのか、よくわかっていません。」
サツマは、しばらくアケルを見ていた。
軍人の目ではなかった。
なんというか——兄が弟を見るような目だった。
「……そうか。」
サツマが帳面に書き込む。
それだけだった。
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聴取が終わったのは、昼過ぎだった。
軍人たちが帰り支度を始めた頃、サツマがアケルに近づいた。
「少し時間はあるか。」
「ある。」
2人は廊下に出た。
鬼燈院の廊下は静かだった。窓から、昼の光が差し込んでいる。
「手を見せろ。」
サツマが言う。
アケルは布を外した。太陽の形の火傷が、赤く残っていた。
サツマは、それをしばらく見ていた。
「……エチゼン様は知っているのか。」
「まだ連絡できてない。先生、再調査に行ったきりで。」
「そうか。」
サツマが、静かに言う。
「お前、悔しかったか。シリウスの件で。」
アケルは少し間を置いた。
「悔しかった。走るだけで、何もできなかった。道術も使えなくて、先生が死にかけてるのに。」
「そうか。」
「サツマ、何か知ってる?光のタオとか、稀なタオとか。」
「詳しくはない。だが——」
サツマが、アケルの手を見た。
「エチゼン様が、お前にタオの資質があると判断したのは確かだ。あの人の目は、狂わない。」
「先生が、俺のタオに気づいてたってこと?」
「わからん。だが、連れてきた理由はあったはずだ。」
アケルは、その言葉を噛み締めた。
「……訓練したい。タオの。」
「ミサゴに頼め。」
「でもミサゴ先生、まだ怪我が——。」
「俺では教えられない。」
「でも——」
「アケル。」
サツマが、アケルを見た。
「焦るな。」
「焦ってる。」
「わかってる。」
サツマが、静かに続ける。
「だが、焦りだけで動いても、タオは出ない。あれは感情が引き金になる。カガミのうみで出たのは、何かがあったからだろう。」
「ミサゴ先生が死にかけてたから、だと思う。」
「ならば——」
サツマが少し考えるように黙った。
「感情を思い出せる場所で訓練しろ。あのときと同じ感情を、意図的に引き出す練習だ。」
アケルは、サツマを見た。
「サツマって、そういうこと詳しいの?」
「詳しくない。ただ、戦場で学んだことだ。」
「戦場で?」
「極限の場で、術師が力を引き出す場面を何度か見た。共通していたのは——強い感情があったことだ。」
アケルは黙った。
「感情を思い出せる場所、か。」
「カガミのうみが近ければ、そこでもいい。あるいは——あのときのことを、鮮明に思い出せる場所。」
「訓練場とか。」
「それでいい。」
サツマが、帳面を閉じた。
「ミサゴが回復したら、頼め。それまでは自分でイメージする訓練をしろ。」
「わかった。」
しばらく沈黙があった。
「サツマ。」
「なんだ。」
「また会えてよかった。」
サツマは答えなかった。
ただ、廊下の窓から外を見た。
鬼燈院の庭が、昼の光の中に広がっていた。
「……俺もだ。」
小さく、そう言った。
アケルは笑った。
サツマは表情を変えなかった。
でも——耳が、わずかに赤かった。
「余計なことを言った。忘れろ。」
「忘れない。」
「忘れろ。」
「一生忘れない。」
「うるさい。」
サツマが歩き出した。アケルはその後を、笑いながら追いかけた。
廊下に、久しぶりに軽い空気が流れた。




