表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Bullullu ―龍脈を駆ける術師見習い―  作者: UBSshi


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/22

第十七話 一波乱

道は、山を抜けていた。


荷車がゆっくりと進む。石畳が途切れ、踏み固められた土道になり、両脇に木々が迫ってくる。空は高く、雲は少なかった。穏やかな、何でもない道だった。


荷車の後ろを、アケルとソウジとライラが歩いていた。その前後を、数名の兵が固めている。先頭では、案内役の男が荷車を引いていた。


静かだった。


足音と、荷車の軋む音と、木々を揺らす風の音だけが続いていた。


アケルはちらりと箱を見た。


封印された箱。縄と札で固められた、頑丈な木箱。揺れるたびに、荷台の上でわずかに動く。


何が入っているんだろう。


そう思いながら、アケルは前を向いた。


「……退屈だな。」


アケルが小声で呟く。


隣を歩くソウジが、ちらりとアケルを見た。


「任務中だ。私語は慎め。」


「声小さくしてるじゃん。」


「……。」


ソウジは前を向いた。


しばらく沈黙が続いた。


「なあ、ソウジ。」


「なんだ。」


「まだ怒ってる?俺のこと。」


ソウジの足が、わずかに止まりかけた。でも止まらなかった。


「怒っていない。」


「本当に?」


「……怒っていない。ただ。」


ソウジが少し間を置いた。


「お前の言ったことは、正しかった。」


アケルが目を丸くした。


「え。」


「俺は挑発に乗った。貴族だということを突かれて、冷静さを失った。それは事実だ。」


ソウジは前を向いたまま、淡々と続ける。


「貴族であることを、俺はどこかで——引け目に感じていた。術師になる貴族は少ない。異端だと思われている。だから、それを突かれると、必要以上に反応してしまう。」


「……そんなこと、思ってたのか。」


「思っていた。今も、完全には消えていない。」


アケルはしばらく黙っていた。


「俺も、言いすぎた。あの場で言うことじゃなかった。」


「いや。」


ソウジが静かに言う。


「言いたいことを言える人間の方が、俺は信用できる。建前だけで動く人間よりも。」


アケルは少し面食らった。


「……それって、褒めてる?」


「褒めている。」


今度は即答だった。アケルは思わず笑った。


「素直だな、急に。」


「俺はいつも素直だ。」


「全然そう見えないけど。」


ソウジが、ほんの少しだけ——口の端を上げた。


アケルはそれを見て、また笑った。


「なんか、ソウジって。」


「なんだ。」


「思ってたより、普通だな。」


「お前の『普通』の基準が知れないが——まあ、そうかもしれない。」


それきり、2人は黙った。でも、さっきまでとは違う沈黙だった。


---


道の途中で、一度休憩が入った。


木陰に荷車を止め、兵たちが水を飲んだり、装備を確認したりしている。


アケルは木にもたれて、空を見上げた。


そのとき、視界の端で何かが動いた。


案内役の男だった。


荷車から少し離れた茂みの脇で、男は何かを手に持っていた。小さな、紙のようなもの。それをじっと見て、素早く懐にしまった。


一瞬だった。


アケルは、それを見た。


でも、すぐに「気のせいかもしれない」と思った。旅の途中でメモや地図を確認することくらい、普通にあることだ。


アケルは視線を空に戻した。


その様子を、ライラが見ていた。


ライラの目が、案内役の男を静かに追った。


スパイとして培われた感覚が、何かを告げていた。


——あれは、ただのメモじゃない。


でも、ライラは何も言わなかった。


言えば、自分が怪しまれる。隣国出身のスパイが、仲間の内通者を庇っていると思われる。それだけは、避けなければならなかった。


ライラは視線を落とした。


「休憩終わり。行くぞ。」


ミサゴの声がした。


一行は再び歩き始めた。


---


目的地が、もう遠くなかった。


山道を抜けると、視界が開けた。遠くに、街の輪郭が見え始めていた。その先に、イヅルの国と隣国を分かつ軍事境界線がある。


「あと少しだな。」


アケルが言う。


「そうだな。あそこまで届けてしまえば、任務完了だ。」


ソウジが答える。


2人の間の空気は、朝よりずっと軽くなっていた。


そのときだった。


「——っ!」


先頭の兵が、声を上げた。


全員が足を止める。


荷車の横にいた兵が、崩れ落ちた。意識を失っていた。


「なっ——。」


誰かが駆け寄ろうとした。


その瞬間、箱から音がした。


低い、重い音だった。


一度。


全員の動きが止まった。


二度。


三度。


音が、規則的に続く。叩いているのではない。もっと意図的な、計算された音だった。まるで、内側から何かを確かめるように。


「封印が——!」


兵の一人が叫んだ。


見ると、箱の表面の札が、一枚、ぱらりと剥がれ落ちた。


紙がひらひらと舞い、地面に落ちる。


次の瞬間、空気が変わった。


重かった。何かが、圧のように広がってくる。動物的な本能が、危険を告げていた。


「——なんだ、これ。」


アケルが思わず呟く。


また一枚、札が剥がれた。


今度は自然に落ちたのではなかった。内側から押し出されるように、ぐっと浮き上がって、落ちた。


鎖が、ぴんと張った。


木箱の表面に、細かいひびが入り始めた。一本、二本、三本。ひびは広がり、木材がぎしぎしと悲鳴を上げる。


「全員、構えろ!」


ミサゴの声が飛んだ。いつもの眠そうな声ではなかった。


アケルは反射的に構えた。ソウジも、道術の印を結び始めた。


ライラは——箱から目が離せなかった。


その目が、一瞬だけ鋭くなった。


また一枚、札が剥がれる。


もう一枚。


残りの札が、次々と剥がれ落ちていく。まるで何者かが、一枚一枚、丁寧に引き剥がしているように。


鎖が、軋んだ。


ぎり、ぎり、と、鎖が軋んでいく音がした。


「散れ!箱から離れろ!」


ミサゴが叫ぶ。


アケルは跳んだ。ソウジも後退する。


一瞬の静寂があった。


——破裂するような音がした。


箱が、内側から弾け飛んだ。


木片が四方に散る。鎖が空を舞う。札の残骸が風に飛ぶ。


砂埃が、視界を覆った。


咳き込みながら、アケルは目を凝らした。


砂埃の中に、影があった。


人の形をした、大きな影。


ゆっくりと、立ち上がっていた。


「……久しぶりだな。外の空気は。」


低い声が、静かに言った。


砂埃が晴れていく。


その姿が、はっきりと見えた。


大きかった。背が高く、がっしりとした体格。拘束に使われていたであろう鎖の切れ端が、手首にわずかに残っている。目が——静かだった。怒りでも、狂気でもない。ただ、深く、静かな目。


男は、ゆっくりと周囲を見渡した。


兵たちが、じりじりと包囲しようとする。


男は、それを見て——笑った。


「随分と、物々しいな。」


「動くな。」


ミサゴが前に出た。道術の印を、静かに結んでいる。


男はミサゴを見た。


「術師か。」


「そうだ。」


「いい目をしている。」


男がゆっくりと一歩、踏み出した。


「だが——俺を止められるかな。」


その瞬間、男が動いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ