第十三話 アケルのタオ
帰路は、来た道と同じはずだった。
だが、まるで違う道のように感じられた。
陽が傾き始めていた。街道の脇の木々が、夕暮れの光を受けて長い影を伸ばしている。一行の足取りは重かった。誰も多くを語らなかった。カガミのうみで見たものが、まだみなの中に残っていた。
アケルは列の後方を歩いていた。
左の手のひらが、じくじくと痛んだ。手当ては済んでいた。教員の一人が薬を塗り、布を巻いてくれた。だが布の下で、あの痕が脈打っているのがわかった。
太陽の形をした、火傷。
布をずらして、もう一度見た。赤く爛れた円形の痕。放射状に伸びる光の形。生々しく、まだ熱を持っているようだった。
「あんまり見ない方がいい。」
声がした。
ミサゴだった。いつの間にか、アケルの隣を歩いていた。
「先生。」
「気になるのはわかるけどな。見すぎると、よくない。」
アケルは布を戻した。
ミサゴはしばらく黙って歩いていた。それから、前を向いたまま口を開いた。
「アケル。お前、自分のタオの系統、わからないって言ってたな。」
「……はい。」
「今もわからないか。」
アケルは少し考えた。
「……火でも、氷でも、水でもなかったです。あんなの、見たことない。」
「だろうな。」
ミサゴが小さく言った。
「俺も、見たことがない。」
アケルがミサゴを見た。
「先生でも?」
「ああ。」
ミサゴは前を向いたまま続けた。
「五位術師として、それなりに色んなタオを見てきた。火、氷、水、風、土、雷、植物。珍しいやつもいくつか見た。でも——あんな光は、初めてだ。」
エンジとカヤが、いつの間にか近くに来ていた。話を聞いている。
「じゃあ、アケルのタオって何なんですか。」
エンジが聞く。
ミサゴは少し間を置いた。
「断定はできない。」
「でも、心当たりはあるんですよね。」
カヤが鋭く言う。
ミサゴが薄く笑った。
「鋭いな、深森。」
それから、ミサゴは空を見上げた。傾いた陽が、雲を橙色に染めていた。
「……昔、伝承で聞いたことがある。ごく稀に、どの系統にも当てはまらないタオを持つ者が現れる、と。あまりに珍しくて、何百年に一度現れるかどうか。記録にもほとんど残っていない。」
「それが、アケル?」
エンジが言う。
「断定はできないと言っただろう。」
ミサゴが軽く手を振った。
「ただ——もしそうなら、お前は稀なタオの持ち主かもしれない。」
アケルは、足が止まりそうになった。
稀なタオの持ち主。
その言葉が、うまく頭に入ってこなかった。
「……ちょっと待ってください。」
アケルの声が、わずかに震えていた。
「俺、ずっと——タオなんてないと思ってました。」
ミサゴが振り返った。
「道術、ずっと使えなかったんです。系統もわからなくて。先生たちみたいに術が使える人を見て、俺にはそういうのがないんだって、ずっと思ってて。だから体で戦うしかなくて。」
言葉が、止まらなかった。
「それが急に、稀なタオとか言われても——わけがわからないっていうか。実感がないっていうか。」
アケルは自分の手を見た。布の下の、太陽の痕。
「これが、俺のタオなんですか。」
ミサゴはしばらくアケルを見ていた。
それから、静かに言った。
「わからない。お前のタオが本当に稀なものなのか、それともただの偶然なのか。今の俺には判断できない。」
「……。」
「でもな、アケル。」
ミサゴの目が、いつになく真っ直ぐだった。
「タオがなかったわけじゃない。ただ、目覚めるのが遅かっただけだ。お前のタオは、ずっとお前の中にあった。今日、それが顔を出した。それだけのことだ。」
アケルは黙っていた。
「珍しいかどうかは、後からわかる。今わかってるのは、お前にタオがあるってことだけだ。それで十分だろ。」
ミサゴはそれだけ言って、また前を向いて歩き始めた。
アケルはその場に立ち尽くしていた。
「……アケル。」
エンジが肩を叩いた。
「すごいじゃん。」
「……すごいのかな。」
「すごいよ。何百年に一度かもしれないんだろ?」
「かもしれない、だけどな。」
カヤが冷静に言う。だがその目は、どこか優しかった。
「でも、よかったじゃない。タオ、あったんだから。」
アケルはエンジとカヤを見た。
それから、ようやく少しだけ笑った。
「……うん。そうだな。」
まだ実感はなかった。動揺も、戸惑いも、消えていなかった。
でも——二人がそう言ってくれるなら、悪いことではないのかもしれない。
アケルはそう思いながら、また歩き始めた。
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少し離れた後方を、ライラが歩いていた。
前髪の奥の目が、アケルの背中を静かに見ていた。
稀なタオの持ち主。何百年に一度。記録にもほとんど残っていない——。
ライラはその言葉を、頭の中で繰り返していた。
感情はなかった。ただ、情報として、それを刻み込んでいた。
この情報には、価値がある。
そう判断する自分が、どこかにいた。
ライラはそっと目を伏せた。
それから、また顔を上げた。アケルの背中は、エンジとカヤと並んで、何か話しながら歩いていた。笑い声が、風に乗って届いてきた。
ライラはその笑い声を、聞かないようにした。
ただ、前を向いて、歩き続けた。
さらに後方では、ソウジが一人、無言で歩いていた。
その視線も、アケルの背中に向いていた。
何を考えているのかは、誰にもわからなかった。
夕暮れの街道を、一行はゆっくりと進んでいった。
カガミのうみは、もう見えなくなっていた。




