第十話 図書館
授業と授業の合間、鬼燈院の廊下は一時的に賑やかになる。
生徒たちが次の教室へ移動し、誰かが誰かに声をかけ、笑い声が響く。その流れに逆らうように、ソウジは一人、別の方角へ歩いていた。
図書館は、鬼燈院の北棟の奥にあった。
重い木の扉を押すと、空気が変わった。
静かだった。廊下の喧騒が、扉一枚で嘘のように消える。天井まで届く本棚が何列も並び、その隙間に細い光が差し込んでいた。本の匂いがした。古い紙と、かすかな墨の匂い。
棚の一部には、普通の本とは明らかに違うものが並んでいた。表紙のない束、巻物、木の板に文字を刻んだもの。どれも年代を感じさせる、触れたら崩れそうな代物だった。
ソウジは迷わず奥へ進んだ。目当ての棚は決まっていた。
道術の理論書が並ぶ一角。氷系の道術に関する文献は少なく、あっても古いものばかりだった。それでも読み込めるものは読み込んでおきたかった。
本を一冊抜き取り、近くの机に座る。
静かだった。他に人はいない——と思っていた。
窓際に、人影があった。
臼井ライラだった。
窓の外から差し込む光の中に、小さな影が立っていた。何かをしている。手元に集中していて、こちらに気づいていないようだった。
ソウジは視線を本に戻した。
特に気にする理由はなかった。図書館に来る生徒は珍しくない。
本を開き、最初のページを読み始める。
——だが、何かが引っかかった。
ソウジは無意識に、再びライラの方へ視線を向けた。
ライラの手元に、小さな鳥がいた。
茶色い、地味な鳥だった。おとなしく、ライラの手の上に座っている。
ライラの指が、鳥の足元で何かを動かしていた。細い、糸のようなもの。それを鳥の足に、素早く、慣れた手つきで結びつけようとしていた。
その動きが——妙に、手慣れていた。
鳥を可愛がる者の手つきではなかった。もっと、無駄のない。目的のある動き。
そのとき、ライラがこちらを見た。
目が合った。
ライラの動きが、一瞬止まった。
止まったのは、本当に一瞬だった。すぐに表情が戻る。困ったような、少し恥ずかしそうな顔。前髪の奥の目が、伏し目がちになった。
「……あの、」
小さな声だった。
「驚かせてしまいましたか。」
「いや。」
ソウジは本に視線を戻しながら答えた。
「この鳥、外から入ってきてしまって。可愛くて、つい。」
「そうか。」
「なんか、懐いてしまって。足に木の実を結んであげようかと思って……。」
ライラの声は終始小さく、どこか申し訳なさそうだった。
ソウジはページをめくった。
「図書館に鳥を持ち込むのは感心しないが、俺には関係ない。」
「……すみません。」
それきり、ライラは黙った。
ソウジは本を読み続けた。
ただ——もう一度だけ、視線が動いた。
ライラの方を、無意識に。
窓際にライラはまだいた。だが鳥の姿はなかった。いつの間にか、窓の外へ飛んでいったらしい。ライラは静かに窓の外を眺めていた。
その横顔は、穏やかだった。
本当に、鳥が好きなのかもしれない。
ソウジはそう思い、本に視線を戻した。
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しばらくして、ライラが立ち上がった。
「……邪魔してしまってすみませんでした。」
「邪魔はしていない。」
「そうですか。」
ライラが頭を下げて、図書館の扉へ向かう。
その背中をソウジは見なかった。
ただ、ページをめくる手が、一瞬だけ止まった。
何かが、引っかかっていた。
うまく言語化できない。気のせいかもしれない。ライラは確かに申し訳なさそうだったし、鳥を可愛がっているようにも見えた。
だが——。
ソウジは静かに息を吐き、本に集中した。
今は関係ない。
そう結論づけて、ページを繰った。
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図書館の扉が閉まった。
廊下に出たライラは、少しだけ足を速めた。
窓の外、空はもう何もなかった。鳥は、とっくに見えなくなっていた。
ライラは空を見上げなかった。
ただ、前を向いて、歩き続けた。




