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奥手な二人は脱いだら淫ら(R15版)  作者: 矢崎未紗
第六章 穏やかな時間

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第30話 拒絶して無視する言葉(中)

 約束時間よりも前に来て、決して女を待たせない。その気遣いができる謙志の真面目で律義なところは、ポイントが高い。ちゃらんぽらんな男では、こうはいかない。自分を大事にしてくれるからこその気遣いを感じられて、華純は優越感に浸った。


「どこに行く? カフェ?」

「こっちだ」


 謙志はそう言って、駅ビルの中に入るエスカレーターに乗る。そしてビルの五階に到着すると、迷いのない足取りでファミリーレストランに入った。


(え、ちょっと……気になる女子と話すのにファミレス~? やだぁ、雰囲気が全然出ないじゃない……)


 謙志の背後で、華純はあからさまに顔をしかめた。こちらへの気遣いをしてくれる謙志だと思ったが、あまりにも色気のない店選びにはがっかりした。

 しかし、謙志は華純を置いていく勢いで店内に入ってしまうので、華純も仕方なしに付いていく。そして、だいぶ広めの向かい合わせのソファに腰を下ろした謙志の対面に、華純も腰を下ろした。


「どうしてファミレスなのよ。向こうにあったカフェでもよかったんじゃない?」

「こっちのほうが広いからだ」

「はあ?」


 ムードではなく何か実用性を重視しているらしい謙志に、華純は不満な表情を隠せなかった。だがその表情は、ぞろぞろと近付いてきた人影によって怪訝なものに変わった。


「よっ……えっと、まあ……お邪魔するな」

「野中……それに……なによ、蓮花も麻衣子も」


 謙志の隣に将樹、桃音。そして華純の隣には蓮花、麻衣子が座る。

 謙志と二人きりで話せるデートだと華純は思っていたが、あっという間に三対三の位置取りで、ソファはぎゅうぎゅうに埋まってしまった。もはや、ムードも何もあったものではない。


「ちょっと謙志、何これ。どういうことよ」

「話がしたいって伝えただろ」

「それに、野中とか蓮花たちが関係あるの?」


 華純はあえて無視していたが、一番目障りなのは、謙志の側にいる桃音だ。謙志がいま付き合っているカノジョなど、見たくもないのに。


「村山、はっきり言う」


 六人全員の前にドリンクがそろってから、謙志は真剣な表情で切り出した。


「俺はお前が嫌いだ。お前ともう一度付き合うことは絶対にないし、友達になるつもりもない。お前から友達扱いもされたくない。二度と俺に話しかけたり、近付いたり、ましてや身体にさわろうとしないでくれ。迷惑で、不愉快だ。これまで何度も言ったのにまったく伝わらないから、第三者にも聞いてもらおうと思って、将樹たちを呼んだんだ」

「は……はあ?」


 華純のきれいな顔から余裕が消え、たいそう黒い声が出た。

 事前に予想していた流れや展開とはあまりにもかけ離れた状況と謙志の言葉に、華純の思考は停止する。だが、その口は本人の意識を置き去りにして動いていた。


「ちょっとやだ、なに言ってるのよ、謙志。あたし、嫌われるようなことなんてしてないでしょう? なんの冗談なの?」

「冗談じゃない。それに、お前に自覚がなくても、俺はお前の存在そのものがもう無理だ。二度と関わってほしくない。それくらいにお前を嫌ってる」

「やだ……ねえ、嘘でしょ? そんな意地悪を言うなんて、何か変よ……。そうよ……そこの今カノに言えって、そう言われたんでしょ?」


 華純はそこで、目線を桃音に向けた。そして、憎しみのこもった瞳で桃音を睨んでまくし立てる。


「あたしに嫌いだって言えって、あんたが謙志を唆したんでしょ! ねえ、あたしが謙志を好きなのがそんなにイヤ? あたしに謙志をとられるかもしれないからって、ここまでする? あんた、性格悪すぎない? 謙志のいないところであんたがほかの男と二人でいるの、あたし、知ってるんだからね? おとなしい顔して、謙志のことを弄んでるんでしょ。そういうの、やめなさいよ。ほんと、汚い女ね。ねえ、蓮花も麻衣子もそう思うでしょ? どう見たって、謙志に釣り合うのはそっちの今カノじゃなくて、このあたしよね? あたしのほうがイイ女よね? 嫌われる要素なんて、あたしには一つもないわよね?」


 華純は焦りながらも、まだ余裕であることを見せたいと思い、隣に座る蓮花と麻衣子に引きつった笑みを向けた。当然、いつものように「華純のほうがイイ女だよー」とか、「華純にひどいこと言うの、やめなよ」とか、フォローが入ると思った。賛辞が、おだてが、気持ちのいい言葉の数々が、自分に向けられるはずだと。

 だが、蓮花と麻衣子は二人で顔を見合わせたあとに、とても言いにくそうに告げた。


「華純……今カノとどっちがイイ女とか、そういう話じゃないと思う」

「うん……松浦は、今カノに唆されてなんかいない。松浦は自分の意思で、ここまで言ってるんだよ……だから、華純はもう、松浦のことは諦めなきゃいけないと思う。松浦の言うように、松浦に関わるのはもうやめな?」

「は、はあ? ちょっと、なによ、どういうこと!? あんたたち、この子の味方をするの!?」


 桃音のことは決して名前で呼びたくないのか、華純は桃音を指差しながら声を荒らげた。


「ちょっと、冗談でしょ。やめてよ、この子のどこが、あたしよりいいのよ」

「だから華純、そうじゃないんだって」

「舟形ちゃんがどうのじゃなくて、松浦が、もう華純とは関わりたくないって言ってるんだよ。なんでそれが理解できないの?」

「違うわよ! 謙志はこの子にそう言えって言われて――」

「――言われてない。純粋に、俺自身の意思だ。俺は村山のことが嫌いで、二度と関わりたくない」

「っ……やだ、謙志……どうしてそんな……ひどいことを言うの?」


 どうやら味方はいないらしい。少なくともそのことを悟った華純は、急にしおしおと弱った声を出した。そして同情を誘うように、悲しそうな表情で謙志を見つめる。


「ひどい……ひどいわよ……」

「そうだな。でも、俺はお前に悪いとは思わない。お前とはもう、絶対に関わりたくないんだ。そのことを、これくらい言わないとお前は理解しないだろ」

「そんな……だって……あたしたち、キスもしたのに?」


 学祭前日のあの日のことを、この場にいる奴らはきっと知らない。ならば、「合意のもとでキスをした」という体で話せば、きっと話の流れは自分に向き、有利になるはず。華純はそう打算したが、謙志は淡々と言い返した。


「学祭前日のことを言っているのなら、お前が不意打ちで、勝手にキスをしてきただけだ。俺はしたかったわけじゃないし、むしろ気持ち悪かった。立派なセクハラだ。二度としないでくれ」

「セクハラって……はぁ? あたし、女なんだけど?」

「村山、セクシュアルハラスメントってのは、男が女にするだけじゃない。性別を問わず、相手の同意なく性的な言動をすることがセクハラだ。村山が謙志の同意なく勝手にキスをしたのは、立派なセクハラなんだよ」


 セクシュアルハラスメントの定義をはき違えていそうな華純に、将樹は落ち着いた声で説明した。華純はさすがにそれくらいの定義は理解しているのか、それとも、自分が加害者であることがごまかせなくて不機嫌になったのか、ぶすっとした表情で将樹を睨んだ。


「なに、じゃあ……セクハラされた腹いせに、こんな大勢で寄ってたかって、あたしを断罪するために今日ここへ呼んだわけ? ねえ、これってあたしへのいじめじゃないの? セクハラは許されなくて、いじめは許されるわけ?」

「語弊と悪意のある言い方はやめてくれ。今日話があると言ったのは、二度と関わらないでくれと、お前にはっきりと伝えてそれを理解してもらうためだ。キスの件でお前を断罪するつもりはないし、それは今日の目的じゃない。将樹たちも、俺が村山にはっきり伝えたことの証人になってもらうために来てもらったんだ。お前をいじめるつもりなんかない」

「証人なんて……別に、二人きりでもいいじゃない」

「これでまでに何度、俺が同じことをお前に言ったと思う? 一対一で伝えたところで、村山は何度だって聞く耳を持たずに無視してきただろう」


 どんな方向へ引っ張ろうとしても、なかなか自分が有利にならない。蓮花と麻衣子が味方してくれればいいものを、二人とも、華純をフォローする言葉など一言も口にしない。


「なんなの……はぁ~、すっごく気分悪い。最悪」


 そんな自分の不利な状況を見ないために、華純はわざとらしいまでに大きなため息をついて悪態をついた。

 悪いのはあたしじゃない。こいつらと、この状況だ。あたしは何も悪くない。悪いことなんてしてない。ただ好きな人にアプローチしただけ。好きだからキスをしたし、好きだから謙志と一緒に学祭を回っただけだ。


「あたし、そんなに悪いことをした? ただ謙志が好きで……それで、好きな人に振り向いてほしくて、一生懸命だっただけじゃない。それだけのことなのに、なんでこんな大勢に一方的に責められないといけないわけ?」


 これだけ言葉を重ねても、時間が経っても、何度言われても、華純は一番大切な本質を見ようとしない。認めようとしない。華純のそのあまりにも頑なでいびつな態度に、さすがの蓮花と麻衣子も顔を見合わせてため息をついた。


「華純……好きな人に振り向いてほしくて必死になる気持ちはわかるよ。誰だって一度や二度は、そのためのアプローチとか努力をすると思う。でも……でもね、松浦は違うんだよ。もう無理で……だめなんだよ。華純がどんなに魅力的でも、松浦は絶対、華純には振り向かないの」

「はあ? なに言ってんの。そんなわけないじゃない。それはそこのチビな今カノがいるせいよ。その子と別れたら、謙志はあたしと付き合うでしょ?」


 謙志が自分になびかないのは、いま付き合っている桃音がいるせい。華純はその論調を崩さなかったが、謙志は冷静に言い返した。


「もしもこの先、桃音と別れたとしても、俺が村山を好きになることはない。お前と付き合うことは絶対にない。何度も言わせないでくれ。俺個人が、お前を大嫌いなんだ。桃音は関係ない。なんでもかんでも桃音にこじつけて、桃音を傷付けるのはやめてくれ。村山のそういう意地の悪さが、心底嫌いなんだ」

「っ……」


 意地が悪い――謙志のその言葉は、ようやく華純の心のブロックの一端を崩した。さすがに、自分が桃音に対してずいぶんと言い掛かりめいた悪意を向けている自覚はあるようだ。


「華純、私たちから見ても、あんたは変だよ。なんでこれだけ関わらないでくれ、近付かないでくれって言われてるのに……つまり、松浦から相当迷惑がられているのに、自分が優勢だと思えるの? これだけはっきりとあんたを拒絶してる松浦が、どうして自分になびくって思えるの? ねえ……全然わからない。あんたはたしかに美人だけどさ……世界中の男全員が、いつだってあんたに惚れてるわけじゃないんだよ? 華純は自分が選ぶ側にいると思っているのかもしれないけど……多くの場合はそうだったかもしれないけど……華純も、相手に選ばれる側なんだよ? 松浦が誰を好きになって誰と付き合うか、それを決めるのは華純じゃない。華純は、松浦に選ばれていないんだよ」

(あたしが……選ばれる側……?)


 麻衣子の言葉は、まるで異国の言語のように意味不明だった。昨日まで一番の友達だったはずなのに、蓮花も麻衣子も、急にどこか知らない国の住民になったように華純は感じた。


「意味……わからない……」


 華純は、自分が見ている世界が急に別の世界に変わってしまったように感じた。

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