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奥手な二人は脱いだら淫ら(R15版)  作者: 矢崎未紗
第六章 穏やかな時間

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第30話 拒絶して無視する言葉(上)

 その後、謙志はまず将樹に連絡をした。華純と話し合うから同席してくれないかと。将樹はすぐに了承してくれて、日時も合わせるとのことだった。桃音も結美に連絡して、蓮花と麻衣子に同席を打診してもらう。そちらもすぐに返事が来て、日時は合わせるとのことだった。

 それから謙志は、ずっと既読スルーを続けていた華純の連絡先にメッセージを送った。「話がしたい。一週間後の土曜日の昼にレンテバー駅で待ち合わせできないか」と。正直、華純にメッセージを送ることさえも苦痛に感じたので、謙志は懸命に、「これは事務連絡、事務連絡」と自分に言い聞かせた。


 少し時間はかかったが、華純からも了承の返事が来た。学祭一日目のことがあるので、さすがに華純も何かを反省してくれたかと思ったが、「やっと返事をくれた~! もう、遅いわよ! 土曜日にレンテバー駅ね? 大丈夫よ。楽しみにしてる!」という文面を見て、謙志はため息をついた。話がしたいという謙志の真意がどういうものなのか、華純はいつものように自分に都合のいい解釈をしていると思われた。「二度と近付かないでくれ」と再度謙志が言おうとしていることなど、あり得ないとでも思っているのだろう。

「レンテバー駅から、どこかへ行くの?」と、華純は謙志とデートをするつもりで続々とメッセージを送ってきたが、謙志はそれらのメッセージすべてを読みつつも、再び既読スルーをした。


 浮かれている華純にはほとほと困るが、とにかく日時が決まったので、謙志も桃音も、各方面に再度連絡した。華純以外の同席者には、話し合いの目的と同席するメンバーを伝え、当日まで華純には何も言わないようにとお願いもした。何も知らずに「謙志とデートできる」と思っている華純は当日、ひどく面食らうだろうが、「二人きりで会える」と思わせておかないと、来ないような気がしたのだ。


 そして、週が明ける。

 桃音は、「せめてお昼は毎日一緒にいようか」と謙志に提案したが、謙志はやんわりと断った。桃音の講義のスケジュールもあるし、結美などの友達付き合いもある。自分のほうも、教授の研究室に行ったり、野球部に聞き取り調査をしたりすることもあって行動が変則的になるから、今までどおりで構わないと。将樹やほかの友人となるべく行動を一緒にして、一人になって華純に狙われないようにする。もしまた話しかけられても、もう大丈夫。心を強く持って対応するからと。

 桃音は正直心配だったが、謙志がそう言うのなら信じることにした。




「い、たぃ……」


 十二月に入り、寒さが一段と厳しくなる。

 木曜日の三時限終わり、謙志と桃音は待ち合わせて図書館に一緒に行き、それぞれの課題に取り組んでいた。しかし、ふいに桃音が小さな声でうめき、おなかに片手を当てて背中を少し丸めた。


「どうした? 大丈夫か?」

「うん……えっと、たぶん……月の障りが……」

「え、ああ……そっか……」


 小声で答える桃音に、謙志は少しばかりうろたえた。そして、落ち着きなくあたりをきょろきょろ見回して、ひとまず桃音のおなかに自分の厚手のジャケットを掛けてやる。それから、「待ってて」と声をかけて、一度図書館の外に出る。奥まったところにある、いつだったか桃音に慰めてもらった自販機コーナーで温かいお茶のペットボトルを買うと、それを持って桃音の隣に戻った。


「これ、ホッカイロ代わり。温めるといい……んだよな?」

「うん……ありがとう……」


 桃音は謙志からペットボトルを受け取ると、謙志が掛けてくれたジャケットの下に入れて、下腹部に当てる。ほんのりと広がる温かさで、にぶい腹痛は少しだけ緩和された。


「痛みが少しでも治まったら、今日はもう帰ろう」

「うん……ごめんね」

「謝らなくていい。大変だよな、女子は」


 スポーツ科学科の謙志は、スポーツをするうえで女性の月経がどれほどのハンデになるのか、そういった視点での知識はある。

 女性の場合、一つの競技を世界レベルまで極めようとするならば、生理コントロールは必須だ。しかし長年の過酷な練習などの結果、月経不順になり、その後の生殖機能に影響が出ることは、往々にしてある。男性と違って、女性はそうした身体のハンデを背負っているのだ。

 桃音はどちらかというとスポーツとは無縁な、典型的な文系の女の子である。しかし、月に一度の流血が大なり小なり負担であることは同じだろう。


「寒くないか? 購買に行って、本当のホッカイロも買ってくるか?」

「ううん、平気……ありがとう。なんか私、謙志くんに温めてもらってばかりだね」


 おなかを片手で押さえ、背中を丸めた姿勢で桃音はくすりと笑った。

 思えば、謙志を強烈に意識するようになったきっかけは、新歓合宿だ。初めての高地での星空観賞で、装備の大切さがまだ理解できていなかった桃音はあまり厚着をしておらず、そのせいで身体が冷えて、くしゃみをしていた。そんな桃音に、謙志はウィンドブレーカーを貸してくれたのだ。


「新歓合宿で謙志くんが貸してくれたウィンドブレーカー……すごく暖かかったし、それに……いい匂いだったの」

「なっ……嗅ぐなよ……」


 図書館なので、あくまでも桃音は小声で話す。

 謙志は自分の貸した服の匂いを嗅がれていたと知って、照れくささと困惑の入り混じった表情を浮かべた。


「あの時、もっと謙志くんと話したいって思って……きっともう、その時には好きになっていたんだと思う」


 あの新歓合宿から謙志と付き合うまでには、実に三カ月もの時間がかかったが、こうして両思いになれた。華純のことでぎくしゃくはしたけれども、二人のこの関係が壊れなくて本当によかった。


「そうか」

「うん……」


 図書館という場所もあって積極的に会話を広げることができず、謙志は短い相槌しか打てない。その代わりと言ってはなんだが、謙志は腕を伸ばすと、指の背で桃音の頬をゆっくりとなでさすった。ふっくらとしている桃音の頬はやわらかくてすべすべで、とても愛らしい触り心地がした。


(あの頃はまだ……自分が女子と付き合えるなんて思っていなかったな)


 桃音と同じように、謙志も新歓合宿あたりから桃音を意識するようになっていた。だが、万が一にも桃音と付き合えるなどとは、そう簡単に思えなかった。

 いつの頃からか、理想のシチュエーションや声でないと、性的な動画すら普通に見ることもできなくなっていた。それほどまでに高く磨き上げてしまった、妄想の中の女性像。それにぴったりと当てはまる女子でないと無理だと思い、異性との関わりの薄い生活を送っていた。自分はこのままずっと、童貞なのかもしれないとすら思った。


(それが……こんなふうになるんだよな)


 桃音はまだおなかが痛いのか、俯いて痛みに耐えるような表情をしている。

 そんなふうに弱っている桃音を見ると、「ああ、自分が守らなければ」という強い気持ちが、謙志の中に湧き起こってくる。ほかの女子や、ましてや華純に対しては絶対に抱かない気持ちだ。


「ん……帰ろうかな」

「大丈夫か?」

「うん……」

「駅まで送る」

「えっ、いいよ。謙志くん、まだ課題があるでしょ」

「家でできる。本を借りてくるから、少し待っててくれるか」

「うん……」


 謙志は桃音にそう声をかけると、課題のためにと机の上に置いておいた二冊の本の貸し出し処理のために席を立った。桃音はその間に、自分が読んでいた本を書架に戻し、荷物をまとめてコートとマフラーを着込む。

 そして図書館を出た二人は、並んでゆりのき通りを歩いた。会話はなく、自然と沈黙が続いたが、すっかり同じペースで歩けるようになった互いの歩調を、二人とも嬉しく感じた。



   ◆◇◆◇◆



<話がしたい。一週間後の土曜日の昼に、レンテバー駅で待ち合わせできないか>

(なによ……素直じゃないんだから)


 大学のない土曜日。レンテバー駅に向かう自動電車の中で、一週間ほど前に謙志から届いたメッセージを読み返しながら、華純は思わず口角をつり上げてほほ笑んでしまった。


(好きじゃないとか言ってたけど、やっぱり謙志もあたしのことが気になるんじゃない。このあたしを好きにならない男なんて、いるはずないのよね)


 学祭で謙志と一緒に回れたのは、一日目の午前中から昼過ぎにかけての短い時間だけだった。二日目は謙志が休んでいたし、三日目の謙志はサークルの店番があるので、天文研究会の模擬店にいた。華純のほうも、チアリーディング部の演目があったので、結局一日目以外に謙志と一緒に学祭を回ることはできなかった。

 そうして学祭は終わってしまった。だが、華純としては悪くない位置につけていると思っていた。学祭前日に謙志にキスをして告白することもできたし、桃音がほかの男子と一緒にいると言って、謙志の心を揺さぶることもできた。きっと謙志は桃音のことを疑い、元カノである自分のことが気になって、話がしたいと言ってきたのだ。「村山のことは好きじゃない」という謙志の言葉は、華純の中ではすっかり無かったことにされていた。


(あの日、吐いたって野中は言ってたけど……学祭の準備疲れでしょ)


 華純はふと、学祭一日目のことを思い出す。将樹は謙志の嘔吐の原因がこちらにある、とでも言いたげだったが、そんなはずがない。

 サークルや部活動の運営の中心は三年生なので、真面目な謙志は学祭の準備を頑張っていて疲れていたのだろう。それに、野球部のカレシがいるチアリーディング部の友人いわく、ここ最近の謙志は来年の就活を見据えて、以前よりもいっそう勉学に励んでいるらしい。特に野球野手の練習方法やトレーニング内容などについて、野球部の部員にあれこれと聞きに来ているそうで、そうした勉強の疲れや、季節の変わり目ということも重なって、それできっと身体が弱ってしまっていたのだろう。断じて、あたしのせいじゃない。


(謙志と付き合うのはいいんだけど、顔がなあ……悪くはないんだけど、どうしたって地味なのよねえ。まあ、でも……将来的な甲斐性があるのはポイント高いわよねえ)


 華純は偉そうに謙志の外見をジャッジし、ふう、と息を吐いた。

 春になって学年が変われば、大学四年生の就職活動がいっせいにスタートする。これまでは顔やノリ、有名かどうかなどで男を選んでいた華純だが、最近は甲斐性――ようは将来的に安定した収入が見込めるかどうか、という価値も重視するようになっていた。いくら顔が良くても、将来性のない男には魅力を感じなくなってきたのだ。


(有望株は早めに唾を付けて、いいものを選ばないとね。美しいだけじゃなくて賢い女は、そういう視点も持っているものなんだから)


 電車内でいきなりパパ活を持ちかけてくるサラリーマンも、明らかにヤりたいだけの大学生も、このあたしの女の価値を十分にわかっているという点では褒めるに値する。でも、安くて手頃な女になるつもりはない。選ぶのは常にあたしなの。男の側じゃないのよ。

 そしていま、謙志を選ぼうとしているあたしを、謙志はようやく受け入れてくれる気になった。このあたしに選ばれることを、さぞや光栄に思っていることでしょう。ああ、なんて気持ちいいの――!


「謙志、お待たせっ」


 自動電車を降りてレンテバー駅の改札を出た華純は、柱を背にしている謙志に近付いてとびきりの笑顔を向けた。

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