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奥手な二人は脱いだら淫ら(R15版)  作者: 矢崎未紗
第五章 悲しい亀裂

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第27話 恐れてちらつく可能性(上)

「っ……」


 桃音は、胸の奥と鼻の奥にツンとした熱さを感じた。その熱さを冷ますように、両目からは涙が溢れ出て頬を伝う。


(なん、で……っ)


 華純と腕を組んでいた謙志は、心配そうな表情の将樹と共に、保健センターへと歩いていった。その姿を遠目に見送った桃音は、その場で泣きながら立ち尽くしてしまう。


(謙志くん……なんで……?)

「桃音っ」


 そんな桃音に結美が駆け寄り、心配そうに桃音の表情をうかがった。そして、桃音が泣いていることにぎょっとして、驚愕の表情を浮かべる。


「ちょっ、桃音……」

「なんで……どう、して……」

「桃音、えっと……あっち、記念講堂の階段のところに行こう?」


 結美は桃音の手を掴むと、人混みをぬって歩き、道の反対側にある記念講堂に場所を移した。そこも一階ロビーは文化系のサークルの展示がされているが、人はあまり多くなく、結美は講堂に入るための段数の少ない外階段に桃音を座らせ、自分も隣に腰を下ろした。


「桃音、どうしたの。松浦先輩、見つからなかったの?」

「ううん……いたの……でも……でもっ、村山さんと一緒だった……!」


 まるで恋人同士のように腕を組んで、謙志は華純と一緒だった。

 悔しいが、自分よりも華純のほうが、謙志の恋人「らしく」見えてしまった。自分と違って背の高い華純は、外見だけなら謙志とお似合いに見えてしまったのだ。


「なんで……どうして……? だって、学祭はなるべく一緒にいようね、って……一緒に回ろうねって……約束したのに……っ」

「桃音……」

「わた、しのっ……こと、無視……して……うっ……ぁうっ……」


 声に出せない言葉が、桃音にいくつもの涙を流させる。

 桃音の心の中では様々な思いが渦巻いていて、嵐のようだった。

 謙志が華純と腕を組んで歩いていたことがショックだ。でも謙志は体調が悪そうで、決して華純のことなど見ていなかった。嘔吐してしまった謙志の身体を心配する気持ちもあり、華純と一緒にいることを責めている場合ではないとも思う。きっと、きっと何かやむを得ない事情があったのだ。だから自分にも連絡できなかったのだ。

 そう納得しようと思うのだが、連絡アプリで半日以上も返信をしてくれないまま華純と一緒に学祭を回っていたのだと思うと、どうしても「裏切られた」という気持ちがふつふつと沸いてきてしまう。それは背景事情を加味して納得しようとしても、自分では抑えられない気持ちだった。

 謙志の身体を心配する気持ちと、謙志に対する憤りが交互に顔を出す。その合間にちらつく華純の姿が、桃音の中の怒りを煽ってくる。


「なんで……っ」

「桃音……」


 嗚咽を漏らしながら、どうにか口に出せる言葉で感情を表現しようと苦しむ桃音の背中を、結美はやさしくなでた。


「あっ、井口ちゃん~」


 そこへ、誰かが声をかけた。結美が顔を上げると、そこにはステージ衣装のままの蓮花と麻衣子がいた。


「福井さん……」

「さっきはステージを見に来てくれてありがとうね~。って……あら……」

「ごめん、なんか……取り込み中だった?」


 結美の隣にいる桃音が泣きながらティッシュで鼻をかんでいるのに気付いた蓮花と麻衣子は、気まずそうな表情を浮かべた。


「えっと……その……言いにくいんですけど、村山さんが松浦先輩と一緒に学祭を見て回っていたみたいで……」

「あー……たしかに華純、うっきうきだったもんね」

「うん……松浦と学祭を回るんだーって、あちこちで言いふらしてたね」


 さすがに見て見ぬふりはできないと思ったのか、蓮花と麻衣子も記念講堂前の階段に座り、泣き顔の桃音を見つめた。


「ひどく……ないですか。謙志くんは……構うな、近付かないでくれって……何度も何度も……村山さんに言っていたのに」

「えっ、そうなの?」

「ちょっと待って、華純からそんな話、一度も聞いたことないわよ?」


 俯いたままの桃音が自分のスカートの皺を睨みながら呟くと、蓮花と麻衣子の表情は驚きと困惑に染まった。


「あの……差し支えなければ、村山さんが松浦先輩とのこと、お二人になんて話していたか教えてくれますか?」


 桃音の背中をなで続けながら、結美は二人に尋ねた。


「なんて、って……今日も松浦に会えたーとか、話せたーとか」

「チア部の子たちから、松浦がカレシなの? って訊かれちゃった~とか……まあ……なんか、徐々に松浦との距離は縮まってる、みたいな感じだったよね? いくらデートに誘っても、頷いてもらえないとは言ってたけど」

「うん……。松浦は照れてるから素直になれないだけで、華純のことが気になってるはずだ、みたいな……。今カノがいるからにぶい反応しかできないだけだ、って。だからウチらも、松浦と華純が付き合うのもそろそろかなーなんて、気楽に思ってたんだけど」

「うーん……あの……ちょっと怖いんですけど」


 まだ涙が止まらず、息が苦しそうな桃音に代わって、結美はこれまでの謙志視点の話を伝えた。

 ここ一カ月以上、謙志はとにかく華純を拒絶してきた。何度も何度も、「構わないでくれ、近付かないでくれ」と伝えたと。それでも学内で華純に見つかるたびに付きまとわれて、迷惑だったと。華純の存在をとてもストレスに感じ、そのせいで嘔吐することがあったと。

 その話を聞いた蓮花と麻衣子は、二人で顔を見合わせた。そして、言いにくそうに反論する。


「でも……松浦って、華純の連絡先を消していないんでしょう?」

「華純がメッセージを送ったら、既読無視はされるけど、ブロックはされていないから……だから松浦も、華純に未練があるんじゃないかなって……」

「それは……まあ、そう思われても仕方ない……ですかね……。でも、もしも本当に村山さんに未練があるのなら、返信の一つくらいしそうですけど」

「それは、まあ……そうかもだけど……」

「ブロックをっ……していないのは……っ」


 桃音が胸元をひくつかせながら、涙目で呟いた。


「村山さんの連絡先を消したり、ブロックしたりしたら……そのことで、もっと村山さんから何かを言われたり、付きまとわれたりするかもしれないって……私が謙志くんに、そう言ったんです」

「桃音、そうなの?」

「うん……村山さんからたびたびメッセージが来るって謙志くんから聞いてたけど……アプリでは、何も反応しないほうがいいって思ったの……」

「松浦は、華純に未練があるから消していないのかと……」

「未練なんてありません……っ! 謙志くんはずっと……ずっと、村山さんを拒絶しています……!」


 謙志が見て感じていた、華純とのこと。

 華純が蓮花と麻衣子の二人に話していた、謙志とのこと。

 その二つがずいぶんと違う姿をしていることに、蓮花も麻衣子もうろたえた。


「謙志くんが構わないでくれって、何度も言ったのに……どうして村山さんは、謙志くんのそのお願いを無視するんですか」


 俯いたまま視線も動かさない桃音は、誰にともなく尋ねた。蓮花も麻衣子も、その問いに正しく答えることができず、沈黙する。


「近付かないでくれって言われてるのに……どうして近付くんですか。謙志くんの嫌がっている気持ちを、どうして村山さんはずっと無視できるんですか」

「それは……えっと……華純は松浦のことが好きだから……一緒にいたくて、必死だったんじゃない?」


 麻衣子が華純の友人として、苦し紛れになんとか華純を擁護するように答えた。しかし、桃音は反論する。


「その好きな相手がやめてくれ、って言ってるのに……それなのに、相手が嫌がっていることを続けているんですよ? 村山さん、自己中心的すぎませんか。自分勝手すぎませんか。いっそ、迷惑なストーカーじゃないですか」

「それは……」

「好きな人にアプローチするためなら……その人が嫌がることを続けてもいいんですか? 曲がりなりにも好きな相手なのに、その相手の嫌がることをどうして続けられるんですか?」


 暗い表情のままの桃音の言葉に、蓮花と麻衣子は返す言葉がなかった。

 二人とも、華純視点の都合のいい話しか聞かされていなかった。まさか謙志が再三にわたって華純を拒絶しているなど、そんな事実は想像すらしたことがなかった。だからいつも気軽に、華純を持ち上げて華純の背中を押してきたのだ。


「相手のことが好きなら、相手が嫌がっていることでも続けてしまうのは仕方ないって……本気でそう思ってるんですか? それ、許されることですか?」

「桃音……」

「私は許さない……村山さんのこと、一切許さないから……っ!」

「うん……うん、桃音の気持ちはわかる……でも、もう少し冷静になろう? 松浦先輩の体調も心配だし」

「体調? 松浦、どうかしたの?」

「えっとですね」


 蓮花に尋ねられると、再び結美は、桃音に代わって説明した。

 謙志はどうやら午前中から華純と一緒に学祭を回っていたらしいが、ストレスがピークに達したのか、先ほど男子トイレで嘔吐してしまったらしいと。今は将樹が付き添って、保健センターの救護室にいるだろうと。そして、おそらく華純もそこにいると。


「うーん……そっか。なんか、その……ごめん。ウチら、松浦の気持ちは一切知らずに、いつものノリで華純のことを応援してたかも」

「うん……華純はいつも男にモテてたし、今回も松浦とはすぐ復縁するんだろうなって……。華純を拒む男って、これまでにいなかったからさ……松浦は君と別れて、さっさと華純とヨリを戻すだろうって……気軽に考えてた」


 蓮花と麻衣子がそう言って申し訳なさそうな表情を浮かべると、桃音の背中をなでながら、結美が答えた。


「いえ、あの……私が言うのも変ですけど、お二人が謝ることはないと思います。お二人は村山さんのお友達ですから、村山さんの応援をするのは自然なことかと……。ただ、その……村山さんの行動はやっぱり、第三者が見てもおかしいというか、少し異常だと思うので……桃音と松浦先輩が村山さんと決着をつけることになったら、お二人の力を貸してほしいかもしれません」

「決着って?」

「えっと、その……いろいろ煮詰まってきたので、一度当事者同士で落ち着いて、しっかり話し合ったほうがいいと思うんです。ね、桃音もそう思うでしょ?」


 結美は桃音の顔色をうかがった。

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