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奥手な二人は脱いだら淫ら(R15版)  作者: 矢崎未紗
第五章 悲しい亀裂

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第25話 知らずに始まる崩落(中)

「華純、今日はいつもの『け~んしっ♡』はやらないの?」

「やらないわよ。だって、その本人がいないじゃない」


 土曜日だが、学祭に向けたチアリーディング部の練習のために大学の体育館に来ていた華純は、部員の女子からそう言われてからかわれた。しかし決して悪い気はせず、「会いたいって、思ってはいるんだけどねー」と、恋をする乙女の表情を浮かべる。


「さっさと告白すればいいのにー」

「そうだよー。なんでしないのー? 華純が告れば、必ず付き合えるっしょ?」

「前回はそれで失敗したの。だから、今回は慎重なのよ」


 だいぶ涼しくなった秋の時期とはいえ、何時間も練習をしていれば、首にもユニフォームの下にも、汗をかく。華純は自分のスポーツバッグの中から大きなフェイスタオルを取り出して、メイクが崩れないようにゆっくりと、顔の輪郭や首元の汗を拭った。


「前回の失敗って? 彼って、華純の元カレなの?」

「そうよ。去年の春頃に付き合っていたの。でもあたしが待てなくて……いろいろ急かしたんだけど、謙志は何もしてくれないから不満に思って……それで別れを切り出しちゃったのよ」

「え~、何それ、どういうこと?」

「あー、あれでしょ? えっちしてくれなかったんでしょー。松浦くん、かなり堅物っぽいもんねー。今も童貞っぽい感じがするし」

「ま、あたしも子供だったのよ」


 謙志の童貞の真偽には触れずに、華純は自分を下げた。


「それに、謙志はいま、サークルの後輩と付き合ってるのよ」

「えっ、そうなんだ!?」

「やだ~、華純があんなにぐいぐい行くから、てっきりフリーなんだと思ってた~」

「今カノってかわいいの? 華純より?」

「ブスではないけど、ものすごく普通よ。謙志も、なんであんな子供っぽいのがいいのかしら」

「相手、子供っぽいの? やだ、松浦くんってばロリコンとか?」

「そんなはずないわよ。でも、そろそろ告ろうかしら」


 謙志に、自分を女として意識してほしい。会いたいと思ってほしい。ドキドキしてほしい。そしてできれば今カノなんかとは別れて、今度は謙志のほうから告白してきてほしい。このあたしと付き合いたいのだと、謙志に切望されたい。

 華純はそう思って、できる限りのアピールをしてきた。謙志にはずっと「構うな」と拒絶されていたが、それはきっと、いま付き合っている桃音に悪いからとか、人前だと恥ずかしいからとか、そういう理由によるものだ。


(学祭も近いし……謙志と一緒に回りたいわ)


 去年の今頃はすでに海外に留学していたので、今回の学祭は入学後二回目の参加となる。チアリーディング部はいくつかのチームに分かれて学祭期間中の三日間、午前も午後もどこかしらのステージで演技を披露する。その合間に、謙志と腕を組んでほかのステージや展示を見て回り、一緒にご飯を食べて過ごしたい。大学生のうちにしかできない貴重な経験を、謙志と共に積みたい。


(謙志はもう、あたしのことを意識せずにはいられないわよね)


 学祭中にどうにか二人きりになり、いい雰囲気になってから告白する――という手も考えたが、学祭を楽しむならば先に両思いになっておきたい。告白のチャンスはおそらく、学祭のための休講期間に入ったタイミングだ。


(謙志……あたしを見て。必ずあたしを選ぶでしょ?)


 だって、あたしはイイ女なんだから。あんな子供っぽい子よりレベルの高いあたしと付き合うことは、あらゆる男にとって当然の選択なんだから。

 休憩が終わって練習が再開しても、華純は謙志のことを考え続けていた。



   ◆◇◆◇◆



「謙志くん、体調、大丈夫? ずいぶん具合が悪そうだけど」


 月曜日、いつものように謙志と待ち合わせた桃音だったが、彼の顔がかなり青白いのを見てとても心配な表情を浮かべた。心なしか、謙志の頬はやつれてこけているように見える。


「ああ……」

「ほんとに? 無理してない?」


 食堂の空いている席に座り、桃音はなおも尋ねた。すると謙志はぐったりと椅子に座ったまま、ぽつりと白状した。


「実は昨日……吐いちゃって……」

「今は? おなかは?」

「今は平気……。おなかもまあ、大丈夫……吐いただけだ」


 日曜日の昨日、夜のバイトもなかったので、謙志は部屋で一日中、自主研究のための勉強をしていた。しかし昼頃に、華純からのメッセージがスマホに届き、いつものように既読スルーをした。ところが、何回か届く少し長めのメッセージを読んでいるうちに吐き気がして、トイレで嘔吐してしまったのだ。

 おなかにくる風邪かと思ったが、熱や咽頭痛は一切なく、ただ吐いただけだった。下痢もしておらず、ひどい腹痛が続くということもないので、おそらくだがストレスからくる嘔吐だったのだろう。


「原因はストレスかな……村山さん、まだ近付いてくるんでしょう?」


 桃音は、ご飯を買いにも行けず、ぐったりと座っている謙志の背中にそっと手を添えた。

 華純に喧嘩を売られてから二週間ほどが経っていたが、その間も相変わらず華純は、謙志を見つけては声をかけてきているという。その光景を見た謙志や華純の友人たちが、華純を謙志のカノジョ扱いしてからかうこともあったようで、謙志はそれがとても嫌だと言っていた。


「ごめんね。私がもっと、謙志くんとずっと一緒にいられたらいいんだけど」

「いや、いいよ……。桃音も講義があるし……休み時間全部、一緒にいるのはさすがに難しいし……」

「でも……」


 桃音は俯いた。

 謙志は華純を拒絶し続けている。決して関わりたくなどないと、その態度を貫いている。それでも付きまとってくる華純を、そろそろ本当になんとかしたい。


「あさってからの休講期間と学祭中は、なるべく一緒にいよう? 私、謙志くんと一緒に学祭を楽しみたいし……あっ、結美ちゃんとダンス部のステージを見る約束はしちゃったんだけど、それ以外はまだ、何も約束していないから」

「ああ……わかった」


 謙志はなんとか頷くと、食券を買いに席を立つ。今日の桃音は、母が作ってくれたお弁当があるので、うどんをトレイに載せた謙志が戻ってくるのを待つ。そしてあまり箸の進まない謙志に合わせて、ゆっくりと食事を進めるのだった。



   ◆◇◆◇◆



 そして二日後、玉苑スフィア大学は一週間の休講期間に入った。今日から二日間で学祭の準備が集中的に行われ、その後三日間にわたる学祭本番、それが終わったあとは二日間の片付けの期間となるのだ。休講期間中はすべての講義が休みとなり、各棟や教室が、学祭のために次々と飾り付けられていく。

 桃音は準備日一日目も二日目も、朝からキャンパスに足を運び、会長の素子の指示のもと、模擬店「星空豚汁」の構えを準備したり、会員が合宿で撮影した写真を展示する展示室の飾り付けを行ったりした。

 謙志とは、華純につかまらないようになるべく行動を共にするようにした。桃音が一緒にいられないときは、将樹が桃音の代わりに謙志と一緒にいて、へたに華純につかまらないように気を配った。

 だが、華純とてチアリーディング部として学祭でステージに立つ身なので、さすがに練習や準備を放り出してまで謙志にちょっかいをかけに来るということはなかったようで、警戒していたものの華純に会うことはなかった。


「将樹、工具を返却してくる」

「おう、じゃあ行くか」

「いや、これくらいなら一人でいい」

「そうか?」


 本番を明日に控えた準備日二日目。中庭の一角、「星空豚汁」の看板の置かれた白い天幕を離れて、謙志は実行委員会の本部が置かれている棟を目指した。

 理系と文系、両方の学部学科がある玉苑スフィア大学は国内でも有数の学生数を抱えており、複数のキャンパスに分かれている。その中でもここ、第二首都特区にあるレンテバーキャンパスは最も多くの学部が置かれているので学生数も多く、敷地は広く、玉苑祭ともなれば多くの企業が協賛する。

 謙志が学部生としてこの玉苑祭に参加するのは今回で三回目だが、準備期間だけでも、その熱気は年々高くなっているように思う。各棟の中も外も、学祭準備にいそしむ学生があちこちにおり、誰もが皆、学祭の本番を楽しみにしている表情だった。

 貸し出し用工具の入ったボックスを実行委員会に返却した謙志は、早くも薄暗くなり始めている夕方の空の下、中庭の天文研究会の模擬店へ戻ろうと歩く。


「けーんしっ」

「っ……」


 しかし、誰かが小走りで近付いて謙志の肩をたたいた。

 突然のことで謙志はずいぶんと驚き、足を止めて背後に振り向く。そして、そこに華純が立っているのに気が付くと、何かを言われる前に立ち去ろうと、急いで前を向いた。


「ねえ、謙志のカノジョ……舟形ちゃんのことなんだけどさ」

「…………」


 謙志がすぐにでも立ち去ろうとすることは予想できていたのか、華純は少しばかり暗い表情で切り出した。

 華純とは関わりたくない謙志だったが、大事な恋人の名前を出されたら、何も聞かずに逃げることはできない。


「ちょっと気になることがあって……あっちで少し話せない?」


 華純はそう言って、南門の守衛室の近くを指差した。そちらは学祭準備に奔走する学生が少なく、近くに常緑樹が植えられているので、木々の緑葉で人目にあまりさらされない場所だった。


「……少しだけだ。まだ……学祭の準備が残ってる」


 華純と二人で話すのは、正直に言って嫌だ。謙志の胃は急に収縮を始め、心なしか込み上げてくるものがある。だが、華純が桃音に何かしたんじゃなかろうかとそれが心配な謙志は、とても苦々しい表情で守衛室の壁際に寄った。


「そんなに好き? あの子のこと。あの子、謙志以外の男の子と一緒にいるのに?」

(だから、それは……)


 ペアで行う課題に取り組んでいるからだ。それ以上でもそれ以下でもない。桃音は謙志を心配させないように、そのことを包み隠さず話してくれている。

 華純は、桃音がほかの男と浮気をしていると言って揺さぶりたいのかもしれないが、それは的外れな誘導だ。桃音は決してそんなことをしないし、そして自分は、華純のそんな幼稚な誘導に揺さぶられはしない。

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