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奥手な二人は脱いだら淫ら(R15版)  作者: 矢崎未紗
第五章 悲しい亀裂

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第24話 売られて買った喧嘩(下)

「そこまで自信があるようなら、正々堂々と行こうかしら。謙志があたしを選んでも、恨みっこなしよ?」

「どうぞ、お好きになさってください。でも、これだけは言っておきます。村山さん、相手が嫌がることはやめてください。相手が嫌がる行為を繰り返すのは、ただの嫌がらせで意地悪です。嫌がっている相手にしつこくそれを繰り返すのは、恋愛とか男女とか関係なく、ただただ意地の悪い人間のすることです。その引き際がわからないようなら、恋愛以前にまっとうな人付き合いの仕方を学び直したほうがいいですよ」

「何を言っているのか、まったくわからないわ。女としてあたしに負けるのが、そんなに怖いの? 子供が偉そうに……あたしにお説教するなんて、十年は早いわよ」


 華純は余裕を演じるために、少し大げさに笑いながら言った。

 その後、華純も桃音も黙ってしまったので、四人はひどく冷たくて重い空気の中でそれぞれのご飯を食べ終えるのだった。



   ◆◇◆◇◆



 その日の夕飯後、桃音は珍しく兄の望夢の部屋のドアをノックした。


「なに」


 ドアを開けた望夢が、やや億劫そうな表情で出てくると、桃音は「話を聞いてほしくて」と言って、望夢を自分と光希の部屋に招いた。光希も桃音の話を聞く役のようで、半分物置と化している自分の学習机の椅子に座って待っていた。

 望夢にも同じように自分の学習机に座ってもらい、桃音は二段ベッドの下段、光希のほうのベッドにお邪魔して体育座りになった。そして、恋人の謙志が元カノからちょっかいをかけられていること、その元カノに喧嘩を売られたので、つい買って言い返してしまったこと、けれど自分のその対応は正しかったのか、今後はどうしていくべきなのか悩んでいることを説明した。


「うーん……いいんじゃないの、売られた喧嘩は買って言い返しても。でないと、舐められっぱなしになるじゃない」

「でも、桃音の中では何か引っかかるんだろ、自分のとったその言動が」

「うん……何か……なんだろう……。もっと別の対応の仕方もあったかもしれないな、って……それに、謙志くんと付き合っている立場で、本当にしてもいいことだったのかなって」


 今日の昼、食堂で話しかけてきた華純に嫌味を言われた桃音は、正面を切って華純に言い返した。ふわっとスルーすることなく、華純が投げてくる変化球の言葉をすべて打ち返したのだ。

 華純の悪意に負けたつもりはない。しかし、妙な居心地の悪さが、時間の経過とともに強くなってきた。自分と華純の喧嘩ならあれでよかっただろうが、二人の間には謙志がいる。謙志のことを思うと、あんなふうに華純の感情を逆なでするような対応の仕方はよくなかったかもしれないと。


「そうだな……オレだったら、元カノの嫌味や妨害に屈しない今カノの対応は、心強く思う。そういう恋愛のごたごたって、よくあるのは当人同士がぎくしゃくして、互いのことを信じられなくなって別れるってパターンだ。むしろ元カノは、それを狙ってくるかもな」

「離間策……」

「そうだ。だから、元カノの揺さぶりに乗らないで、どっしり構えていてくれる今カノはありがたい。でも、それだけだと抜け落ちてる視点がある」

「抜け落ちてる視点?」


 望夢の言葉を不思議に思い、桃音と光希はそろって望夢を見つめた。


「カレシと同じ方向を向いているのか、ってことだ」

「う~ん、わかんない……望夢、どういうこと?」

「その元カノに対して、桃音のカレシはどうしたいんだ? どう対応してるんだ?」

「えっと……関わりたくないって……構わないでほしいって伝えて、元カノから話しかけられたりメッセージを送られたりしても、無視してるって」

「そうか。カレシは元カノと関わりたくない、構わないでほしい。何かアクションをされても、反応せずに無視をする。カレシ本人はそういう方針なんだな? それなのに、今カノのお前が元カノの喧嘩をほいほい買ったら、元カノと積極的に関わることにならないか?」

「あっ……」

「桃音の感じている違和感は、そこじゃないのか」


 そうかもしれない。桃音はそう思った。

 自分が華純と一対一で喧嘩をする分には、何も問題はない。負ける気はしないし、ああいう意地悪な同性は女子校時代に何人も見てきた。あしらい方は十分にわかる。

 けれど、華純との喧嘩を謙志が望んでいるかというと、きっとそうではないだろう。謙志は華純と「関わりたくない」のだ。ならば自分も謙志と同じように、なるべく華純に関わってはいけない。謙志が向いている方向に、自分もきちんと向かなければいけないのだ。


「スポーツだと思えばわかりやすいか。桃音とカレシは同じチームだ。どういう戦略で勝ちにいくのか、その認識が二人でずれていたら、勝てる試合も勝てないだろ」

「そう……だね……」

「でもさ、元カノは謙志くんにも桃音にも近付いてくるんでしょ? 根本的にどうしたらいいのさ」

「関わらないでくれ、近付かないでくれ……そう言い続けるしかない。それ以外のコミュニケーションはとるべきじゃない。拒絶以外の反応は、元カノに隙を見せるだけだ。何かしらの反応がある限り、二人を仲違いさせるチャンスがあると思うだろな」

「でも……謙志くんはちゃんと伝えたはずなの」


 関わらないでくれと華純に伝えた――謙志はそう教えてくれた。異性と接するのが得意ではない謙志だが、華純にきちんと拒絶の意思を示したと。

 しかし、それでも華純は謙志に構ってくるらしい。連絡アプリでメッセージを送ってくるし、キャンパス内では謙志を見かければすぐに声をかけてきて、隣を歩くという。

 桃音は毎日大学内で謙志とずっと一緒にいるわけではなく、どちらかというと会えない日のほうが多い。その会えない日などに、謙志はずいぶんと華純に付きまとわれているらしかった。


「残念だけど、元カノにはその言葉が届いていないんだろうな」

「そんな……なんで?」


 望夢がため息をつきながら言うと、光希が心底不思議そうな表情で問うた。


「まあ……無意識のうちに、相手からの拒絶の言葉を全部、頭の中のゴミ箱に捨ててるんだろ。どういう認知バイアスがあるのかは知らないけど、大方、自分が男に拒絶されるはずがないって思い込んでるんだろ。桃音のカレシが発する拒絶の言葉を聞いたところで、その言葉は元カノの中では一瞬で消えてるんだ」

「はあ? つまり、近付かないでくれって百回言ったところで、元カノには一回も意味が伝わらないってこと?」


 一瞬で表情を変えた光希は、今度は眉間に皺を寄せた。


「そういうこと。その認知バイアスがよっぽどの衝撃を受けて崩れない限り、元カノは諦めないんじゃないか」

「そんな……どうしたらいいのかな……」

「拒絶し続けるしかない。それしかできない。桃音もカレシも、自分の言葉で元カノを変えられるなんて思わないほうがいい。相手を変えようとして、言葉を投げかけないほうがいい。二人にできることは、お互いをしっかりと信じること。それから、とにかく元カノの存在を拒絶することだけだ」

「そうすればいつか、その元カノは諦めるの?」


 光希が望夢に尋ねる。望夢はしばらく考えてから、「たぶんな」と答えた。


「拒絶の反応しかされていないってことに気付いたら、さすがに元カノも、何かおかしい、って思うだろ。このままずっと自分は拒絶されるだけで、自分が受け入れられる未来はないのかもしれないって。元カノがそう思えないまま突き進んでくるなら、カレシへのストーカー行為の証拠でもとって、警察に相談すればいい」

「警察って……そんな、大げさな……」

「そうでもしなきゃ止まらないかもしれないんだろ、その元カノ」

「どう……かな……」


 桃音の見た華純は、自分に自信がある、尊大な女子大生だ。とはいえ、異常者かというとそうでもなく、謙志のこと以外におかしなところはないと思う。留学したり、チアリーディング部での活動をしていたり、積極的に大学生活を謳歌している学生の一人にすぎない。彼女のような女子大生は、探せばいくらでも見つかりそうだ。警察のお世話になるような、そんな大それた話になるとは考えにくい。


「桃音の言うとおりだよ」

「えっ?」

「元カノに言ったんだろ? 人が嫌がることをずっとするのは、意地の悪い人間だって。そういうことだよ。関係性がカレシ、今カノ、元カノだから恋愛の話で終始しそうだけど、ようは元カノは、嫌がっている相手に、その嫌がられている行為をずっと続けてる……ただの意地悪な迷惑人間だ。恋も愛も関係ない。むしろ、元カノが普通にまだカレシのことを好きだって言うなら、なんで好きな相手が嫌がっている行為を平然とやってのけるんだよ。おかしいだろ。つまり、元カノはただの意地悪い人間。そんな相手、関わりたくなくて遠ざけるのが当然だ」

「うん……そうだね……」


 華純は、「大人の恋は複雑なのよ」などと言って桃音を煙に巻こうとした。だが、そもそも二歳しか離れていないのに「大人の恋」なんて語られても、ちゃんちゃらおかしい。「謙志のことが今も好きなの」と、直球で言われたほうがまだ理解できる。

 華純は、謙志に恋などしていない。自分の思いどおりにならない男の存在が許せなくて、変に固執しているだけだろう。それを「複雑な大人の恋」だなんて、ドラマティックに飾ってみせているだけだ。こちらが恥ずかしくなってしまうような、とても幼稚な演出だ。


「ありがとう、望夢お兄ちゃん、光希お姉ちゃん。すっきりした」

「そりゃよかった。今後もちゃんと、謙志くんと同じ作戦でいるんだよ?」

「うん……そこはしっかり、意識合わせをしておこうと思う」

「桃音、少しでも違和感とか危機感を覚えたら、その時はすぐ、ほかの大人を頼るんだぞ? 教授でも学生課の人でも、誰でもいいから」

「わかった」


 心配する望夢に、桃音はこくりと頷いた。



   ◆◇◆◇◆

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