第22話 狙って近寄ってきた女(上)
「やだ、倉沼がいる~。一人でご飯とか、惨めすぎ。ほんと暗い子~」
学食にやって来た蓮花は、長机の中央に一人ぽつんと座っている同学年の女子を見つけて、小馬鹿にしたような声で言った。
「もっと奥に行くわよ」
そんな蓮花を、華純は食堂の奥へとうながす。
月曜日の今日、蓮花は二時限と三時限の講義がある。華純のほうは本来なら四時限だけで、昼食の時間に大学にいることはないのだが、今日は学祭に向けてチアリーディング部の打ち合わせや練習があり、アルバイトもなく参加できるので、午前中から大学に来ていたのだ。
そこで、ランチには友人の蓮花を誘った。蓮花はいつもなら、二時限が一緒の友人とご飯を食べているのだが、華純とのほうが仲が良いので、二つ返事で華純の誘いに乗った。
(学食で一人とか……あり得ない)
蓮花だけでなく、華純も倉沼を快く思っていなかった。
蓮花と同じ社会総合文化学部の倉沼は、一年次の時からずっと一人ぼっちで、サークルにも入らず特に友達も作らず、常に一人でいる。グループで取り組まなければならない講義の課題が出た場合だけに同学年と話すような根暗で、見た目の垢抜けなさも相まって、華純としては「よくそんな大学生活で恥ずかしくないわね」と思っていた。
「一人でご飯なんて、恥ずかしくてできないよね~」
「ほんとそれ。『私は一人でも大丈夫です』アピールでもしてるのかしらね」
「強がりおつ~って感じ。見た目もダサいし、近付きたくないよね~」
空いている席に上着を置いた二人は、食券を買って列に並ぶ。そしてそれぞれ塩ラーメンと醤油ラーメンを乗せたトレイを持って、席に戻った。
「チア部の学祭準備はどう?」
「順調だと思うわ。遠征に比べれば楽なほうよ」
「チア部の本業は、各部活の試合の応援だもんねえ」
スポーツ科学部があるからなのか、この大学の体育会の部活はどこも強豪だ。チアリーディング部は手分けをして各部活の試合の応援に行っており、男子生徒が主体の「応援団」と共に、一年を通してとても忙しいスケジュールを組んでいる。
「松浦とはその後、どう? 何か進展はあった?」
「なーんにも。教えて、って言ったのに、時間割を教えてくれないし」
「あれ、そもそも松浦の連絡先、まだ残ってるの?」
「残ってるわよ。削除もブロックもしていないもの」
華純が謙志に別れを告げた一年前。それまで、別れたカレシの連絡先は全部消してきたが、なぜか謙志の連絡先だけは消せなかった。嫌いになったわけではなかったから、いつかまた、ヨリを戻すかもしれない――戻したい、戻せると、どこかでそう思っていたのだろう。
「松浦のほうがブロックしたとかは?」
「それもないと思う。だって、既読マークは付いたし」
現代人ならほぼ全員が使っている連絡アプリ。そのアプリで謙志に送ったすべてのメッセージには、たしかに既読マークが付いた。返事は一回も来ていないけれども。
「松浦のほうもブロックしていないなら、チャンスはあるのかなあ……でも」
「カノジョがいる、って話でしょ。それ、本当なの?」
「本当だと思うよ~。華純も見ればわかると思う。あの松浦が特定の女子と二人でいるなんて……それも一緒に自分のうちに行くなんて、カノジョじゃなきゃあり得ないっしょ」
たしかに、それはそうかもしれない。
華純の知る松浦・デイビット・謙志という男は、基本的に女子とつるまない。シャイな性格であるということもあるのだろうが、気軽に軽率に、女子との距離を詰めない男だ。
そんな堅物な男でも、華純が告白したら付き合ってくれた。軟派な男だけでなく、硬派な謙志のような男も自分の女の魅力に夢中になる。そう思うと快感で、謙志と付き合えた時は本当に嬉しかった。
けれども、付き合いだしてしばらく経つと、どうも違うように思えた。堅物な謙志は、決して自分からはふれてくれない。手すらもつながない。キスだって、華純がせがむように迫ってようやくしてくれたが、ふれ合わせた唇からは何一つ、華純を求めているような心地がしなかった。二カ月は付き合ったのに、ディープキスは一度もしなかったし、華純があの手この手で遠回しに誘っても、謙志は決して性行為をしなかった。
美人でナイスバディな、女としてレベルの高い自分に手を出さないなんてあり得ない。おそらく謙志は童貞であるから、初めての行為に躊躇しているのかもしれないと、そう思った。
そこで、華純はその点を踏まえたうえで自分がリードするつもりで誘ったが、それでも謙志は手を出さないどころか、何度「行きたい」とアピールしても、一人暮らしの部屋にすら入れてくれなかった。それがとても不満で、華純は謙志に別れを切り出したのだ。
修行僧のように性欲を断ち切ろうとしているのか、と思うようなそんな堅物の謙志が、女子と二人でいる。しかも、自分の部屋に招いたらしい。約二カ月付き合った華純でさえ、謙志の部屋に招いてもらったことはないのに。
そんな扱いをする相手は、たしかに恋人であるとしか考えられない。だがそれほどまでに、謙志の今のカノジョは魅力的なのだろうか。このあたしよりも?
「はあ~。ウチは三時限に、華純はチア部の練習に~……だね」
「そうね」
残さずにラーメンを食べ、その後もしばらくおしゃべりをしてから、二人は席を立って食堂を出ていく。しかし出入口のドアに差しかかった時、蓮花の足が止まった。
「華純、あれ! あそこ!」
自分たちが座っていたエリアとは、出入口のドアを起点にして反対側。ガラス窓に近いほうの席に謙志と一人の女子が並んで座っているのが目に入り、蓮花は華純の肩を何度もたたいた。
「なに?」
「松浦と、そのカノジョっぽいのがいる」
「え?」
やや億劫そうな表情を浮かべた華純だったが、その顔つきは一瞬で引き締まった。
「あの子だよ、あの茶髪の、背の低い子。たぶん、駅で見かけたのと同じ子」
「あれが……?」
二人が何を話しているのかは聞こえないが、謙志はずいぶんとリラックスした表情をしているし、隣で何か話しているらしい女子学生もずいぶんと楽しそうだ。
「あれが、謙志の今カノ?」
「そうだと思う……。あの距離感、そうじゃない?」
茶髪の女子が話を終えて、謙志を見上げる。すると謙志はその女子をしっかり見て、一言二言、何かを返す。すると彼女が、また楽しそうに笑う。
「そう……みたいね……」
自分と付き合っていた時には決して見たことのない、謙志の自然な笑顔。
あの謙志があんなふうに笑うなんて、あの女子が謙志の今のカノジョであることは間違いないのだろう。
「華純、どうする? 外見はどう比べたって、華純のほうが大人っぽくてきれいだし、スタイルだっていいし……負ける要素なんてないと思うけど」
遠目に見ているだけだが、謙志の彼女はどうにも子供っぽい。顔つきが幼いこと、着ている服が高いブランドのものではなく、リーズナブルな値段で買える量販店のもののように見えること。華純と違って小柄なこと、胸もそんなに大きくなくて、色気があまりないこと。
たしかに見た目だけなら、十人いれば十人の男が、華純のほうがいい女だと言ってくれるに違いない。けれど十一人目の謙志は、もしかしたら華純ではなく、ああいうタイプの女子を選ぶのかもしれない。
(あんな娘を……?)
あたしのほうがきれいなのに。あたしのほうがかわいいのに。あたしのほうがいいスタイルなのに。あたしのほうが女の魅力にあふれているのに。あんな娘より、あたしが選ばれて当然なのに。
どうして謙志の隣にいるのがあたしじゃないの? 謙志はあたしのものなのに――あたしはあんな芋くさい女に負けたっていうの?
(そんなわけ……ないじゃない)
負けてなんかいない。誰がどう見たって、あんな娘よりあたしのほうがイイ女に決まってる。だから、謙志を手に入れるのはあたし。その権利があるのはあたしだけ。あの娘じゃない。あんな娘、謙志にはふさわしくない。
「ちょっと……わからせてあげたほうがいいわね」
「おぉ~っと。華純、本気でいくの?」
「だって、どう見てもあたしのほうがイイ女だもの。謙志とお似合いなのも、あんなチビじゃなくてあたしでしょ」
華純はそう言うと、背中を覆うロングヘアをなびかせて向きを変え、食堂を出ていく。その表情には自信がたっぷりとみなぎっていた。
◆◇◆◇◆
「じゃあ、俺らが待ってるから、二人は先に行ってきていいよ」
「ありがとうございます。桃音、何食べる?」
「うーん……今日は和定食にしようかなあ」
次の日の昼休み。桃音と結美、それに謙志と将樹は四人で食堂に来ていた。今日は三時限に青年心理学の講義があり、四人ともそれに出るので、こうしてランチの時間から行動を共にしているのだ。
桃音は二時限があるほかの三人と違って、今日は三時限からだ。お昼を食べてからゆっくり大学に来るスケジュールでもいいのだが、謙志にも会えるので、二時限が終わる頃に大学に来て先に学食で席を確保し、二時限が終わった三人が来るのを待っていた。
そうして四人が集うと、将樹が留守番を買って出てくれる。将樹にお礼を言って、桃音と結美は先に昼食の調達に向かう。そしてテーブルに戻ると、今度は入れ替わりに謙志と将樹が食券を買いに席を立った。
「学祭って、強制参加ではないんですよね?」
四人全員が席に着くと、結美が将樹に尋ねた。




