第21話 いい子で従う彼氏
「ねえ、ほんとなの? 謙志にカノジョがいるって」
「まあ、たぶん……。松浦の性格的に、カノジョじゃない女友達と二人で家に帰るとか……ないでしょ?」
東門へと一緒に歩く隣の麻衣子から確認されて、華純は黙り込んだ。
麻衣子の言うとおりだ。松浦・デイビット・謙志という男は、異性の友人はほぼいない。女子が苦手な性格なのか、その交友関係はほとんどが同性だ。
そういう謙志の堅物で女慣れしていないところに、一年前は嫌気が差してしまった。自分には女としての魅力が十分にあるはずなのにまったく手を出してくれないところにも、不満が積もってしまった。だから別れを切り出したのだ。
だが、一年前の華純には自信があった。謙志は女慣れしていないからこそ、女として魅力的な自分に捨てられることをとても恐れるだろうと。質素な自分には不釣り合いなほどの極上なカノジョと別れたくないと思い、彼は食い下がるに違いない。自分と別れることをためらい、「別れたくない」とすがるように懇願するだろうと、そう高をくくっていた。
だが、別れを切り出した華純に、謙志はあっさりと頷いた。別れを告げられて悲しそうな様子もなければ、華純に捨てられることを恐れる様子もなかった。別れたくないと言って華純にすがることなど一切せず、ただ一言「わかった」と、とても淡々とした声で頷くだけだった。その様子に、むしろ華純のほうが、謙志との別れに情緒を乱された。
自分から別れを告げた手前、当時の華純は強がった。「あんなうぶで女心もわからないようなつまらない堅物、別れて当然よ」と。謙志がいかにカレシとして不出来だったか、少し盛った内容で、蓮花と麻衣子に愚痴を重ねた。体裁としては自分が振った形なので、自分の恋愛遍歴の傷になるような相手ではないと、そう思うことにしたのだ。
けれども、心のどこかで華純は傷付いていた。謙志に別れを了承されたことにショックを受けた自分が、とても弱く惨めに思えた。振ったのは自分のほうのはずなのに、いまだかつてないほどの恋愛における敗北感を覚え、恥ずかしくて悔しかった。
その気持ちを切り替えるために新しい世界へ行こうと思い、チアリーディング部のコーチの紹介で海外留学をして、本場のチアリーディングを学ぶことにした。その過程で、海外の男とも付き合った。時には派手に、一晩だけ遊び散らかしたこともある。
謙志はこんな自分にすがることはなかったが、やはり自分の自己認識は間違っていない。華純の美貌を、身体を、男たちは極上の品として褒め称え、そして味わった。最高の女としての価値が自分にはある。華純はそう自信をつけて帰国した。
そして華純は、もう一度謙志と付き合うことを考えた。一年前は自分が幼かったせいで彼の経験値の少なさを責めるだけだったが、今なら彼に合わせて待つことができる。あるいは、自分がリードしてやってもいい。堅物なところは変わっていないようだが、自分という極上の女を味わわせることで、彼を大人の男にしてあげられる。どうすれば女が喜ぶのか、自分が導いて学ばせてあげればいい。そう思った。
(それなのに……カノジョがいるですって?)
蓮花と麻衣子が見たという謙志のカノジョ。
まさか、謙志に恋人がいるなんて。それは想定外だった。
彼の性格上、自分から異性にぐいぐいとアプローチするタイプではないから、きっと女のほうから彼に迫ったに違いない。
別れてしまったけれど、謙志にとっての自分は魅力的な女のはずだ。そのあたりにいる普通の、有象無象の小物の女よりもうんと価値のある自分こそ、彼を手に入れる権利がある。いや、手に入れて当然なのだ。美貌も知性もある無敵の自分の思いどおりにならないことなど、あるはずがない。
(謙志はあたしのよ……)
これから仕留めようと思っていた獲物を横取りされた気がして、華純の機嫌は悪くなる一方だった。
◆◇◆◇◆
(いよいよ……)
ついにやって来たデートの日。
待ち合わせ時間の十五分前に駅の改札を出た謙志は、人の流れの妨げにならないように、駅構内の隅の柱を背にした。
桃音から自慰行為禁止を命じられたオリエンテーションの日から二週間。何度も何度も誘惑に負けそうになったが、自主研究をはじめとした勉学と居酒屋のアルバイト、それに夜のランニングなどでどうにか気を紛らわせながら、謙志は性欲を我慢してきた。
勉強をしている時やアルバイトをしている時は、我慢していることがそれほどつらくはなかった。特に自主研究の難題に集中している間は不意に興奮することもなく、自慰行為にふけりたいという欲求はかなり軽減された。
つらかったのは、就寝の直前だ。いつもなら数日に一回はヌいているので、一度も自慰行為ができないまま日々を過ごしていた身体は――己の分身は、ベッドに横になってリラックスした瞬間、いとも簡単に桃音のことを思い出して熱を帯びた。数日前、桃音にじらされた日の夜は、本当に大変だった。
だが、それも今日までだ。これから桃音とラブホテルに向かい、いよいよ許してもらえる。どんなふうに桃音と性行為ができるのかと思うと、謙志は今にも股間のズボンに巨大なテントを作ってしまいそうだった。
「謙志くん、お待たせっ」
待ち合わせ時間の七分前。ずいぶんと早かったが桃音が改札を通って謙志を見つけ、小走りで近付いてきた。
「もう、来るの早いんだから」
「桃音だって早いだろ」
「謙志くんを待たせたくなくて……でも、謙志くんのほうが早すぎっ」
桃音はそう言って少しだけむくれたが、すぐに謙志の腕を掴んでにっこりとした笑顔で見上げた。
「早速だけど、もう行く?」
「ああ。こっちだ」
謙志は言葉少なに頷き、あらかじめ頭の中にインプットしておいた地図に従って歩きだす。駅前の繁華街をしばらく歩いて路地を曲がると、そこはいかがわしいホテルが林立する区画だった。
そうして行われた性行為は、これまでで一番盛り上がった。
そして最後に、謙志は桃音をまっすぐに見つめて言った。
「桃音」
「なあに」
「好きだ……桃音のこと、本当に」
「ふふっ、ありがとう。私も大好きだよ、謙志くんのこと」
桃音は謙志の胸にひたいをこつん、と当てて甘える。
そんな桃音を、謙志は力強く抱きしめるのだった。
◆◇◆◇◆




