第十一話 封印された少女
砂丘に囲まれた遺跡は石造りで、まるで千年前から時が止まっているかのような雰囲気をまとわせていた。入口は大きく、俺が見上げるくらいの高さに天井がある。
「ずいぶんと大きいな……そして」
ロベルドは視線を巡らせる。俺もまた彼に倣う。入口から左手――そこに、水があった。
「どこからか地下水が湧き出ているな。オアシスのような役割があった……いや、この場合は水が湧き出る場所に遺跡を造ったと解釈するべきか」
ロベルドが歩き出す。それに追随するように俺も中へ踏み込み……太陽から隠れた瞬間、ひんやりとした空気が俺達を包んだ。
明かりはないのだが、どういう構造なのか太陽の光を取り込む箇所がいくつもあり、視界の確保には困らない。だから遺跡の全体像が入口から確認でき――
すぐに、ロベルドは立ち止まった。
「……何だ? あれは?」
視線は真正面を捉えている。俺もまた立ち尽くす。
建物内は幅もかなりあるが奥行きが相当で、奥にある壁が結構小さく見える。ロベルドが立ち止まった原因は、真正面――おそらく遺跡のど真ん中に位置する地点に、異質な物があったためだ。
遺跡自体は石造りで、床は灰色でところどころ大理石のような白い壁もある。だが真正面に見えたのはそれらとは異なる――氷の柱とでも言うべきだろうか? 大きな樹木のように床と天井に根ざした透明な柱が、遺跡とは異なる素材で造られていた。
だがロベルドが呟いたのはそれだけではない。その中央に、
「人、か……?」
ゆっくりと近づく。俺もそれに合わせ、並んで進んでいく。目の前に到達した時、ロベルドは目を見開き凝視した。
柱は間近で見れば水晶のような素材であり、その中に――うずくまる人間が一人。外見は少女……俺と同い年くらいだろうか? 黒髪の少女が、眠っているように目を閉じて水晶の中に存在していた。
そう――彼女こそ、邪神をその身に宿し少女。
いた、と心の中で呟いた俺は、じっと彼女を見つめる。
「これは、どうするべきか……」
ロベルドは呟きながら、水晶の中にいる少女を観察する。
「そもそも生きているのかもわからないが……もし生きているとしても、無闇に水晶を破壊するのはまずいだろうな」
――彼女が目覚めるのは、遺跡に踏み込んで少しの時間が経ってから。小説では来訪者が来たことにより魔力に揺らぎが生じたためという形にした。
ともあれ、まだ水晶は壊れない。時間が掛かるだろうと思い、ひとまず奥へ行ってもう一つの確認をするべきだ。
「ロベルドさん、奥に行こう」
「む、そうか。わかった」
歩き出す。一番奥――そこに『神域魔法』を扱うための術が、眠っているはずだ。
少女が眠る水晶の横を通り、遺跡の一番奥に到達する。罠の類いはなく、また鍵も掛かっていない。よってロベルドが開けると、
「これは……」
彼は少女に引き続きまたも驚く。その部屋は書斎――多少劣化しているが、装丁された本が壁際の棚にいくつもあった。
部屋を覆い尽くすような冊数ではない。俺はまず横にある本棚から一冊手にとってパラパラとめくってみる。
「……読めるな」
言語は俺が普段使っているものと同じ。読み書きは叩き込まれているので苦もなく読める。
とはいえ、古語に近い表現もあるため難解……これは仕方がないけど、どうにか読める。
「何が書いてある?」
ロベルドは問い掛けながら俺が持つ本を眺める。
「……日記のようだな」
正確に言うと、この遺跡を管理していた人間の手記だろうか? ただこの遺跡の成り立ちや、ここがどういう場所なのかを記載しているわけではない。あくまでこの砂漠の遺跡で起こった出来事を書き綴っているだけで、有用な情報はない。
俺が手に入れたいのはこれじゃない。次に別の棚へ。本を手に取りめくると、魔法に関することが書かれていた。
それは専門的ではあったが、理解できる……その時点で、俺はこの本が欲していた物だとわかる。
「この遺跡は魔法の研究をしていたのか?」
ロベルドが疑問を呟くが、当然答えは返ってこない。
正確に言えば邪神を封じる遺跡であったため、対抗するための資料が存在していた。邪神を止めるには『神域魔法』が必須であり、またこの遺跡を造った部族には神の力を扱えた人間もいた。だからこそ神域魔法に関する書物がここにある。
俺が求めていたのは、まさしくこれだ。神域魔法を扱える人間が現存していないので完全に独学となるけど……魔法を扱うために必要な基礎や自身の魔力を扱う術はきちんと学んだし、ロベルドからも実戦的な指導を受けた。小説内のセレスも独学で学び力をつけたから、時間を掛ければいけるはず。
さて、これからのことだが……俺は本を閉じて棚に戻し、
「あの女の子は何だと思う?」
「わからん。ああして封印されている以上、特別な存在なのだろうが……この砂漠には過去、町や部族の集落が存在していた。遺跡はそうした人間が建てたものだと思うが……」
この部族が邪神を封じてきた事実はどこにも残っていなかったはず。この遺跡の資料を漁ればそれもわかると思うが……ロベルドは興味がないのか、踵を返した。
「あの少女が気になるな。もう少し調べてみよう」
俺はそれに頷き、二人して部屋を出る。
遺跡の中央に到達し、もう一度少女を正面から眺める。うずくまり目を閉じる少女。種族の特徴なのか黒い髪と顔立ちは異国的な雰囲気も漂わせている。
衣装もどこか儀礼的……白を基調としたそれは、少なくとも普段着のようには見えない。
「セレス、お前はこの遺跡を夢で見たと言っていたな?」
「うん」
「この少女がその理由なのか?」
どう答えようか一瞬迷った……が、
「この子が夢に直接出てきたわけじゃないよ」
「そうか……お前の夢に出てきた見知らぬ女性……たぶんそれはお前の本当の母親だろう。彼女は、セレスとこの少女を引き合わせたかったのかもしれないな」
――本当のことを口にして、信用してもらうことなどできるのだろうか?
どうしようか少し悩み、まだ話すべきじゃないかだろうと結論を出す。
「さてセレス、ここからどうする?」
ロベルドが問う――俺の意向でこの遺跡までやってきた。彼は俺の意見に従うようだ。
ここを訪れて終わり、などと彼も考えていないだろう。とはいえさすがにここにずっといるわけにもいかないと彼は思っている。
俺は……小さく息をつく。この後の展開はおおよそ予想がついている。ここを訪れた時点で、どういう流れなのかは決まっている。
俺は少女の名を思い浮かべ――その時、変化が起きた。突如少女を包む水晶にピシリ、と小さくヒビが入った。
「……何?」
ロベルドが見据える。それと同時にさらに細かいヒビが入り始める。
「なぜ急に……? もしや、俺達が来たからか?」
――来訪者によって遺跡内の魔力が揺らぎ、少女リュハを包む水晶がとうとう崩れ始める。それが目の前で起きていることだ。俺はじっとその光景を見つめる。ここで彼女が開放されなくとも、いずれ邪神は動き出す。まだ遺跡を取り巻く結界にほころびがなく、まだ彼女が目覚めても大丈夫――
そう考える間に水晶が砕け始めた。ガラガラと天井から落ち、地面に転がって少しすると魔力の粒子となって溶けるように消えていく。
俺とロベルドは一歩後方に下がり事の推移を見守るしかできず……やがて水晶が全て砕け、少女もまた解放されようと――
俺はそこで近づいた。水晶が崩れ落ちる音を聞きながら、表に出てきた少女の体を優しく抱える。
また同時に魔力を探る――小説では彼女の体の中にいる邪神は目覚め、体に触れることでその一端を知ることができた。彼女の体の奥底でドクン、ドクンという鼓動のようにうごめく魔力を感じれるのだが……それはまったくない。ここから考えて、まだ邪神は眠りから覚めていないとわかる。
俺はリュハを地面に下ろす。意識のない彼女はしばし動くこともなかったが、呼吸はしていた――いや、水晶から解放されて呼吸をし始めたと言うべきか。ピクリ、と一度体を震わせた後、その目がゆっくりと開き始めた。
俺はただ黙ったまま彼女が目覚めるのを見守る。焦点の合わない瞳をしばし漂わせた彼女は、意識がはっきりしてきて俺と視線を合わせた。
彼女は驚いたのか言葉を発しない……そこで、
「大丈夫?」
問い掛けた。けれど応答はない。ただ呆然と、俺と視線を重ねるだけ。
もう一度呼び掛けるべきかと考えた時、ずいぶん間を置いて彼女は小さく頷いた。
「そっか、よかった……名前を、聞かせてくれるかな」
優しく、彼女の心を解きほぐすように告げる。
そして彼女は、
「……リュハ。リュハ=ナーテル」
あどけない声で、小説の中でセレスに告げたのと、同じ名前を口にした。




