第十二話 結界
この世界は俺が記した小説の設定が刻まれていることがまたも証明された……ただ、現実になると俺の頭の中で作り出した世界とは思えないほどで……これについてはいくらでも疑問はある。
俺は自分の考えた設定が生きているという事実だけを飲み込み、なぜなのかという問題は棚上げすることにした。そもそも原因究明もできないだろうし。
リュハが目覚めた後、俺達は水晶が消えた遺跡の中央を陣取り話し合いをすることになった。まず俺とロベルドがこの遺跡にやってきた簡単な経緯を説明する。
そこで彼女は封印されてから気が遠くなるほどの時間が経過していることを理解し……呆然となった。
「……君以外の人間については、この周囲にいない」
ロベルドの言及に対し、リュハはどこかあきらめたような表情を浮かべた。
「……そっか」
次いで悟りきった表情。そこで俺は一つ質問。
「そうなるかもしれないって予感はあったのか?」
疑問に対し、リュハは小さく頷いた。
「大きな戦いが、起こっていたから」
――邪神の眷属による襲撃だ。最終的にその眷属はリュハの部族と相打ちという形となり、両者ともに滅んだ。残ったのは封印されていた彼女だけだ。
「なぜこの遺跡で封印されていた?」
ロベルドの疑問にリュハは一度ビクリと肩を震わせ……少しして首を左右に振った。
「具体的には、何も……」
これは嘘だ。彼女は自分が邪神を抱えていることを知っている。初対面の俺達には話せない……つまりは、そういうことだ。
「……ふむ、何か理由はありそうだが。まあいい。ひとまずここを出るとしよう」
告げるとロベルドは立ち上がる。
「何はともあれ、この遺跡から出る。まずはそれからだ」
リュハは頷く――それに対し俺は、無言に徹し事の推移を見守ることにする。
彼女は軽装であり、正直砂漠の中を歩き回れるものではない……が、ロベルドは彼女に布製のマントを羽織らせ、
「俺が抱えて移動する。セレス、身体強化は使えるな?」
「うん、速力強化でいいの?」
「そうだ。方角はわかっているから、一気に駆け抜けるぞ」
大丈夫なのか――とは問わなかった。よくよく見ればリュハのマントに魔力が。どうやらそれで彼女を保護しながら移動するらしい。
これなら……と思ったが、その前に大きな障害があるはずで――
「では、行こう」
ロベルドが先導する。リュハはなおも戸惑った表情だが、頼れる人間が俺達しかいない以上、ついていくつもりらしい。
そうした中で俺は最後尾を歩く……仮に移動するとして、身体強化については問題ない。リュハを抱えたロベルドに追随できるくらいには動けるし、町までそう苦労することなくたどり着けると思う。
ただ、さすがに一日では無理だろう。全力で移動したとしても、片道二日ないし三日くらいだろうか。
そうしたことを考えていると、ロベルドが外に。次いでリュハも出ようとして――
ピシリ、と弾けるような音がした。
「っ……!?」
リュハが短く呻き、立ち止まる。
「どうしたんだ?」
後方を歩いていた俺が問い掛ける。ロベルドも気付いたようで振り向くと、
「今の音は?」
リュハは何も語らず、手を伸ばす。外へ繋がる出口……彼女の手はその途中で止まる。さっきと同じようにピシリと音が生じ、彼女の手を見えない壁が押し留めた。
「……これは」
ロベルドは呟きながら手を出す。リュハの周辺を探ってみるが、何の変化もない。
俺は彼女の横を通り過ぎる。当然だが何一つ問題なく外へ出る。しかし彼女は違う。何度手を伸ばしても途中で壁――結界が生じ、出れない。
「これは、どういうことだ?」
訝しげなロベルド。対するリュハは沈鬱な面持ちとなった。
――邪神を封じるための処置だ。遺跡全体に邪神を表に出さないよう結界を構成している。数年後、リュハの体の中で封じられていた邪神が眠りから覚め、さらに結界に綻びが生じ、外界と交信できるようになった……これが戦いの始まりだ。
砂漠の地下に魔法を張り巡らせている上、解除するには時間を要する。ただ現時点で結界を壊すことはできない。彼女の体の中にいる邪神はまだ目覚めていないようだけど、いつ何時そうなるかわからない。むしろ邪神をどうにかできるまで、結界は維持しなければならない。
「……どうやら、君は出られないようだな」
ロベルドが告げる。リュハはなおも暗い顔をして、俺達を見た。
どうするのか――不安しかないその表情を見て、俺はロベルドに告げる。
「なら、結論は一つだよ」
「……セレス?」
「放っておくことはできないし、ここならいい修行場所になりそうだし」
手に入れた力の実験なんかもやりたかった。彼女のこともあるし、ここに滞在するのが一番無難な解答だ……というより、そのつもりでいた。
「……そうだな、確かに」
ロベルドが言う。すると彼は荷物をドカッと下ろし、
「とはいえ、ここで修行する以上はそれなりに暮らせるようにしなければならない。大変だぞ」
「もちろん。手伝うよ」
「あ、あの……」
リュハの声。そこで俺は彼女に笑みを浮かべ、
「これだけは約束する……絶対に、一人にはしないから」
――その言葉に、リュハは最初驚いた。次いで安堵にもにた表情を浮かべ、
「……ごめんなさい」
「君のせいじゃないよ……ロベルドさん、どうすればいい?」
「そうだな、幸い食料は数日分あるため、俺が買い出しに行くだけの余裕がある」
言いながらロベルドは遺跡の外を眺める。
「滞在するための道具などを買ってこよう。セレス、彼女の傍についていてやりなさい」
「わかった。今から行くってことでいいの?」
「ああ。セレス、料理も作れるだろ? ここは少しの間任せるぞ」
頷く俺……家事とかについては前世でよくやっていたし、なおかつ両親に色々と教え込まれている。
「荷物はここに置いていく。自由に使え」
「お金は?」
「道中砂竜でも狩る。あいつらの革などはよい素材になるため、それなりに資金になる」
ロベルトは俺達へ笑い、
「一人で進めば数日もかからないだろう……セレス、頼んだぞ」
リュハが申し訳なさそうな顔をしているのに対し俺は「大丈夫」と告げ、まず遺跡周辺を調べる。
結界について何か情報はないかと探していると……あった。遺跡の周辺、砂に埋もれるような形で金属の杭のようなものが打ち込まれている。
「これを基点として結界を維持しているのか……結界の綻びについては――」
目を凝らし周辺を歩き回る。すると一箇所だけ魔力が弱々しい地点を発見した。
結界を維持するには問題ないが、いずれ結界にほころびが生じる原因となるわけだ。
ただこれは俺にどうにかできるものなのか……弱っている場所の砂を少し掘り返すと、金属を発見。
そこには札のような物が貼られ、それから魔力が発しているのがわかる。
「金属が大地から魔力を吸い、それを札が利用して結界を維持しているのか……」
札は何枚も貼られているが、そのいくつかが損傷している。原因はこれだ。
「砂竜にでも食われたか……? けどこれなら札の構造を理解すれば補修できるかな」
ともあれ原因はわかった。札に刻まれている文字についても読むことはできたので、まったく手付かずとはならないだろう。
それと、金属は抜けないよう処置され札もはがれないようになっている……補修する場合は札を取り替えるとかではなく新たに付け足すとかだろうか? きちんと結界がどのようなものか理解してからじゃないと危ないな。
俺は遺跡の中に戻る。そして不安な表情のリュハを見て、笑みを作る。
「ごめん、急に外に出て……この建物の案内とかはできる?」
「う、うん」
頷いた彼女は恐る恐るといった様子で遺跡について語る。
ここは書物などもあることから人が暮らす場所でもあった。建物の中にも地下水が流れ込んでいるし、生活することはできる。
俺はここで歩き出す。目的は一番奥の書斎。黙ってリュハも追随し、俺は扉を開け中へ。
いくつもある書物の中で、背表紙を見て一冊を手に取る。建物の構造や魔法に関する物だった。
「……この遺跡の結界をどうにかする方法をまずは学ぶ」
「え?」
リュハは呟く。それに俺は本から視線を外し、
「それには長い時間が必要だろうけど……幸い知識を提供してくれる書物はあるから、不可能じゃないと思う」
リュハは無言。ただ自分と同年代の俺の姿から、できるにしても長い年月かかるだろうと予想はしているだろう。
けれど、あまり時間はないだろうか……結界が綻び彼女の内に眠る邪神が活動するまでにそう長くないはず。この二つは近い間に目処をつけないといけない。
「……そういえば、直に夕方だな」
俺はそう呟き、再度リュハに笑いかけた。
「夕食にしよう……料理は俺が作るからさ」




