第十話 黒の剣
魔法を操り維持できれば子供でも砂漠の中も歩き回れる……そういうことが遺跡捜索で理解できた。
「それはお前の努力の賜物だ」
二日目の夜にロベルドはそう言い、俺は十歳ながら本当に成長したのだと認識できた。
そんな調子で俺達は砂漠の中を進んでいく……といっても一定の方角に突き進んでいるわけではないので、現在地が次第にわからなくなっていく。
ロベルドはどうやらわかっているようで、歩きながら俺は指導を受け……砂漠の中を歩き回ること四日。ロベルドが言うにはこのアルジレント砂漠の真ん中辺りに到達したらしい。
「またずいぶん大きな砂丘があるな」
ロベルドが真正面を見ながら呟く。
砂漠を進むにつれ、砂丘がどんどん大きくなっていく。今は小高い丘のようなものになり、その先を窺い知ることはできない。砂丘が横一列に連なる光景は、まるで大海が津波に変じ襲い掛かってくるようにも見えた。
「時間的には昼前か……目の前にある砂丘を越えたら、昼食にしよう」
「わかった」
水筒に口をつけながら(中身は魔法で生み出した水)俺は言う。
子供の俺にとって上るのが少しばかり大変なくらいの角度。とはいえ砂漠を歩き続けてどうやれば進めるかは体が理解し始めており、ロベルドと同じくらいのペースで上り続けることができた。
しかしあるかどうかもわからない物を探すというのは結構精神的な疲労が溜まる……あとどのくらいこうして歩き続けなければならないのか?
そんな疑問を振り払いながら、俺はロベルドと共に砂丘の頂上に立ち――
「……な」
ロベルドが、呻いた。俺もまた立ち止まり、前方を凝視する。
まず砂丘の先――前方には同じくらいの高さを持った砂丘が存在している。そうして砂丘が左右にも存在し、真正面は窪地のような場所ができていた。
問題はその窪地……そこに、石造りの建物がある。
「……本当に、あったとは」
信じられない、といった様子でロベルドが呟く。
「セレス、ここがお前の言っていた遺跡で間違いないのか?」
……咄嗟に答えられなかった。その理由としては、俺が頭の中で構築した世界が、ここまで広がっていることに改めて驚愕したからだ。
「セレス?」
再度問われ、はっとなる。
「あ、うん……間違いない、と思う」
「わかった。問題は遺跡の中がどうなっているか、だな。もし何かしら魔力でも存在していたら、注意する必要がある」
ロベルドは歩き出す。遅れて俺もまた歩を進めた――その直後、
ズズ、と足下がわずかに揺れた。ロベルドはそれを敏感に感じ取り、即座に荷物を地面に落とす。
「敵だ」
ロベルドの反応は今までと違った。即座に大剣を抜く。次いで彼は油断なく左右を見回す。
「そうか……なるほど、この遺跡がなぜ噂にすら上らなかったのかわかったぞ」
「え?」
「元々こんな辺鄙な場所に人間が来なかったのも一つだが……おそらく、遺跡から発する力によって砂竜が引き寄せられる。そいつが遺跡を守るように存在し、侵入しようとする者がいても、食い殺していた」
「その砂竜って……」
「おそらく――」
大地が鳴動する。砂が少しずつ流れ始め、足下をとられる。
「――この砂漠においても特に強い、まさしく砂漠の王だ」
その言葉の直後、遺跡の右側から大量の砂塵を巻き上げ、砂竜が出現した。
現れた砂竜は――それこそ見上げるくらいの大きさを持った、ロベルドの言うとおりまさしく王とでも言うべき存在だった。
俺やロベルドがそれこそ豆粒のようなちっぽけな存在に見えるであろうその砂竜は、雄叫びを空に放ち俺達を威嚇する。
――ガアアアアアアッ!
声と形容したくない轟音。音圧によって周囲の砂が揺れ、どんどん下へ流れ落ちる。
「セレス、一度戻るぞ」
ロベルドが右手に大剣、左手に荷物を持ちながら言う。
「ここでは遺跡も被害に遭う可能性があるからな」
そう言いながらロベルドは……荷物を左肩に担いだかと思うと、手を伸ばし俺の体を無理矢理抱き上げた。
「へ?」
「飛ぶぞ」
こちらの返事を待たず、ロベルドは跳躍した――いや、跳躍などというレベルではない。
小高い砂丘のずっと上をいく、飛翔とでも言うべきものだった。地面が遠く、驚きのあまり息ができなくなる。
そのまま砂丘の遙か手前の平地に着地する。砂が多少舞い、ロベルドは俺と荷物を下ろす。
その間に俺は砂竜を注視。ロベルドの言うとおり、この砂漠の中で特に巨大な砂竜……ただ俺の小説では登場しなかった。というより、遺跡に入るまでの過程は省いたからな。こんな巨大な相手がいるとは想像していなかった。
「ロベルドさん、どうするの?」
「砂竜は、あの遺跡の守護者だ……より正確に言うならば、遺跡に秘められた魔力を魅力的な餌場としている。つまり私達は餌場に現れた邪魔者だ。遺跡に入るには、排除する必要がある」
それは――あの巨大な砂竜を倒さない限り、遺跡へ入ることができないという話か。
「そういえばセレスには、私の全力を見せたことはなかったな」
砂竜が俺達へ近づいてくる。胴長の体をまるで威嚇でもするかのように立たせて俺達を見下ろしてくる。首をほぼ真上にしなければ顔を見ることができないほどに接近した砂竜は、いつ何時俺達を食おうとしてもおかしくないほどの気配を漂わせていた。
「……倒すぞ」
宣言。同時、ロベルドが握り締めていた大剣が、黒く輝いた。
それは圧倒的な魔力の奔流であり、また砂竜もそれを警戒したのか、こちらに対し雄叫びを上げた。
漆黒がロベルドの周囲を取り巻き始める。傍で見ている俺には影響ないけど、放たれる魔力は相当なものであり、修行を積んでいなければ悲鳴を上げて逃げ出していただろう。
砂竜が大きく口を開ける。そして一挙に俺達へ向けその胴体を――動かした。
俺達の目には、砂竜の大きな口だけが見える。数瞬後、食われるのは間違いなく――
ロベルドはそれに対し、大剣を豪快に地面へ叩きつけることで応じた。
――この技は、俺が書いた小説内にも存在していた。名は『黒竜剣』。彼自身の最強技。
地面から魔力が勢いよく解放される。瞬きをする程度の時間で視界に入っていた砂竜の口が――黒い壁によって見えなくなった。
それは、名の通り巨大な胴長の竜を象った魔力を浴びせる技だった。竜の頭部が着弾した場所で漆黒が弾け、巨大な黒柱を形成する。
漆黒がこちらへ向かってきているであろう砂竜と――轟音を上げ激突。刹那、空気を振るわせる凄まじい魔力拡散が生じ、俺の体がまるで金縛りにでもあったかのように硬直した。
想定外の魔力を一気に受けると、筋肉が突如固まる場合がある……訓練も受けていない人間なら、固まるどころではなく魔力だけで気絶していただろう――それほどまでに濃密な力。
――ギャオオオオオ!
砂竜……悲鳴だろうか? 視界にはただ漆黒しか見て取ることができず、敵がどうなっているのかまったくわからない。
一体どうなって――そう思った矢先、俺は漆黒がわずかに途切れた先に、漆黒に体を食い破られようとする砂竜を見た。間違いなく、ロベルドが勝っている――!!
ロベルド当人は剣を振り下ろした体勢から自然体となり、事の推移を見守っている。ただ右手に握り締める大剣からはさらなる黒が漏れ出している。もし砂竜がきたら、同じ技で迎え撃つ気なのは明白だった。
やがて、漆黒が途切れる。そして見えたのは、グラリと頭部から力をなくし横倒しになろうとしている砂竜の姿。
「今のが、私の最高技だ。友人が『黒竜剣』と名付けた」
ズウン、と砂塵を巻き上げ砂竜が倒れ伏す。振動で足下が揺れるほどだった。そしてその体が灰のように変色し始め、ボロボロと崩れていく。
「この技を受けた者は、漆黒により体を灰にする……範囲が曖昧で無差別なのが欠点だろうな。今回はセレスが背後にいたためそちらに衝撃が流れないよう注意したが、本来は自分を中心に全方位拡散する」
振り向く。ロベルドの顔には笑みが浮かんでいた。
「少し、驚かせてしまったか?」
首を振る。それにロベルドはふう、と息をつき、
「さて、大技を使ったからな。遺跡に入ったら少しばかり休憩しよう」
こちらは頷く。その間に砂竜の体が崩れ、風に乗って存在自体が消えていく。
俺達はそれをしばし眺め――やがて消えた時、遺跡へ向け歩き出した。




