断章1ー3
不審者と呼んでも問題ないであろう奴のもとへ、一人の少女が駆け寄っていった。
「あなたも帰るところがないの?」
その問いに対し、そいつは呆然としているようだった。
初めて見る顔なので、この村の住民ではないことは一目瞭然だ。
ならば、商人だろうか。
この村は、村長の政策で様々な作物を育て始めたため、少し前から取引を望む商人が急増していたのだ。
けれど、とても商人らしい身なりをしているとは言えなかった。
着ているものはみすぼらしいというのに、なぜかどこか神々しさすら感じる。
……そんな、不可解な奴だった。
そんなことを考えていると、先ほどの少女がこちらのほうに向かって何かを叫んでいた。
元気なやつだ。この戦で、両親を失ったであろうに。
……いや、この重苦しい村の雰囲気を察して、あえて明るく振る舞っているのかもしれない。
「外界から来たんだって! きっと私たちの神様が来てくれたんだよ!!」
最初、何を言っているのか理解できなかった。
「外界」や「神様」なんて単語を、久しく聞いていなかったからだ。
先代の村長の時代、村の遥か西からやって来たという旅団がいた。
その旅団は、俺たちに様々な知識や品をもたらしてくれた。
そして、ある存在について教えてくれたのだ。
――この世には、すべてを創り出した「神様」という存在がいるのだと。
神様は普段は外界というところにいるのだと。
神様は万物の親であり、崇拝の対象であり、祈りを捧げる存在なのだと。
苦しい時、辛い時は空に向かって祈れば、人は救われるのだと。
初めて聞いた時、俺は感動していた。
神様が存在するという証拠はなく、理論の欠片もない話だ。
けれど、もしそんな存在が本当にいるのなら、人はどれほど救われるのだろうと思ったのだ。
しかし、その考えが村に広まることはなかった。
この村には、村長と役人が定めた「村契」というものがある。
この村で暮らすならば必ず守らねばならない、掟というやつだ。
村に住む者や、生まれてくる子供は、これに血判を押すことで初めて仲間として認められる。
それゆえ村契は、誰もが納得できる絶対的なものでなくてはならず、簡単に項目を増やすべきではないという暗黙の了解があった。
先代の村長と役人たちは、旅団が去った翌日、彼らが広めた教えを『穢れたもの』として禁じた。
「姿も形もない神に祈ったところで、腹は膨らまない。俺たちの命を救うのは、空の神ではなく、泥にまみれて耕す自らの手と、共に生きる仲間の誓い(村契)だけだ」
ということだそうだ。
本当のところ、村の秩序が崩れることを恐れたのだろう。
村契を破った場合、厳しい罰が待っている。
程度によっては罪人という汚名を背負うことになる。
だから、誰も声に上げず、そのまま時が経った。
――そんな存在が、あの悲惨な戦争の終結とともに、空から現れたのだ。
これを神と言わずして、何と言うのか。
失われていた俺の世界に、一気に色がついていくような興奮を覚えた。
しかし、そいつは事も無げに言い放ちやがった。
「悪いが、神様という存在ではない。
外界から来た、人間だ。お前たちのことを知るためにやってきた。」
……なんだよそれ。
不審者同然の奴が神様じゃなくて、人間だと?
気持ち悪ぃ。ぶっ殺してやろうかな。
俺たちをおちょくっている連合軍の手先かもしれねえ。
殺気立った思考が頭を巡っていると、人ごみを割って村長がやってきた。
相変わらず、何を企んでいるのか分からない、実に悪い顔をした村長だ。




