断章1-1
これは人間である生物が目撃した戦争の、六年前の戦争のお話です。
村長が変わったのは生物が目撃した戦争の、八年前です。
わかりにくくてごめんなさい。
俺はしがない村人だ。
普段は田んぼを耕し、稲を育てることに専念している。
名前なんてものは持っていない。
俺たちの村は、絶対的な権力を持つ「村長」を頂点に、村の掟や徴税を取り仕切る「役人」、そして警戒や防衛を専門に担う『警護衆』によって管理されている。
俺たち一般の百姓はただ泥をこねて米を作っている。
最下層には前回の戦で他村から引き抜いた「奴婢」が置かれている。
すべてが村長の手元で秩序立てられた集落だ。
ある日、村の中央に集落中の人が集められた。
村長による緊急の招集だった。
村長は眉をひそめ、隣村の奴らが取り決めを破り、俺たちの縄張りに踏み込んできたと訴えた。
土地や川を巡る小競り合いなら、珍しいことじゃない。だが、今回は様子が違っていた。
警護衆によると、隣村はひどい日照りで見渡す限りの稲が枯れ、明日食べるものすらない惨状だという。
追い詰められたニンゲンが何をするか――俺たちはそれを、痛いほど知っていた。
なにせ、前例があったからだ。
六年前、同じように酷い日照りがあった際、追い詰められた隣村が襲いかかってきた。
だが、その時の奴らはすでに手遅れに近く、骨と皮ばかりに痩せ衰えていた。
木槍や棍棒を握る力すら残っておらず、俺たちはあっけなく返り討ちにしたのだ。
そして勝利した俺たちは、隣村と「契約」を結んだ。
一、隣村へ二年間の食料援助を行う。
代償として、幼子を含む三十人の農民を我が村へ差し出させ、奴婢(労働力)として扱う。
二、再度の貧困を防ぐため、我が村の農業技術を提供する。
代償として、両村の境界を明確に定める。なお、領地の線引きは我が村が決定する。
三、再び隣村から争いを仕掛けてきた場合、敵の男は全員処刑する。女子供は生口(奴隷)として扱う。
四、一連の戦の責任は相手の村長にあると断定する。
同じ過ちを繰り返さないため、村長より二世代に渡る血族をすべて我が村の手で処刑する。
五、この契約の当事者として、隣村には新たな村長を立てる。
なお、新村長は奴婢の中から相応しい知識と人格を持った者を我が村が選出・擁立するものとする。
六、この契約の執行日を基準とし、以後十年間、毎月収穫される作物の総量から一割を我が村へ献上させ
るものとする。
七、隣村には我が村の警護衆を二人組で配置し、一ヶ月に一度、現状を報告させるものとする。
隣村の経過報告により、援助の量や取引の価格を変動させるためである。
この契約が、誰の目から見ても悪魔のごとき残酷なものであることは明白だった。
しかし、この取り決めに反発する者は、あちらには一人もいなかった。
先の戦いによる餓死、戦死、そして我が村へ引き抜かれた奴婢を合わせれば、隣村の人口はすでに半数近くまで激減していたのだ。
抗うことなど不可能だと、身にしみて理解していたのだろう。
だが、この村の人たちが本当に恐れているのは、敵ではない。
争いの二年前――今から八年前に先代の死に伴い村長となった、あの男だ。
そのやり方に不満を持つ村人はいないだろう。
村長が俺たちを守るためにそうしているのだと、全員が分かっているからだ。
それでも、どこか恐ろしさを感じてしまう。
いつも穏やかに微笑んでいるその男は、六年前の契約を企て、文面に落とした張本人だ。
敵に対する情など微塵もなかった。
干害で苦しむ隣村の子供たちが米を請いに来た時も、男は優しく笑いながら言い放ったのだ。
「契約ですから。守れないなら、次は全滅ですよ」
情も容赦もない。すべては計算ずくだ。
その男が今、集まった俺たちに向かって静かに告げた。
「契約は破られた。この戦争は大量に死者を伴うものになるだろう。
しかし、臆してはいけない。罪は彼らにあり、我らは罰を与える存在であるからだ!」
そう言い切った翌日、戦争が始まった。




