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凪の瓶を携えて  作者:
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9/16

9話

「まもなく電車がまいります。ご注意ください」


 そんなアナウンスと共に、意識がパッと覚醒する。


 よし、今回はちゃんと目覚めることが出来たな。

 けどそれにしてはちょっと辺りが暗いような?

 それに若い会社員風の男性の姿もない。


 だけど隣にいるおじさんはまだ寝てるから、多分気にしすぎ……だよな。

 

 それにしてもこの人次の電車に乗らないんだろうか。

 もしかしてアナウンスに気づいてないのかもしれない。


 声をかけたほうがいいのかな。


 いや、そこまでするのは余計なお節介かも。

 ……だけど。


「あの、もうすぐ電車が来るらしいので乗るなら起きた方がいいですよ」


 今日の僕みたいに何か約束事があるかもしれない。

 そう思ったらいつの間にか声をかけていた。


「ん? おぉ、もう電車が来たのか。ありがとう」

「あっ、いえいえ」


 めちゃくちゃいい声だな、この人。

 一瞬映画の音がどこからか漏れたのかと思った。

 それくらい深みのある渋くて良い声だ。


 東京だと電車に乗ってた時によくあったからな。

 接続切れっぽい音漏れとかあとそもそも最初から音漏れてる人とか。


「もう五時か。いやー随分と寝てしまった」

「えっ五時?」

「そうだよ。ほら」


 おじさんの腕時計を覗き見ると、確かに短針が五のところに止まっていた。

 これはもしかしてまたやってしまったか?


 季節が冬に逆戻りしたかのようなゾクゾクとした寒気を感じる。


 いや、だ、大丈夫。大丈夫だ。

 今日は高松市内に泊まる予定だったんだから、今からでも到着さえすれば問題ない。


「お兄ちゃん、電車止まったよ。乗らないの?」

「あっ、乗ります!」


 おじさんの言葉に慌てて電車に乗り込み、適当な座席に座る。

 酒とお猪口は……無事みたいだな。

 よかった。


 ベンチから立ち上がった時に、足に通したリュックの紐が引っかかったからもしかしてと思ったけど、今日はそこまで不幸ではなかったみたいだ。

 

 でも思えば今日の失敗は、不幸というより俺の不注意やリサーチ不足からくるものばかりだ。別にツイてなかったわけではない。


 ……はず。


 そう自分に言い聞かせるが、ざわついた心がなかなか落ち着いてくれない。

 だから特に見たいわけでもないけど、なんとなく周りの様子を見る。


 車内には学校帰りと思われる学生客が大半。

 その中にごく少数スーツを着た人や僕みたいな旅行客がいる感じだ。


 グループで雑談していたり、一人黙々とスマホを弄っていたりと皆、思い思い時間を過ごしている。


 学生たちは時間を考えると部活帰りだろう。

 いや、部活ならもう少し遅いか。


 僕もほんの数年前まではあんな感じで通学してたんだよな……。

 今ではもう遠い過去のようだ。


 ボーっと学生たちを眺めていると偶然目線が合い、すぐ顔を窓の方に逸らす。


 外の景色は良い感じの田舎。


 適度に住宅地と田畑が広がっていて、田舎出身としては実に落ち着く光景である。田んぼにはもう水が張られているから、もうそろそろしたら夜はカエルの大合唱が始まるんだろう。


 そうして外をしばらく眺めていると、乗り換えの池谷駅に到着。

 が、乗り換えの電車の姿はまだなかった。



(田舎あるあるだな)


 時刻表によると、十数分後には来るようだ。

 これが特急ではなく、普通電車の場合さらに倍くらいの時間待たないといけないようなので、これから特急に乗る僕はまだマシな方なのかもしれない。


 ベンチの数が足りず、ホームに直で座り出した学生たちを見て、そのたくましさと田舎的な事情の悲しさを感じつつ、乗り換えの電車を待つ。


(……やっと来た。へぇ、電車がラッピングされてる。何かイベントでもやってるのかな)


 小さい子供に大人気なキャラがラッピングされた電車に乗り込む。

 中も目が痛くなるくらいの飾り付け。

 車内放送もキャラボイスになっている気合の入りようだ。


 だけど乗客の方は意外にも親子連れはほとんどいなくて、通勤客や学生たちが大半を占めていた。


 まあ時間帯がモロ通勤時間帯なのと、自由席車両なのも影響はあるだろう。

 空いている座席へ適当に座ると、偶然さっき声をかけたおじさんが隣で、互いに無言の会釈をかわす。


(こういう時は何か話すべきなんだろうか)


 悩んでからチラっと横の様子を見る。


 ……もう寝てるし。

 よっぽどお疲れらしい。


 流石に今回は……見習うわけにはいかないな。

 二度あることは三度あるって言うし。

 もう今日だけは自分の感覚は信じない。


 それに少しいる親子連れのお子さんが結構なはしゃぎっぷりなので、寝られる気はしないが。


 けれどこんな喧騒の中では今後の計画を考えようにも厳しい。

 だから僕は高松駅に到着するまで、おじさんの頭越しに外を眺め続けることにした。


 その後、無事高松駅に到着したのはいいものの、駅弁のほとんどは売り切れ。


 別に残っているのを買っても良かったが、旅疲れで今から食べる気も起きなかったので、明日朝一に出直すことに決めて近くのホテルに向かうことにした。


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