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凪の瓶を携えて  作者:
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8/9

8話

 さてと。


 それじゃあ駅に向かって電車に――。

 ん……駅?


 あー……駅弁のことすっかり忘れてた。

 旅立つ前に母さんから頼まれたことが一気に頭の中に蘇る。


 初っ端から計画破綻だな。

 でもまず鳴門駅に駅弁って置いてるんだろうか。


 駅の見た目は綺麗だが、ごく普通の電車を乗り降りするだけの地方駅という感じで、自販機の類はあるが売店まではあるように見えない。


 駅の隣に観光案内所が併設されているが、そこにもそれらしい物はなさそうだ。

 でも一応、万が一ということもあるし確認するだけしておこう。


 実はありました。

 と後日バレたら母さんから、ありがたいお言葉を貰うことになるかもしれない。


「すみません。ちょっとお尋ねしたいことがあるんですが」


 観光案内所のカウンターに座っていた制服姿のお姉さんに声をかける。


「はい、なんでしょうか?」

「鳴門駅に駅弁は売ってますか?」

「あいにくですがこちらの駅で駅弁の取り扱いはしておりません」

「そうですか。じゃあ高松駅なら売ってますか?」


 僕の問いかけにお姉さんが笑顔で頷く。


「はい、高松駅でしたら販売しておりますよ。改札口を出てすぐの一階にある売店でお買い求めいただくことが出来ます。ただ今から向かわれるとなると、人気の駅弁は売り切れになっているかもしれません」

「わかりました。ありがとうございます」


 お礼を言って案内所を後にする。


 うん、無いなら仕方ないな。

 とりあえず高松駅なら売ってるみたいだし、あっちで買えばいいか。


 これであとはもう電車に乗るだけだ。



 こぢんまりとした駅構内に入り、改札口にスマホをかざそうとしたところで動きを止める。


(……これは駅員さんにやってもらうタイプの改札口か)


 機械部分が一切なく、人一人がちょうど入れそうな囲いのみ。

 当然スマホをかざす場所どころか、切符を入れる場所すらない。


 幸い券売機は自動の物が構内にあるみたいだ。

 とりあえず駅員さんはまだいないみたいだけど、切符を買うだけ買っておこう。


 高松駅までは……千六百四十円ね。

 距離と時間を考えれば仕方ないけど、結構な出費だ。


 確か普通なら三時間、特急なら一時間半くらいだったかな。

 ……ここは特急にしよう。


 普通で行ってもいいけど、三時間は流石に長すぎる。

 それに早く着けば駅弁も色々選べるくらい残ってるかもしれない。


 それにしてもこうして実際にお金を出すと、妙に高く感じるのはどうしてなんだろ。タッチ決済ならまあこんなものかなってなるのにな。


(で、次の電車が来るのはいつ頃かな……は?)


 構内の壁に貼られていた電車の時刻表を見て、一瞬自分の目が信じられなくなる。


 ま、間違いだよな。

 軽く深呼吸してから再度確認。


 ……うん、やはり見間違えではなかったようだ。


 時刻表のどこの時間帯にも横にある分表示が一つしかない。

 残りの余白部分いる? って疑問に感じるくらいの空きっぷりだ。


 とにかくこの時刻表が真実なら、この駅には一時間に一本しか電車が来ないということになる。


 滋賀も東京などに比べればかなり本数が少ないと思ってたけど、やっぱり上には上があるようだ。


 さすが、改札口が自動じゃないことだけはある。


 前の電車はさっき行ったばかりみたいだから、もうこの時点でどう足掻いても島への到着は十八時以降になることが決定した。


 ……はぁ仕方ない。

 今日は高松市で泊まって、明日すぐ島に向かうことにしよう。


(それはいいとして、次の電車が来るまで何して時間潰そうかな)


 構内にあるのはベンチとポスターくらい。

 一時間も座り続けるのはしんどいし一旦、外に出て適当に散策でもするか。


 駅から出てまずは何があるのか軽く眺める。


 へぇ、駅の真ん前に足湯があるんだ。

 でも臨時休業中らしい、残念。


 時間を潰せそうなものは他に見当たらないけど、知らない土地で駅から離れすぎるのは少し怖い。


 だから意味もなく駅前にあった市のマスコットキャラクターの石像を撮ったり、謎の水晶みたいなモニュメントをボーっと眺めて時間を潰す。


 しかしそれでも中々時間が経たない。


(まだあと二十分もあるのか)


 こういう時に限って、何故か時間の進みが遅いんだよな……。

 汗も出てきたし、もう駅の中でのんびりしておこう。

 

 駅に戻ると、駅員さんがいたのでとりあえず改札を通過。

 適当なベンチに座り、あとはひたすら待つ。


 僕のように電車を待っている人は他にも何人かいる。


 若い会社員風の男性はスマートウォッチを何度も見ながらイライラした様子で貧乏揺すりを。それに対してオールバック髪の大柄なおじさん会社員は、座席にもたれ掛かってイビキをかいている。


 僕もまだ会社に勤めてたらこんな感じだったのかな。

 二人の姿を見て、広告会社に勤めていた時のことが頭の中に浮かぶ。


 何となく地元にいるのが嫌で東京まで行ったけど、滋賀とは段違いに混む電車ばかりですぐに後悔したっけ。

 仕事も毎日市場のリサーチや資料作りで大変だった。


 ようやく慣れてきたかと思えば、社長がこのままじゃAIの影響で会社が潰れると言い出して露骨に圧力を掛け出した。


 その後、本当にすぐ倒産したのは色んな意味で少し笑ってしまった。


 今思えばそれほど嫌いな仕事でもなかったけど、またやりたいかって言われると多分やらないだろう。かといって他に何かやりたい仕事があるかと言われれば、特にはないが。


 失業保険ももう終わったので、そろそろ次の仕事考えないといけない時期なのは間違いない。


 とりあえず今度は吹けば飛ぶような企業じゃなくて、しっかりした企業。

 例えば名前を知ってるような大企業が良いとだけは何となく思ってる。


 けど思ったところで、そう簡単に入れるものじゃないのが悲しい現実だ。

 かといってグズグズしていたらなし崩し的に、家の仕事を手伝うことになりそうな未来が見える。


 それだけは何となく避けたい。

 理屈じゃないから何故かって言われたら説明出来ないけど。


 だけど特にやりたい仕事があるわけでもないんだよな。

 広告業も当時はこれだって思ったけど、今思えば滋賀から逃げたかっただけで特にやりたかったわけでもない。


 僕の人生、このままやりたいことも見つからずにただただ過ぎて終わるんだろうか。


(……暇だと何か悪いことばかり考えてしまうな。おじさんを見習って、僕も少し仮眠しよう)


 リュックの紐を足に通して、しっかりと両足で挟む。

 それからリュックが動かないことを確認し、ゆっくりと座席にもたれ掛かった。

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