7話
上田さんと別れた後、僕はロータリーでバスをひたすら待っていた。
来た時と同じ海にほど近いバスロータリーで、隣では磯崎さんがスマホで何かをチェックしている。
昼になり気温が上がっているせいか、先ほどより空気が身体に纏わりつく感じが強くなっていて、あまり居心地は良くない。
まあその居心地の悪さは多分空気よりも、磯崎さんによるものの方が大きいかもしれないが。
(さっきからたまに僕の方を見てる気がするんだよな)
僕の自意識過剰かもしれないけど。
今後の予定の話でもしたいのだろうか。
僕の方から話しかけてもいい。
だけど、またさっきみたいに会話がすぐ終わってしまったらと思うと声が出ない。
「顔が少し赤いですけど大丈夫ですか?」
「ああ、はい。大丈夫です」
僕の体調を心配してくれていたのか。
意外だ。
そう言われると磯崎さんの顔もほんのり赤くなってる気がするけど、大丈夫だろうか。でもさっきあの様子を見ると、普段から飲み慣れている可能性が高そうだ。
「では別れる前に改めてルートと届ける際のルールについておさらいしますね。いいですか?」
「はい」
彼女の言葉に頷く。
「先ほどお伝えした通り、この後は二手に分かれてお酒とお猪口を各届け先に配達します」
「はい」
「桂木さんには小豆島を経由して岡山へ行き、最終的に福岡を目指すルートをお願いします。具体的な配達場所は先ほど渡した紙を確認して下さい。問題ありませんか?」
「はい、大丈夫です」
確か香川、岡山、広島、山口の計四か所だったよな。
言葉で言うとすぐだけど、実際の距離は何キロあるんだろう。
「ルールは二点。移動手段は徒歩と公共交通機関のみ。必ず自分の手で届けること。この二つです」
「わかりました」
「最後の届け先はこちらの都合で申し訳ないのですが、祖父が二人で行くと伝えてしまっているので、一緒に行く必要があります」
「一緒にですか」
「はい。ですので九州に入る前、下関駅か新山口駅辺りで合流しましょう。どちらにするかはその時の状況で判断します」
「はい、わかりました」
ま、その二つの駅がどこにあるのかすらぜんぜんわからないが。
あとで調べればいいだろう。
「では連絡先の交換を。毎日夜に今どこにいるかの連絡を私もしますので、桂木さんの方もお願いします。それと配達に関わるトラブル等があれば適宜連絡して下さい。よろしいですか?」
「OKです」
スマホを出して、SNSの連絡先を交換する。
「そういえば、磯崎さんの方はどんな感じのルートになるんでしょう?」
「私は徳島の届け先に行った後、愛媛と広島間にある島々を経由して、広島から山口県へ行くルートです。最後の二県は被っていますが、届け先は離れているので途中で会うことはないと思います」
「なるほど、わかりました。ありがとうございます」
「それとこの後ですが桂木さんはこの後来るバスに乗ったら、鳴門駅前で降りてください。そこから電車で高松に向かった方が早いと思いますので」
「鳴門駅ですか、了解です」
鳴門駅ね。
あとで調べておこう。
磯崎さん淡々としてるけど、わざわざ僕のルートのことまで調べてくれていたみたいだし、悪い人ではないんだよな。
「……バスが来ましたね。それではお互い頑張りましょう」
「はい」
バスに乗り込み、後ろの方の座席に座る。
磯崎さんは前の方の座席に座った。
ここからは一人行動か……。
心細さを感じる自分がいることに気づいて、少し笑いが込み上げてくる。
まあ、今後の計画を考えるにはちょうどいいか。
まずは最初にもう一度、届け先の確認から済ませておこう。
もしかしたら勘違いしてる可能性がある。
スマホで届け先のデータを開く。
最初は香川。
それから岡山、広島、山口と続き、そして最後は福岡県。
福岡は一緒に届けるから僕が一人で届けるのは実質計四か所。
よし、間違いなさそうだ。
期限は特に決まってないけど、合流することを考えるとあまりのんびりは出来ないだろう。中々ハードな旅になりそうだ。
今のうちに出来る事は……。
とりあえず届け先の住所を地図アプリに登録しておくか。
でも住所だけで届け先に住んでる人の名前がわからないのが地味に困るな。
(名前がわかってれば覚えやすいし、整理も楽なのに)
不満を感じつつ、香川から順に登録していく。
(香川と広島の届け先は住所から考えると、多分どっちも島だな。島ならフェリーで行くのは確定として、事前にチケットの予約とかは必要なんだろうか)
本当に色々と調べることだらけだ。
だけど調べること自体はそこまで苦ではない。
広告会社に勤めていた時、こういうリサーチ作業は日常茶飯事だったからだ。
それに比べれば全然楽な部類である。
その代わりもっとしっかり調べた方がいいんじゃないのか。みたいな変な不安感が残るが。
(とりあえず今は時間もない。AIも活用してざっくり調べよう)
香川県にある小豆島への行き方を教えて。
そんな風にAIへ質問を投げかける。
少しの待ち時間のあと、流れるように回答が画面に表示される。
なるほど。
AIによるとやっぱり船で行くしかないようだ。
ただフェリー以外にも高速艇という名前からして早そうな船があるらしい。
実際時間もフェリーの半分ほどの時間で到着するようだ。
そして一番重要なのがチケット。
どうやら徒歩であれば特に予約の必要はないらしい。
ただその代わり徒歩だと予約自体が出来ないので、チケットは現地で買う必要があるみたいだ。
っていうか島の名前、小豆島じゃなくて、小豆島なのか。通りで何か変な感じがしたわけだ。
いずれにせよ、AIによるとまずは高下港に行く必要があるらしい。
(いや、待てよ)
香川の県庁所在地は確か高松市だったはず。
それなのに高松港じゃなくて、わざわざ高下港なんて名前付けるか?
本当に高下港で合ってるんだろうか。
昔社会の授業受けてるときに、先生が高島市と香川の県庁所在地である高松の後ろ一文字ずつを合わせたら、日本三景の島である松島になります。
みたいなことを言ってて、悪いけどちょっと下らな……じゃなくて香川に高松市が存在するっていうのはかなり自信がある。
一応検索して確認するか。
……やっぱりAIが嘘をついていたみたいだ。
検索結果にはそれらしい場所の情報はなく、表示されたAIの概要も見当違いな場所だった。
やっぱり高下じゃなくて高松港か。
AIって便利だけどこれがあるから厄介なんだよな。
偶然覚えていたから良かったけど、知らなかったらとんでもないことになってたかもしれない。
念のため他の情報を裏取りをしておく。
なるほど。
島の名前は本当に小豆島で合ってるようだ。
ぜんぜん読めないけど。
小はまだわかる。でも豆の方は初見で絶対『ど』とは読めない気がする。
その後はAIで大まかな情報を収集し、検索で裏取りしていく形で計画を立てていく。
(とりあえずこんなものかな)
次の停車場所が鳴門駅前とアナウンスが入ったところで、何とか小豆島までの行動計画を作ることが出来た。
まずは鳴門駅前でバスを下車。
次に鳴門駅で電車に乗って、池谷駅で乗り換え。
その後は高松駅まで電車で一直線。
高松駅に到着したら、徒歩でフェリー乗り場まで。
あとは高速艇に乗れば、約三十分で島に到着だ。
問題は普通電車の場合、鳴門駅から高松駅まで約三時間もかかること。
途中特急に乗り換えても一時間半はかかる。
そこから船に乗って島まで行くとなると、スムーズに行っても今からだと到着するのは多分五時過ぎくらい。島の港から届け先の住所は割と近いみたいだけど、届けてはい終わり。ではないのがこの旅の問題点。
お酒の感想を貰わないといけないし、上田さんの時みたいにどこかの店に行く可能性だって十分考えられる。
それに五時くらいだとまだ仕事とかで家にいないかもしれない。
そういった可能性を考慮すると、下手に宿泊先の予約を取ることも出来ない。
(とりあえず野宿だけは避けたいな)
暑くなってきたといってもまだ四月。
夜は案外寒くなるから、それで風邪でも引いてしまったら元も子もない。
安全策で行くなら高松市内のホテルに泊まって、朝一で島に行く方が無難か。
(……うん。もうバスが駅前に着くし、一旦ここまでにして後から考えよう)
鳴門駅前に止まったバスから一先ず降りる。
磯崎さんは……降りないんだな。
これでここからは、本当の一人旅の始まりか。
空から降り注ぐ日差しを手で遮り、磯崎さんが乗ったままのバスを見送った。




