6話 一件目2
「ここは僕の行きつけのお店でね。ピザが美味しいんだよ。それにビールも合わせると最高なんだ」
「そうなんですね」
上田さんの言葉に磯崎さんが相槌を打つ。
「私の中で赤いレンガのお店と言えば、やっぱりここかな。近くに私の好きなゲームの像もあるしね」
そう言って上田さんは朗らかな笑顔で笑った。
像の方は多分、ここに来る道中で見かけた物の事だろう。
道中で見た日の光を受けて、黄金色に輝いていた像のことを頭の中に思い浮かべる。
あまりゲームをやらない僕ですら知っている有名な作品の物だった。
好きな人にはきっとたまらないものなんだろうな。
僕ですら、ちょっと記念に写真を撮ろうか迷ったくらいなんだから。
「ここで軽く飲んだり食べたりしてから、商店街に繰り出して近くにある足湯に浸ったあと、最後に居酒屋で一人ゆっくり飲むのが最近の私の日課なんだ」
そう言う上田さんの顔はずっと笑顔で、とても楽しそうだ。
「お待たせしました。ビールとピザです」
店員さんがビールとピザをテーブルに置く。
ピザの香ばしい香りと、出来たての証である熱気が身体に伝わってくる。
野菜と肉がふんだんに乗ったとても色鮮やかなピザで、香りとその見た目でかなり食欲が掻き立てられる。
ビールの方は可もなく不可もなくといった感じ。
色はよく見る黄金色で、グラスの上の方で弾ける白い泡。
こうして見るだけなら、美味しそうに見える。
けど飲んだら多分苦いんだよな。
幸いピザがあるし、もし苦かったらなんとかピザで誤魔化そう。
「それじゃあ本日二度目になるけど、こういうのは何回やってもいいものだからね。新しい出会いに乾杯!」
「「乾杯」」
軽く触れる程度の優しい乾杯を交わす。
二人は乾杯そのままの勢いでビールを飲んだ。
それを見た僕も覚悟を決めて、一口飲む。
あれ?
思ったより苦くない。
口当たりも優しくて、のど越しも炭酸がシュワっと弾けて爽やかだ。
香りもフルーツのような甘い香りで悪くない。
あえて言うなら、飲んでしばらくしてから少し苦みを感じるけど許容範囲内だ。
むしろピザと一緒に飲むならちょうど良いバランスかもしれない。
上田さんが、この店を行きつけにする気持ちが少しわかった気がする。
自分の中ではこれまでビール=ただただ苦い飲み物。
という認識しかなかった。
中にはそこまで苦くなくて飲みやすいビールもあるんだな。
もう一口飲んでから二人の様子を目で伺う。
「いやーここで飲むビールはやっぱり格別だね。……おっともう無くなってしまった。すみませんビールをもう一杯お願いします」
上田さんは上機嫌な様子で早くも二杯目に突入。
この後の事が少し心配になるけど、止めることは出来ない。
磯崎さんの方はピザを美味しそうに頬張りながら、その合間に嗜む程度に飲んでいる。知り合って間もないくらいの僕でもわかるくらいに幸せそうな表情だ。
こうして見ると可愛いところもある普通の女性なんだよな……。
とりあえず上田さんの飲み方はちょっと参考にならない。
磯崎さんのペースに合わせるか。
ビールを一口飲み、ピザを頬張る。
うん、美味しい。
やっぱりピザは生地がカリっとしてないと。
「こうして誰かと一緒に飲むのは何年振りかな……」
「知り合いの方と飲まれたりしないんですか?」
磯崎さんはピザに夢中で話を聞いてなかったようなので、僕が質問する。
「いやーもうこの年になるとねぇ。知り合いもみんな腰が悪いだの足が悪いだのばかりで中々集まれないんだ」
「そうなんですか」
「そうなんだよ。偶然会ったとしても大体病院ばかりだから、そこで飲むわけにもいかないしね」
年取った人は暇そうに見えるけど、色々と大変なんだな。
おじいちゃんも元気そうだけど、見た目よりも体にガタが来ているのかもしれない。
帰ったら少しはおじいちゃんを大切に……いやそんなことしたら、年寄り扱いするなって怒鳴られそうだ。
「源蔵さんと修さん、君たちのおじいちゃん達とは若い頃、よく飲み歩いたんだけど、あの頃は毎日が楽しかったな……」
その後も上田さんはお酒を飲みながら、ポツリポツリと呟くように思い出話を続ける。話の内容は昔やってたライターの仕事の事や、僕らのおじいちゃん達に関することばかり。
どうやらおじいちゃんとは昔、夏の北海道でバイク旅行した時に偶然出会った時からの付き合いらしい。
他にも子供が出来た時に、名付け親を頼まれて困ったとか色々興味深い話が聞けた。
「ところで二人はこの後どうするんだい? まだ時間があるなら、この後に少し街を案内したいんだけど。どうだい?」
時間は十二時を少し過ぎたところ。
僕の方は予定があってないようなものだからまだ問題ない。
だけどまだ磯崎さんとは一緒に行動してるわけだし、僕だけが呑気に付き合うのは少しマズいか。
磯崎さんの方に少しだけ顔を向ける。
「すみません、そろそろ出発しないとホテルのチェックインの時間に間に合わないので……」
「そうか。残念だけどそれなら仕方ないね。また今度暇なときにでも淡路島に来てくれると嬉しいな。その時は歓迎するよ」
「はい、わかりました」
「あ、上田さんすみません。最後にお酒の感想だけ、このノートに書いてもらってもいいですか」
話の流れを切る感じにはなるが、これだけはちゃんとしておかないと後々マズいことになるので仕方ない。
「ああ、もちろん。ついでにここのピザの感想も書いておこうかな」
上田さんは声を上げて笑い、僕が一緒に渡したボールペンで書き始める。
一体どんなことを書いているんだろうか。
自分が作ったお酒ではないのに、何故か緊張してしまう。
書いてる上田さんの表情は笑顔で、とても楽しそうな感じではある。
だから悪いことは書いていなさそうだけど、他のお酒を色々飲んだ後なだけに少し心配だ。
持ってきたお酒を飲んでもらった後にすぐ書いてもらった方が良かったかもしれない。
後悔してももう遅いが。
「よし、書けた。我ながら良い文だと思うよ」
「ありがとうございます」
ペンとノートを受け取り、ほっと一息つく。
とりあえずこれで第一任務完了だ。
「それとノートの最初の方に書いてあったのだけれど、お酒を配り終わるまでノートの内容は見ないようにってあったから注意してね」
「え? ああ、はい。わかりました」
多分おじいちゃんが書いたんだろうけど……。
自分が最初に見たいからってこと?
いや、でもそれなら配り終わるまでなんて書かないか。
意図がまったくわからない。
もしかしてお酒の感想以外にも、何か書くように指示してあったとか?
例えば配達人。
つまり僕に関することだったり……いや、考えすぎか。
まあ色んな意味で怖いから、言われた通りとりあえず見ないでおこう。
「桂木さん? 行きますよ」
「あ、ごめんなさい。今、行きます」
今は気にしても仕方ない。
磯崎さんを見習って、今日泊まる宿のことでも考えるか。
手を振る上田さんに軽くお辞儀をして、店を後にした。




