4話 同行者
(面倒なことになったな……)
僕は隣に座る磯崎さんを横目で見た後、淡路島へと向かうバスの車窓から海を眺め、さっき受けた説明を思い出す。
――――
「えっ、磯崎さんも一緒に行くんですか?」
「はい。ですが最初の届け先に行った後は、すぐ二手に分かれようと思います。その方が早く届け終えられますから。それで構いませんよね?」
「ええ、まあはい」
知らない人と一緒に届けるよりかは良い。
気も楽だし、その方が効率的だろうから。
けどまずその前に状況を飲み込む時間がほしい。
僕が戸惑う中、彼女は早足で歩きながらスマホで地図を見せる。
「桂木さんには淡路島に行った後、小豆島を経由して岡山に行くルートをお願いしてもいいですか」
「ああ、はい。わかりました」
本当のところ何にもわかってないけど。
遅刻した負い目があるのでとりあえず同意しておく。
「詳しい届け先は……その様子だとそれも知らされていないようですね」
「すみません。祖父からは大まかな場所くらいしか聞かされてないんです」
「わかりました。では後で詳細をお伝えします」
「ありがとうございます」
お礼を言うと、少し彼女の表情が和らいだ気がした。
けどそれも一瞬で、すぐ硬い表情に戻る。
「実は今回お酒以外にも届けてほしいものがあるんです。それも後で届け先の情報に合わせてお渡しします」
「はい」
「あと申し訳ないのですが、うちの祖父が最後のお届け先には二人で行くことを伝えてしまっているので、出来れば九州入りする前に合流する方向でお互いに上手く調整しましょう」
「わかりました」
面倒だけど仕方ない。
「お互い時間もないでしょうから、道中はあまりのんびりしないでくださいね」
「……はい」
「ではまず電車に乗って舞子駅に行きます。神戸駅からは淡路島行きのバスが出ていませんので。それでは私について来てください」
何かずっとピリピリしてるし、単に僕が遅れたこと以外にも彼女をイライラさせる何らかの事情がありそうだ。
けれど聞けるような雰囲気でもないし、関係性もない。
だから僕は黙って頷き付いて行くしかなかった。
――――
(このままだとまた怒られる未来が見えるな……)
このバスに乗るまでの流れは、まるで予習したかのようなスムーズさだった。
恐らくこの先も十分予習済みだろう。
この調子では、九州入り前の合流で僕の方だけ一日……いや二日、三日くらい遅れても不思議じゃない。
怒られるのを覚悟してもう普通に行くべきだろうか。
それとも恥を忍んで先に相談しておくべきか。
とりあえず磯崎さんの言う通り、急いだほうが良いのは間違いないだろう。
おじいちゃんが届け先に届く大体の日にちを連絡している可能性があるからだ。
その場合、おじいちゃんのことだ。
かなり厳しい日程で連絡してるに決まってる。
(磯崎さんを見習って、届け先の確認を今のうちに済ませておくか。そしてある程度理解した上で、必要を感じたら相談しよう)
磯崎さんからさっきもらった紙を広げる。
紙の内容は届け先と旅の簡単ルールが箇条書きされたシンプルなもの。
書道でもやっていたのか綺麗な文字が並んでいる。
それによると最初の目的地は今向かっている淡路島。
そこからは別々のルートを進む。
僕の方は香川、岡山、広島、山口と続き、最後は福岡県。
彼女の方は徳島、愛媛、広島、広島、山口、福岡と一か所多い。
最後の福岡は九州だから多分その前に合流して一緒に届けることになるだろう。それを抜きにしても、届け先の数だけで考えれば僕の方が楽なルートではあるようだ。
(届け先の細かい住所を見た感じだと、途中でフェリーの利用は必須だな)
別れた最初の届け先の住所が明らかに島っぽい。
小豆島ね。
磯崎さんはこんな島の名前言ってなかった気がするけど、まあいいか。
とりあえず事前に出発時間のチェックや、チケットの予約なんかも済ませておく必要があるかもしれない。
中々に厄介である。
次はルール。
ルールの方はごくシンプルだ。
移動手段は徒歩と公共交通機関のみ。
必ず自分の手で届けること。
この二つだけ。
ルールを最初見た時はタクシーを活用したり、届け相手を駅とかまで呼び出せばいいのでは。と一瞬思ったが、そこまで出来るお金もない。
それに残念ながら住所は書いていても、電話番号まではなかった。
これでは呼び出し作戦は厳しい。
仮に出来たとしても、あとでおじいちゃんの説教が確定しそうなので、そもそもやらない方が良いだろうけど。
なんでこんなルールがあるのかはわからない。
まあたぶんお酒の品質を保つためだろうとは思うけど。
二つ目の方は、単純に僕がズルしないようにおじいちゃんが追加したというのが有力か。
ルールを守ってまともに届ける場合、僕が磯崎さんより優位に立てそうな要素は体力くらいか?
学生時代は帰宅部だったし、それも怪しいかもしれないけど。
(でもやれそうなのは睡眠時間を削って歩くくらいか)
いや、だけどそれはお酒の事を考えるとあまり良くない気がする。
まだ四月とはいえ、日によってはかなり暑い。
歩きすぎると背中も熱くなってくるし、お酒にとってあまり良い状態では無くなってしまうだろう。
それに今回はただ届けるだけじゃなくて、感想をもらう必要がある。
やはり無理な行軍は避けるべきだ。
(さっき渡された荷物のこともあるしな)
両足で挟んで固定している自分のリュックを開け、中の運搬用の黒いバッグを少しの間だけ見て、また閉じる。
二手に分かれることも想定していたんだろう。
自分のお酒の一部も同じようなバッグに入っていて、それと交換する形でこれを受け取った。
中身は詳しくは聞いていないが、どうやら割れ物のようだ。
しっかり梱包されているのか、それらしい音はしないけど、無理しないに越したことはない。
正直なところ、別にそこまでやる気があるわけでもないし。
とりあえず最低限のことをやればそれでいいよな。
どうせこの先の人生でもう会うことはないんだし。
「桂木さん、ここで降りますよ」
「あ、はい」
磯崎さんの後に続くようにして、ロータリーでバスから降りる。
(うっ、なんだこの鼻に纏わりつく変な匂いは? ……もしかしてあれのせいか?)
ロータリーにところどころ置かれた赤いレンガ壁の先、そこには穏やかな海が広がる港湾があった。
きっとそこから漂ってきた匂いだろう。
琵琶湖も晴れの日なんかは生臭い匂いがすることもある。
だから多分海も似たような感じなんだろう。
ただ琵琶湖に比べると、より空気がねっとりとしているというか身体に纏わりつく感じがする。匂いの方はすぐに鼻が慣れてきたけど、この空気感に慣れるのは少し時間がかかりそうだ。
「桂木さん、ここからは届け先まで徒歩です」
「あ、はい。今行きます」
歩き出した磯崎さんの後に慌てて付いて行った。




