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凪の瓶を携えて  作者:
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3/8

3話 待ち人

「ご乗車ありがとうございます。この電車は新快速姫路行きです。次は明石、明石です。明石の次は西明石に止まります」


 そんなアナウンスと共に意識が覚醒する。


 神戸はまだっぽいな。

 結構寝た気がするけど、今何時だろう。


(えっ?)


 スマホに表示された時間が八時を過ぎている。

 予定ではとっくに神戸駅に到着している時間のはず。


 バグか?

 目を擦ったり、スマホを再起動しても時刻に変化がない。


 どうやらこれが間違いなく今の時刻らしい。


(まずい! 乗り過ごした!?)


 慌ててスマホで明石が何処なのかを調べる。


 あかし、あかし、明石……。

 うわ、神戸の次の停車駅だ。


 ……これはもうあがいても間に合わない。

 理解すると焦りが一気に鎮火する。

 その代わり、罪悪感のようなものがじわじわと湧き出てくるが。


 とりあえず明石で降りて神戸に戻るしかないな。


 それにしても仕事を辞めて約半年、身につけた特技はその間にすっかり錆びてしまっていたようだ。


 少し現実から逃避したくなった僕は、頬杖をついて窓から外を眺める。


 景色はあまり良いとは言えない。

 延々と続く住宅街と時折見えるビルや工場。

 そんなものばかり。


 だが唐突にそんな代わり映えのない景色がフッと途切れ、別の物が現れた。


「海だ」


 思わず言葉が漏れる。

 陽の光を反射して、水面がキラキラと輝いている。


 琵琶湖も波があって見た目は似ているとは思う。

 けれどやはりどこか雰囲気が違う気がする。


 東京で働いてた時は、海なんて見に行く余裕がなかったからな……。


 電車の規則正しい揺れが程よく眠気を誘うこともあって、ボーっと海を眺めてしまう。


(これからあそこを超えて、これを届けに行くんだよな……) 


 そう考えると美しく見えた海が、行く手を阻む障害のように見えてしまうから不思議なものだ。


 四国か淡路島かはわからないけど、対岸に陸地が見えるから余計そう感じる。

 まるで高島から見える琵琶湖の向こう側にある風景のよう。

 子供の頃、琵琶湖を見て目の前の水がなければ簡単に向こうに行けるのになと何度も思ったことがある。


「まもなく明石、明石です。お出口は左側です」


 あ、ヤバい。

 こんなことを考えてる場合じゃなかった。


「すみません、降ります」


 隣に座るスーツを着たサラリーマン風の男性に頭を下げ、スペースを開けてもらい、電車のドアの前まで移動。


 電車が駅に到着するとすぐに降り、改札口前まで移動し電光掲示板を確認する。


(上り方面の電車は――)


 電車の到着を知らせるアラーム音のようなものが耳に入り、僕は思考を中断して上り方面のホームまで走ろうとして、止めた。


 走ったら酒瓶が割れるかも。

 まあどうせ遅刻なんだ。

 ここは安全最優先で行こう。


 そう思ったものの気持ち早足気味で階段を通り、ホームへと移動する。


(お、間に合ったか?)


 上り電車の姿が視界の端に映り、間に合うかもしれない。と一瞬気分が上がったが、無情にも目の前で進み出す様子を見て一気に気分が下がる。


 まあ今のに乗れたところでどうせ遅刻だ。

 一本くらい遅れても大した差じゃない。


 そんな感じで自分を慰めるが、心の中は正直言うと焦りと申し訳なさで満ちていた。


(これで僕もおじいちゃんや母さんの仲間入りか)


 子供の頃、散々待たされた出来事の数々を頭の中で思い浮かべた。


 幼稚園時代には仕事に没頭して度々迎えに来ず、習い事でも似た感じで駐車場でよく待ちぼうけていた。ランドセル買った帰りにふらっと立ち寄った百貨店のお酒売り場で、二時間くらい待たされたこともあったっけ。


 あんな大人にはなるもんかって思ってたはずなんだけどな。


 そんなことを考えながら次の電車に乗り、つり革を掴みながら揺られていると、気づけば神戸駅に到着していた。


 通勤時間帯なこともあって、ホームは人だらけ。

 とりあえず人の流れに乗り改札口から出て、おじいちゃんの知り合いっぽい人がいないか探す。


 それらしい人はいない。

 っていうか、人が多すぎてわからない。


(もしかして別の改札口だったとか?)


 そういえば、そもそも神戸駅のどこで待ってるかもわからない。


 はぁ。

 これからどうすればいいんだろう。

 壁に寄り掛かって、天井を見上げる。


 とりあえずおじいちゃんに連絡かな。

 スマホを取り出し、ロックを解除したところでふと誰かの視線を感じた。


 ん? なんだあの人。

 もしかして僕の事を……見てる?


 少し離れた場所にいるスマホを持った若い女性が、間違いでなければ僕の方を見ている気がする。


 背は百七十半ばある僕と同じくらい。

 ゆったり気味のシャツに折り目の入ったスラックスと、如何にもオフィス勤めっぽいファッション。ウルフカットっぽい黒髪には青いインナーカラーが入っていて、まるでモデルのようだ。


 そんな人が僕と同じような大きめのリュックを背負っていた。

 そして気のせいでなければ、さっきからスマホの画面と僕の顔を目を細めながら何度も見比べている。


(まさか待ち人ってあの人なのか?)


 いや、でもおじいちゃんの知り合いにしては若すぎる。

 どう見ても僕と同じくらいの年齢の人だ。


 きっと目につく見た目だったから、偶然目に留まっただけだろう。


 そんな風に結論付けると、気づけばその女性が目の前にいて、切れ長の目で僕の事を一直線に見ていた。

 

桂木叶都かつらぎ かなとさんですか?」

「え……あ、はい、そうですけど」


 見た目通りの凛とした声に淡々とした口調。

 僕の名前を知っているってことは、本当にこの人がおじいちゃんの知り合いなのだろうか?


 仕事関係の付き合い?

 それともまさか隠し子ならぬ隠し孫とか。

 いや、おじいちゃんに限ってそれはないな。


 万が一そうだったとしても、いきなり会わせる意味がわからない。


磯崎いそざき ともりと言います。あなたの祖父、桂木源蔵さんの知り合いの孫です」

「あ、そうなんですね」

「はい、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」


 状況から考えると、向こうも僕と似たような感じだろうか。

 でもこれならおじいちゃんみたいな歳のいった人の方がまだ良かったかもしれない。

 

 知人じゃない同世代ってある意味一番面倒くさい相手だから。

 就職する前まではそうじゃなかったけど、今ではそう思う。


「今日の集合時間は確か八時だったと思いますが、どうして遅れたのですか? 電車が遅延したわけでもないようですが」


 淡々とした口調だが、どこか怒りを感じる。

 まあ遅れた僕が全面的に悪い。

 ここは素直に謝ろう。


「すみません。実は来る途中に駅を乗り過ごしてしまって」

「そうですか、わかりました。では時間もありませんから早速行きましょう」


 彼女はそう言って、どこかに向かって唐突に歩き始めた。


「えっ、ちょ、ちょっと待ってください。どこに行くんですか?」

「聞いていないんですか?」

「はい、まったく。詳しい事は待ち人に聞けって……」


 僕の返事を聞くと、彼女は軽く息を吐いた。


「行きながら説明するので、とりあえずついて来てください」

「……わかりました」


 何かまた面倒なことが起きる予感しかない。

 そう感じつつも今は彼女に付いて行くしかなかった。

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