2話 出発2
「それじゃあ行ってきます」
「頼んだぞ」
「私のお願いの方もよろしくね。あと旅先で食べ物以外の写真も色々撮ってきなさい」
「いいけど、なんで?」
「なんでもよ。とにかく撮ってらっしゃい」
「はいはい、わかったよ」
見送る二人に軽く手を振って実家を後にする。
家の庭を囲う塀を超え道路に出たところでもう一度振り返れば、もう二人の姿はなく、玄関の戸も閉め切られていた。
二人とも忙しいし仕方ないか。
少しだけ心の中に寂しさを携え、駅に向かうための一歩踏み出した。
(この時間帯は、空気がひんやりしてていいな)
動きやすさと雨への対策を考えて、長袖の上に薄手のマウンテンパーカーを羽織ってきたけどちょうどいい感じだ。
まあ酒瓶が入ったリュックがとてつもなく重いから、そのうち暑くて脱ぐことになるだろうけど。
時間は朝の五時ジャスト。
既に外には畑をいじっている人や犬の散歩をしている人などがいる。
だけどまだその数は少なく世界はとても静かだ。
はっきり聞こえるのは自分の足音と、どこからか聞こえる鳥の鳴き声だけ。
目をつぶり、よく耳を澄ませるとどこかの家が雨戸を開けたような何かが擦れる音もしたが、それすらも今は何故か心地よく聞こえるから不思議なものだ。
やっぱり田舎の方が自分の性に合っているのかもしれない。
(そうだ。今のうちに電車のダイヤを確認しておこう)
少しズレた帽子を被り直した後、スマホで電車のダイヤを検索する。
安曇川駅からは……一回乗り換えが必要なのか。
面倒だな。
もう少し遅かったら新快速一本で行けるのに。
でも時間を考えるとこれで行くしかない。
高島は自然豊かだけど住むにはちょっと不便な田舎だ。
湖西線とバイパス沿い以外あまり発展していないし、湖西線も風の影響を受けて運休になりやすいから生活する上で車はほぼ必須。
平野部の方でも雪は結構降るから冬は地獄だ。まあメートル単位で積もる山の方に比べたらマシではあるが。
その代わり、水はおいしいし車さえあれば山まですぐだからアウトドア好きには良い場所だとは思う。
(……と。もう駅か)
安曇川駅と小さく書かれた看板が目に入る。
ほんとこの辺りは全然変わらないな。
誰かもよくわからない駅前の像に、消えかかっている道路の白線。
塗り直してはいるんだろうけど、見る時はいつもこんな感じだ。
変わらぬ安心感がある一方で、もう少しくらい変化してくれればいいのにと少しだけ思う。
でもそういえば、一つだけ大きく変わった部分があるか。
さっき目に入った駅名看板。
前は遠くから見てもよくわかるくらいに大きかったはず。
だけど今は気づかずスルーしてしまうくらいに小さくなった。
そう考えると、ここも少しずつ変わっていっているのかもしれない。
(あの像って一体誰のなんだろうな……)
ホームに到着して暇なので、さっき見た像に思いをはせる。
最初に見たのは小学生の頃だったか。
多分、地元に縁のある人なんだろうとは思うけど。
少し気にはなるけど、行きはのんびり確認する余裕もないし、帰りは疲れていて忘れてしまう。
だからずっと謎の存在だ。
しばらくすると乗り場にアナウンスが流れ、電車が到着する。
四両しかないが、早朝だからかほとんど人は乗っておらずどこでも座り放題。
(誰もいない車両はあるかな)
一両目から最後尾の四両目まで確認したが、残念ながらどの車両も一人は乗っていた。仕方ないので最後に確認した四両目の適当な席に腰を下ろす。
あとは乗り換えがある京都まで約一時間。
ひたすら電車に揺られるだけの時間が始まる。
そして京都で乗り換えてもまた神戸まで一時間と、同じことの繰り返しだ。
(神戸駅で誰が待っているんだろうな……)
スマホで更新されたばかりの漫画を見ながら考える。
順当に考えればおじいちゃんの知り合い。
そうなると七十代前後の男性が本命か。
きっとおじいちゃんに似て、頑固でちょっと面倒な感じの人だろう。
僕が来ることを伝えてあるから大丈夫だっておじいちゃんは言ってたけど、多分僕が探さないと行けないんだろうな。
神戸駅なんて安曇川駅の何十……いや何百倍も人がいるだろうから。
酒瓶を出して掲げれば一発だろうけど、それは色々と不味いから最終手段。
時間はあるし、駅に着いたらとりあえず地道に探すとしよう。
(あとは神戸駅より先のことがどうなるかだな)
最終目的地は九州のようだから、海越えは確定。
あと今わかるのは、途中四国や中国地方に立ち寄る可能性があるということだけ。
そうなると飛行機には乗らず、今みたいに電車とあとはバスメインで移動することになるとは思う。
酒瓶の数は十本以上はあったし、一か所二本だとしてもかなりの場所を回ることになる。強行軍で行ったとしても二日、三日。余裕を持つなら四日から一週間は見積もった方が良さそうだ。
(京都で電車を乗り換えたら少し仮眠を取るか)
昨日は今日のことが少し不安でしっかり寝られなかった。
変なタイミングでうとうとしたらまずいし、時間に余裕がある時に寝ておいた方がいいだろう。
京都駅に到着後、通勤や通学客の人達の合間を縫って、姫路行きの新快速電車に何とか乗り換える。
車内はかなりごった返していて、どこにも空いた席がなかったが、降りる人に合わせて何とか座ることが出来た。何故か手前の人が奥に詰めてくれなくて戸惑ったが、次の停車駅で急ぎ気味で降りて行ったので、つまりそういうことだったのだろう。
(それじゃあ少し仮眠を取りますか)
東京の広告会社で働いてた時に、アナウンスで目覚める特技を身につけた。
だから乗り過ごすことはないはず。
帽子を深く被り直して、目を閉じた。




