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凪の瓶を携えて  作者:
PR
19/20

19話

(着いた。ここが日名口ひなぐちさんが住んでるマンションか)


 長方形型の十階以上はありそうなマンション。

 綺麗なベージュ色で陰りもないし、駐車場も綺麗。

 まだ建てられてからそれ程経ってはなさそうだ。


 さっそく武田さんに教えてもらった住所を元に、入口で部屋番号を入れて呼び出しボタンを押す。


『どちら様ですか?』

「滋賀から来ました。桂木源蔵の孫の叶都と言います。祖父が作ったお酒を持ってきたので、今からお会い出来ませんか?」

『……帰ってください』


 端的な言葉。声も酷く冷たい。


「はい?」

『だから帰ってください』

「えっ、あの……とりあえず受け取ってもらうだけでもいいので」

『……わかりました。受け取るだけですよ』


 理由はよくわからない。

 けど冷たい声色からして、とても不機嫌なことだけはよくわかった。


 はぁ、行くの嫌だな。

 でも行かなきゃならない。

 もうそのための入り口が開いてしまったのだから。


 苦手な上司に呼び出された時のようなごちゃまぜの気持ちのまま、部屋の前に到着。


 一呼吸挟んでからインターホンを鳴らす。


 すぐにガシャっと乱雑に扉が開けられ、中の住民が姿を現す。

 ジャージ姿でボサボサ頭の大柄の男性。


「あっ、えっ……」


 驚きで声が出なくなる。

 それは相手も同じだったようで、ドアノブに手を掛けたまま固まっていた。


「あの、えっともしかして先日お会いしませんでした? 電車とか船で」

「あっ、ああ。その節はどうもお世話に……」


 やっぱり間違いないみたいだ。

 小豆島に来る前の電車や船で話したあのおじさん。

 それがどうやら日名口さんだったらしい。


 お互い何を話していいかよくわからず、気づいたら部屋の中にいてテーブルを挟んで向かい合っていた。


「あの……」

「な、なんだい?」

「さっきお伝えした通り今日はお酒を届けに来ました」

「あ、ありがとう」


 リュックから出したお酒を渡すと、すごすごとした様子で日名口さんが受け取る。


「お酒……お好きなんですよね?」

「あ、ああ。そうだとも。届けに来てくれてどうもありがとう」

「いえ……」


 あー気まずい。

 こういう時って何話したらいいんだ。


「あーそのなんだ。悪かったね。さっきは冷たく当たってしまって。この家にいるとどうも……ね」

「いえ、大丈夫です。あんまり気にしてないので。それよりお酒……飲まれます?」


 リュックからお酒を出してそっと差し出す。


「そ、そうだね。飲もうか! せっかく持ってきてくれたんだし」


 言いながら日名口さんは勢いよく立ち上がったが、すぐに動きを止めて僕の方を見て気まずそうな様子で頬をかいた。


「あー……悪いけれど、その前にちょっと外に付き合ってくれないかな? っとその前にこんな姿じゃ外に出られないね。少し身支度するから待っててほしい」

「あ、はい」


 一体どこに。

 そう思ったけど、断れる状況でもない。


 数分後、髪をオールバックに整えてスーツに着替えた日名口さんと一緒にマンションを出る。


 外に出ると何処へ向かう風でもなく日名口さんが歩き始めた。

 僕は少し後ろ隣を歩く形で付いて行く。


 そうして五分、十分くらい経っただろうか。唐突に日名口さんが立ち止まりポツリポツリと言葉を絞り出すように語り始めた。


 数年前、奥さんがガンで亡くなったこと。

 息子に言われて息子が住んでいるマンションに引っ越したが、近くに知り合いもいないし、スーパーやホームセンターの場所すらわからないことなど。


 息子さんは仕事でとても忙しいから相談しづらい。


 その代わりかたまにお嫁さんがお孫さんを連れて会いに来てくれるらしい。

 でも何かと気を遣ってくれているように見えて、逆に気持ちが辛くなってくるそうだ。


 そうしてる間に気が付いたら引きこもりがちに。

 最近はようやく駅までの道を覚えたので、若い頃に奥さんと一緒に行った場所を一人フラフラと旅しているらしかった。


 その内容はあまり聞いていて気持ちのいいものではなかった。

 けれどおかげで日名口さんがこうなってしまった理由が、何となくわかったような気がする。


(だけどどうしようか)


 ここまで聞いて、お酒だけ渡して感想もらってハイ終わり。

 っていうのは何か違う事だけはわかる。


 かといって特に良い案は思い浮かばない。

 何かアドバイス出来るほど家族関係が良いわけでもないし。


 とりあえず息子さんについて聞くのは、止めといた方が良い気がする。

 無難に奥さんの事を聞いて話を広げてみよう。


「あの、奥さんが好きだったものとか聞いても大丈夫ですか?」

「妻が好きだったものか。お酒だね」

「お酒ですか」

「ああ、実は言うと妻と出会うまでは酒はあまり好きじゃなかったんだ。でも彼女の晩酌に付き合っているうちに、気が付いたら私も酒好きになってしまったんだよ。面白いことにね」

「そうだったんですね」


 その変化、今の自分なら少しわかる気がする。


 僕もこの旅を通していくつかお酒を飲んできた。

 けど、どれも自分一人なら絶対飲むことはなかったものばかりだ。


 だからこのお酒を届ける旅をしてなかったら、お酒の中にも案外飲める物があるってことに気づくことはなかっただろう。


 そうだ。


 僕も今まで出会った人達を見習って、日名口さんに新しい何かを教えることは出来ないかな。


 これまでの旅の経験を思い出し、一つの案が頭の中に浮かんだ。


「日名口さん。まだ時間はありますか?」

「ああ、大丈夫だよ。見ての通り暇だからね」

「じゃあ僕と一緒にお店探しでもしませんか? スーパーとか居酒屋とか」


 これでお店の場所を覚えてくれたら、あとは淡路島で出会った上田さんみたいに一人で色々とお店巡りが出来るようになるかもしれない。


「かまわないけれど、どうやって探すんだい?」

「もちろんスマホです。知らない場所でも調べたら一発で……あっ」


 スマホの画面がちょうど真っ黒になり、何度電源ボタンを押しても画面が付かなくなった。


 マジか。

 こんな時に充電が切れるなんて……。


「どうしたんだい?」

「あっ、えーと……スマホの充電がちょうど切れまして……。そういうわけで頑張って地道に探しましょうか」

「ああ、うん」


 そんな感じで幸先は不安だったけど、案外これが問題なかった。


 大きい通りに出れば何かしらお店はある。

 そして寄ったお店に置いてあった地域の情報誌などを参考に、他のお店にもたどり着くことが出来た。


 アナログの情報誌なんて何の意味が。

 スマホで見ればいいんじゃん。

 

 って今までは思ってたけど、今日の僕たちみたいに頼りにしている人がいるからまだ続いているんだろう。


 そのことが身に染みてわかった。


 日暮れ前にはマンションの近くに酒店や居酒屋も発見し、日名口さんもさっそく明日から行こうかなと大喜びしていた。


「いやー今日は久しぶりに心の底から楽しめた気がするよ。ありがとう叶都君」

「僕も楽しかったです」

「良かったら明日も――征一郎せいいちろう?」


 そう言って日名口さんが急に立ち止まる。

 目線の先には部屋の前に立つ一人の男性。


 一体誰だろう。


「父さん珍しいね。今日は出かけてたんだ。ところでその子は?」

「……知り合い人のお孫さんだ」


 そういう日名口さんの声はどこか硬い。

 どうやらこの人が日名口さんの息子さんのようだ。

 

 その前提で見ると背も高く大柄で、日名口さんに似てる気がする。


「そうなんだ。君少し話したい事があるんだけど、今からちょっと良いかな?」

「駄目だ。今からこの子が持ってきた酒を一緒に飲むんだ」

「別にそれなら話の後でも大丈夫でしょ? 五分くらいで終わるよ」

「駄目だ! 征一郎、お前は少し人の都合を考えろ! 行くぞ叶都君」

「あ……はいっ」


 怒鳴ってこの場から立ち去る日名口さんの後を慌てて追いかけようとしたが、後ろから肩を掴まれた。


「乱暴にしてすまない。後で話をさせてくれないか、少しだけでもかまわないから」

「……僕はいいですよ。でもとりあえず日名口さんの後、追いかけますね」

「ああ、申し訳ない。きっと私が追いかけても父さんは余計に怒るだけだろうからな……。どうか父をよろしくお願いします」


 そう言って深々と頭を下げてお願いする息子さんの声は、日名口さんと話していた時とは打って変わって、絞り出したような酷く辛そうな声だった。


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