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凪の瓶を携えて  作者:
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20/20

20話

「日名口さん、大丈夫ですか?」

「叶都君か……。ははっ、みっともないところを見せてしまったね」


 頭を項垂れさせ、落ち込んだ様子でベンチに座る日名口さん。

 

 こういう時はどう声を掛けたらいいんだろうか。


 少し考えてみたけどわからなかったので、子供相手ではないけど話すなら目線は合わせた方がいいだろうと、隣にそっと腰かける。


 そしてお互い無言のまま時間が過ぎていく。


 そうして夕日が沈み夜のとばりが町を包み始めた頃、日名口さんがふと顔を上げて大きく息を吐いた。


「ああ見えて、昔は仲が良い親子だったんだ。いつからこうなってしまったのかなぁ……」

「征一郎は征一郎なりに頑張っているのは、私もよくわかっているんだ。だからこそ最初は今までずっと住んでいた家を取り壊して、ここに来ることにも賛成した」

「そうだったんですね」


 会話するというより、気持ちを吐き出したい。

 そんな感じがしたので、相槌だけ打って聞き続ける。


「それがどうしてこんな風になってしまったんだろうな……叶都君。私はどうするべきだったと思う?」

「どうするですか……」


 答えがわからなくて言葉が続かない。


「いや、君みたいな若い子にするような質問じゃなかったね。申し訳ない」

「いえ……あの、二人でゆっくり話し合うことは出来ないんですか? 例えばお酒を飲みながらとか」

「酒か……。そういえば征一郎とは、一緒に酒を飲んだことは今まで一度もなかったな」

「そうなんですか?」


 二十歳になったら、何かしらの機会で一度は親と飲みそうなものだけど。

 でも言われると僕も父さんとは飲んだことないかもな。

 まあうちの場合は、単純にお互いあんまり好きじゃないからだけど。


「ああ、もちろん。私も誘いはしたんだよ。でも征一郎が俺と酒飲んでる暇があるなら、母さんを旅行に誘ってあげたら。なんて言うからついムッと来てね。それ以来誘うのをやめてしまったよ」

「ははは、そうだったんですか。そういう事を言われたら僕も誘うのを止めちゃいそうですね」


 征一郎さんの口調を真似たんだろうけど、それが面白くてつい笑ってしまう。


「だろう! まったくあいつは昔からそうなんだよ。私の言うことに何かとこうした方が良い、ああした方が良いって」

「へーうちのおじいちゃんみたいですね」

「源蔵さんにうちの息子が?」


 日名口さんの疑問に大きく頷きを返す。


「はい、何かと僕にああしろこうしろっていつもうるさいんですよ。まあ今は無職なので、家の手伝いをしてるからって言うこともあると思うんですけど、それでもちょっと言い過ぎかなって思うんです」

「へー、あの寡黙な源蔵さんがねぇ……」

「確かに寡黙かもしれませんけど、意外とうちのおじいちゃんっておしゃべりになるときがあって、特に酒の話になるとめちゃくちゃよく話すんですよ。まあ一方的にですけどね」


 そんな調子で互いにおじいちゃんにまつわる話題を出し合う。

 いつの間にか近くでそっと様子を見ていた征一郎さんの存在に気づき、僕が慌てて切り上げるまで話は続きに続いた。




――――




「いやー叶都君。遅くまで話に付き合ってもらって悪かったね」

「僕も楽しかったので、ぜんぜん大丈夫です」

「それじゃあ約束通り、君の届けてくれたお酒を飲むとしようか」


 部屋の中に置きっぱなしになっていたお酒を、日名口さんが手に取る。


「はい、じゃあこのお猪口で飲んでもらえますか」

「わかった。見事なお猪口だけどこれは誰の作品かな?」

「磯崎さんのおじいさん……修さんの作品らしいです」

「へー修さんの。よし、じゃあ悪いけど叶都君がここに酒を注いでくれるかな? 君の注いだ酒が飲みたい気分なんだ」


 そう言う日名口さんは、爽やかな笑顔でとっても楽しそう。


「わかりました。えっと温度とかは……?」

「このままでいいよ。今、この時の雰囲気を大切にしたいんだ」

「はい、では……」


 日名口さんが手に持つお猪口の中にお酒を注ぐ。

 どれくらい注げばいいか迷っていると、日名口さんがそっと手を出したのでそれに合わせて注ぐの止める。


「お米の良い香りだね。今日体験した思い出が、頭の中に思い描かれるような優しい香りだ」


 そう言って満足気に何度か頷いた後、お猪口に近づけていた顔を離した。


「味の方はと……なるほど。いや最高だね。深みはあるけど後に引かない良い味だ。これまで飲んだ酒の中で一番……いや一番は妻と一緒に飲んだ酒だな。でもここ最近で飲んだ酒の中では一番だよ」

「ありがとうございます。そう言ってもらえるとおじいちゃんも喜ぶと思います」

「感想はこのノートに書けばよかったんだよね」

「はい、おじいちゃんがそれに必ず書いてもらってこいって。だから申し訳ないんですけどお願いします」


 僕がそう言うと、急に日名口さんが声を出して笑い出した。


「なるほど、源蔵さんがこれに。だからキャンパスノートなんだね」


 そう言って日名口さんがまた笑い出す。


「あの人昔からノートはずっとこれなんだよ。こだわりに共感したって言ってね」

「おじいちゃんそんなこと言ってたんですか」


 だからうちにはキャンパスノートがいつも沢山あるんだな。

 少し疑問に思っていたけど、ようやくその謎が解けた。


「さて、これで私の用事は終わりだね。本当は一緒にお酒でもと思ったけど、この後、私の息子と話す用事があるんだろう?」

「えーっとそれは……」


 事実だけど言うわけにはいかないので、言葉を濁す。


「隠さなくてもいいよ。流石に私も途中で気づいていたからね。さあ、もう夜も遅いし早く行ってらっしゃい。私はもう大丈夫だから」

「……わかりました。じゃあ行ってきます。ありがとうございました」

「ああ、こちらこそありがとう。またどこかで会えると良いね」

「はい」


 互いに笑顔で握手を交わし、部屋を後にした。





――――





「ありがとう叶都さん。こんな夜遅くにわざわざ来てもらって」

「大丈夫です。それでお話ってなんですか?」

「父が今日どんな様子だったか知りたくてね。可能な限りでかまわないから。ここに来た経緯も含めて詳しく教えてくれないだろうか」

「はい。それじゃあ長くなりますけど、まずここにはお酒を届けに来て――」


 その途中で偶然日名口さんと出会った事やその内容を語った。


 その後に言うかどうか少し悩んだけど、さっき日名口さんの様子から問題はないだろうと判断し、今まで聞いた話の内容や出来事を包み隠さずすべて話した。


 僕の話を頷きながら静かに聞いていた征一郎さんは、聞き終えると天井を見上げて大きく息を吐いた。


「そうか。父さんはそんな風に思っていたのか……息子失格だな」

「そんなことないと思いますよ。話を聞いてる限り、いろんな出来事が重なって運悪く拗れてしまっただけなのかなっていう感じがしますし」


 本当にそう思う。


 少しだけでもいいから途中の出来事がほんの少しだけでも違えば、結果は違ったように話を聞いていて思えたから。


「いや、私の性格上必然だったと思うよ。実は父さんが本心では向こうの家に住み続けたかったことは私も気づいていたんだ」

「えっ、気づかれていたんですか?」

「ああ。でも当時の私は昇進したばかりで仕事が忙しく、あまり心に余裕が無くてね。母さんが亡くなったから父さんは落ち込んでいる。なら唯一の身内である息子の近くに住めば元気を取り戻すはずだ。そんな風にロジカルに考えてしまったんだ。父さんの感情をまったく考慮せずにね」


 そういう事情があったのか。


 心に余裕がないと、こんな真面目そうな人でもそんな判断をしてしまうことがあるんだな。


 いや、もしかしたら真面目だからこそなのかもしれない。

 僕ならきっと行動には移せないだろうから。


「今思えば、単に私自身の不安材料を傍で管理しておきたかっただけの、とても愚かな行動だったと思うよ。父さんをそんな風に考えていいはずがないのにね」


 そう言って征一郎さんは、目を伏せてため息交じりに笑う。


「自分が愚かな間違いをしたことに気づいたのは、息子の蒼真そうまの一言が切っ掛けでね」


 少し征一郎さんの声が明るくなる。


「どんな言葉だったんですか?」

「どうして僕のおじいちゃんはいつも寂しそうにしてるのって。そう言われたんだ。それでようやく父の心の傷が癒えてないどころか、もっと酷くなっていることに気づくことが出来た」


 お子さんのおかげ……か。


「まあ気づいたところで、私ではもうどうしようもなくて、ずっと切っ掛けを待っていたところ現れたのが君だ。本当に感謝している」

「いえ、そんなことは……」

「事実だよ。君ののおかげでまた親子として仲良くやっていけそうだ。これからは母さんを見習って、父さんと色んなところを回ってみるよ。二人でしっかり話し合いながらね」


  そう言う征一郎さんは、明るい良い顔をしていた。


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