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凪の瓶を携えて  作者:
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16/20

16話

「ご馳走様でした。海鮮丼にうどん、それにお酒もとても美味しかったです」

「あら本当? 良かったわ。ところで叶都君はこの後どうするの? もうホテルか旅館は予約したのかしら?」

「ホテル……あっ」


 すっかり忘れてた。


 もう七時過ぎてるし、今からホテルを取るのは流石に厳しいか?

 島の方だと泊まれる場所も少ないだろうし。


 無理なら、今からでも岡山を目指す方向で考えた方が良いかもしれない。

 向こうなら島よりかは泊まる場所もあるだろう。


「その様子だとしてないみたいね。そうだわ、今日はうちに泊まっていきなさい」

「いや流石にそこまでお世話になるわけには……」

「遠慮するな。まあ来客用の布団は長い事使ってないから、少しカビが生えてるかもしれんがな」

「あなた? お布団は私がしっかり管理しているので大丈夫ですよ」


 喜代美さんが優しい声色でそう言ったが、顔は笑顔なのに目だけはまったく笑っていなかった。


「ごほっごほっ。そ、そうか。すまん、すまん。いやー俺は良い妻を持ったな。日本一、いや世界一の幸せ者かもしれん」

「やだわ昭夫さんったら。褒めても何も出ませんよ」


 喜代美さんが口に手を当てて笑いながら、昭夫さんの頭を軽くはたく。


 その衝撃でカツラが床まで吹き飛んでしまったが、昭夫さんは自然な動きでカツラを拾い、頭の上に戻すと何事もなかったかのように笑い出した。


(この状況どうするのが正解なんだろう……ん?)


 昭夫さんが笑いながら、時折ちらちらと僕の方に何故か目配せする。

 これはどういう意味だろうか。


 もしかすると僕に今日はここで泊まれっていうことかな?

 今までの流れから考えるとその可能性が高い気がする。


 僕も本音を言うなら泊まれる方が楽でありがたいからその方が良い。

 ここは昭夫さんの事も考えて、ここに泊まることにしよう。


「あの、やっぱり今日泊まらせてもらってもいいですか?」

「あら本当? 嬉しいわー。昭夫さん、二階にお布団があるから取って来て下さる?」

「おう、わかった」


 僕が行きます。という間もなく昭夫さんは部屋から飛び出していった。


 無事寝床を確保した後は、一緒に風呂に入りたがる昭夫さんとひと悶着あって、結局近所にある日帰り温泉に行き、謎に背中の流し合いをすることになった。


 それで終わりかと思いきや喜代美さんは喜代美さんで、突然線香花火をやりたいと言い出して、近所の開いてる店に花火を買い求めたりなどかなりバタバタとした。


 だけど昼間の海莉君の件を含めて、久々に充実した一日になったと思う。




――――




「朝からすみません」

「いいのよ。元々冷やして飲むつもりだったから」

「だがしかし、これっぽっちとはな……」


 昭夫さんがため息をつき、手に持ったそば猪口を傾ける。


「あなた贅沢言わないの。叶都君が気を利かせてもう一本くれたんですから、それをまた後で飲めばいいでしょ」

「だがなぁ、それなりの量がないとやっぱり飲んだ気が……」

「そうですか。なら私の分も差し上げましょうか? その代わり新しい方は私が全部いただきますけど」

「うっ……。いや、そうだな。たまにはこういうのも悪くないかもしれん。俺が間違っていた」

「そうでしょ。それじゃあ乾杯」

「乾杯」


 二人がお猪口を傾ける。


「やっぱり良いお酒ね。冷やしてもとっても美味しいわ」

「そうだな。米の旨味がじんわりと口の中に広がって良い味だ。冷やした分、香りは控えめになってるがそれも悪くない。後味もスッキリしていてやっぱりもう一杯欲しくなるな」


 そう言って昭夫さんは喜代美さんの方をチラチラっと見る。


 しかし睨み返されると、もう中身が無くなったはずのお猪口をもう一回傾け、お酒を味わっているような演技を始めた。


「それじゃあ忘れないうちにお酒の感想を書こうかしらね」

「あ、はい。これにお願いします」


 ノートとボールペンを渡す。


 喜代美さんは特に悩んだ様子もなくサラッと、それに対して昭夫さんの方はうんうん唸りながら、悩みに悩んで十分くらい時間をかけてようやく書き終わる。


 途中で喜代美さんは待つのに疲れたのか、部屋から出て行ってしまった。


「少し時間が掛かってしまったが、まあこれでいいだろう」

「ありがとうございます」

「だが順番が良くないな。ライターをしていた上田さんの後に書かせるなんて」

「すみません」


 とりあえず頭を下げる。


「いや、叶都君が謝ることじゃない。悪いのは感想を求めるように言った源蔵の方だ。どうせアイツがこのノートに酒の感想を書けって言ったんだろう?」

「えぇ、まあ」

「やっぱりな。感想なんてうまい! の一言で十分だろうに……まったく」

「あら、やっと書けたみたいですね。叶都君はこの後すぐ島を出るの?」


 この後か。

 まだどうするかは詳しく考えてなかったな。

 でももうこの島でやるべきことはない。


 少し名残惜しい気がするけど、早めに岡山に向かうべきだろう。


「とりあえず船に乗って岡山の港まで行く予定です。次の届け先が岡山なので」

「そうなの岡山まで、大変ね。もう船に乗る時間は決めたの?」

「いえ、まだです」

「それじゃあ岡山に行く前に大師市に行ってみたらどうかしら。ちょうど今日やってるのよ」

「だいしいち?」


 一体なんだろう。


「そう大師市、毎年春と冬のニ十一日にやってる地域のお祭りみたいなものよ」

「お祭りですか」

「目玉は何といっても午後からやる餅まきだな。沢山まかれるから一つくらいは必ず拾えるぞ。俺も毎年参加している」

「へー面白そうですね」


 確実に拾えるなら楽しそう。

 でも午後からだと少し遅い。


 残念だけど今回は見送るしかなさそうだ。


「あとは大師まんじゅうね。これが美味しいのよ。必ず買って食べてみてちょうだい」

「はい、わかりました。大師まんじゅうですね。じゃあ僕はそろそろお暇します」


 朝になって元気を取り戻したポメラニアンのユキちゃんに追い立てられる形で玄関から飛び出す。


「本当にありがとうございました」

「また近くに来たら遠慮なく寄ってくれ。叶都君ならいつでも大歓迎だ。まあこんな田舎の方まで偶然来ることなんてないとは思うがな」

「昭夫さん?」

「ん゛ん゛、必ずまた来てくれ。待ってるぞ」

「は、はい」


 昭夫さんのゴツゴツとした硬い手を握り返す。

 思ったより力が入っていて握りつぶされそうだった。


「それじゃあまたね、叶都君」

「はい、本当にお世話になりました」


 家の外まで出てきて見送ってくれた二人に手を振り返して、大きな通りの方に出る。


(お祭りだからか通りに結構人がいるな)


 どこにこんな人が隠れてたんだって思うくらいの人の多さだ。

 お年寄りの人達や子供の姿が目立つので、喜代美さんの言う通り地域のお祭りっていう感じがする。


 露店もそこそこ出店してるけど、花とか苗木みたいな嵩張る物が多い。


 記念に買ってもいいけど買ったあと困るのが目に見えているので、大師まんじゅうを買ったら岡山に向けて出発しよう。


 さて、まんじゅうは……あった。


 店先にのぼりも立っていて、買い求めている人が沢山いたからすぐにわかった。

  

 見た目は白い普通のおまんじゅう。

 でもこういうのが地味においしかったりするんだよな。


 下手に奇抜な物だと好みの問題で後で悲しい気分になることもあるから、案外こういうものが無難で手堅い。


 お値段はどうやら、ひと箱千円もしないらしい。

 なら自分用とお土産用に二箱くらい買うのもいいな。

 最悪自分で二つ食べても良いし。


「すみません、大師まんじゅう二箱下さい」


 よし、これでもう小豆島でやることは全部終わった。

 それじゃあ船に乗るために港へ向かおう。


 意味もなくまんじゅうが入った紙袋を揺らしながら、港へ向かって歩み始めた。


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