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凪の瓶を携えて  作者:
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15/20

15話

「すみません、戻りました」

「叶都君おかえりなさい。あら、どうしたのズボンの裾が汚れてるじゃない」

「あっ、本当ですね。実は――」


 今日、島の子供と出会って探し物を手伝ったこともかいつまんで説明する。


「そうだったの。それじゃあ夜はうどんと海鮮丼にしようかしら。昭夫さんもそれでいいわよね?」

「おう、いいぞー。喜代美の飯は何でも美味いからな!」

「もうあなたったら」


 家の奥から響く男性の声。

 どうやらもう旦那さんは家に帰って来ているらしい。


 すっかり忘れていたけど、これでようやくここに来た目的が果たせそうだ。


「お、君が源蔵の孫か。俺は昭夫ってんだ。よろしくな」

「どうも初めまして桂木叶都と言います、よろしくお願いします」


 既に一人晩酌を始めていた昭夫さんに軽く頭を下げる。


 歳はおじいちゃんとそんな変わらない気がするけど、黒髪で肌が焼けに焼けたまさに海の男って感じだ。


「昭夫さん、せっかく叶都君がお酒を持ってきてくれたんですから、もうそれくらいにして下さいね」

「おっ、そうだったな。すまんすまん。仕事終わりに喜代美と話しながら飲む酒が美味くてなぁつい」

「もうあなたったら、そんなに褒めても何も出ませんよ」


 口元を覆い隠しながら昭夫さんの肩を叩く喜代美さん。


 何と言うか……うん。

 仲睦まじいのは良い事だと思う。

 でも、こういう場に他人としているとちょっと辛い。


 けどうちの父さんと母さんに比べたら色んな意味でマシか。

 うちの両親は、仲は悪くないがこういうやり取りは基本的に見ることはない。

 酒の席以外では。


 それにしても昼間はあんなにうるさかったユキちゃんも今はこんなに静か……って単に寝てるだけだな。


 丸型の犬用ベッドの上ですやすやと寝息を立てていた。

 昭夫さんが優しい手つきで頭を撫でているけど、まったく起きる気配がない。

 

 こうして見ると白い毛玉みたいに見えて、普通に可愛いんだけどな。


「それじゃあさっそく叶都君が持ってきたお酒を飲むとするか」

「そうね、じゃあ悪いけれど叶都君、お酒を取って来てくれるかしら?」

「あ、はい」


 そういえば、喜代美さんに頼まれて僕がお酒を隠したんだったか。

 二階の一番奥の部屋に隠したお酒を取りに行く。


 リュックはこのままにしておいて、酒瓶だけ持っていこうかな。

 あの感じだともしかしたらあるだけ飲まれてしまう可能性がある。


 お猪口は確かまだ一つしか渡してないし、一応もう一つ持っていくか。


「お待たせしました。これがうちの酒蔵から持ってきたお酒です」

「ほうこれが。刻のときのしずくね。中々いい名前じゃないか。ではさっそく」

「あっ、すみません。これで飲んでもらえますか?」


 一緒に持ってきた磯崎さんのお猪口を渡す。


「これは?」

「そば猪口で磯崎さんの作品らしいです」

「磯崎……? あぁ修か! へぇ、あいつこんな洒落たデザインの物まで作るようになったんだな。それじゃあ悪いが喜代美。酒を温めてくれるか?」

「はいはい、温度はどうされます?」

「そうだなぁ、叶都君。このお酒は何度くらいが美味しいんだい?」


 わからないし聞いてない。

 けどおじいちゃんが何も言ってないってことは、多分何度でも大丈夫ってことだろう。


「おじいちゃんからは特に何も聞いてないので、どの温度でも大丈夫だと思います。今から確認しましょうか?」

「いや、源蔵が何も言ってないなら大丈夫だろう。喜代美、熱燗で頼む」

「熱燗ですね、わかりました」


 どうやら昭夫さんも、うちのおじいちゃんの性格について中々に詳しいらしい。


「ところで叶都君は、この島までどうやって来たんだい? フェリー、それとも高速艇の方かな?」

「高速艇です」

「高速艇か! 早くて凄かったろう」

「はい、思ったより揺れも少なくて良かったです」


 後で調べたらやっぱり天気が悪い日はそこそこ揺れるらしい。

 けど晴れの日で海が穏やかな時限定なら、楽しく乗れる船だと思う。


「だろうだろう。私も乗るなら高速艇一択だね。フェリーの方がデッキに出られるから良いという人もいるが、私にはとても……」

「揺れが酷いからですか?」

「いや、これだよこれ」


 唐突に昭夫さんが自分の髪をガシっと掴む。

 その状態のまま頭から放すと、何故か手の動きに合わせて髪がついてきた。


 あっ……なるほど。

 そういうことか。


「えっと、その……ごめんなさい」

「いや、謝るようなことじゃないさ。だが先人として言っておこう。将来禿げたくなければ、髪は面倒くさがらず毎日ちゃんと洗うことだ。いいね?」

「は、はい。わかりました」


 何とも言えない圧力を感じて思わず何度も頷く。


「あとは若いからって無理しすぎるのも良くないぞ。それと――」

「昭夫さんそういう話ばかりしてると叶都君に嫌われますよ」


 台所の方から喜代美さんの声が飛んでくる。


「おっと、そうか。悪いな叶都君」

「いえ、大丈夫です」


 むしろ割と楽しんで聞いていた。

 うちのおじいちゃんも父さんもあまり話すタイプじゃないから、こういうのは何か新鮮で良い。


「はい、お待たせしました。熱燗ですよー」

「おお、来たか!」

「まだ少し熱いので気を付けてくださいね」


 徳利から白い湯気がほんのりと上がっている。

 お酒の甘い香りも漂ってきて、不思議と気持ちがゆったりと落ち着いていく。


「叶都君も飲むわよね?」

「実はおじいちゃんに途中で飲むのは駄目だと言われてるんです。飲むなら届け終わってからにしろって」

「あらそうなの。でも私たちしか見てないし、別に――」

「いや、駄目だ」


 昭夫さんが喜代美さんの言葉を遮る。


「叶都君、源蔵がそう言ったなら最後まで我慢しておきなさい」

「あ、はい。わかりました」


 ここまで苦労して運んできたので、どんな味かは結構気にはなってきている。


 けどおじいちゃんの言葉に反してまで飲みたいかと言われると、まだそこまでではない。それに今飲んだとしたら、何だか負けた気分がして嫌だ。


「でもそれだと叶都君に悪いわ」

「そうだな……。じゃあ叶都君にはあれを飲んでもらおう。オリーブの酵母を使った甘いお酒があっただろう。あれなら叶都君みたいな若い人にも飲みやすいんじゃないか」

「あのお酒ですね。はい、わかりました」


 喜代美さんがしばらくして一本の酒瓶を持って帰ってきた。

 透明の瓶の中には少し白く色付いたお酒が入っている。


「このお酒はね私もよく飲むのよ。名前は何て言ったかしら……。とにかく美味しいから一度飲んでみて」

「ありがとうございます」


 お酒が注がれたグラスを受け取る。

 ひんやりして冷たいな。

 グラスからお酒の冷たさが伝わってくる。


 香りはオリーブということだけあって、爽やかで落ち着く優しい香りだ。

 味の方も落ち着いて癖がない感じだといいけど、果たしてどんな味なんだろうか。


「えーそれでは叶都君の輝かしい未来とこれからの活躍を願って――それとついでに私たちの健康も――乾杯!」

「「乾杯!」」


 乾杯を交わし、お酒を一口飲む。


 甘い。


 まるでフルーツジュースみたいだ。

 お酒特有の余韻がなければ、ちょっとお高いフルーツジュースだと言われても違和感ない。そんな感じのフルーツ感がある甘いお酒。


 度数もそんなに高くなさそうなので、お酒に強い人なら本当にジュース感覚でスイスイと飲めそう。


 ジュースみたいな感じだし、これは確かに冷やして飲んだ方がおいしいだろうな。


「叶都君。海鮮丼にうどんの方も良かったら食べてね」

「はい、ありがとうございます。いただきます」


 いつの間にかテーブルの上に置かれていた海鮮丼に手を付ける。


 丼は白身魚メインで他にはいくらやタコなど。

 その上から醤油のような薄い茶色のタレが掛かっていて、その香ばしくてどこか甘い匂いを嗅ぐだけで食欲がかき立てられる。


 ……うん、これは今まで食べた海鮮丼の中で一番おいしいかも。


 まず刺身自体が多分かなり新鮮。


 その証拠に生臭さがわかりやすいイクラの臭みがなく、プチプチっと適度に弾ける食感とほんのり感じる甘み。他の刺身も歯ごたえはちゃんとあるのに、かみ切りやすくとても食べやすい。


 全体的に味がまろやかでほんのりと甘みもあり、ご飯と一緒に食べると思わず頷きたくなるほどだ。


 ご飯の温度も熱すぎず、けど冷めているわけでもない。

 ちょうどいい温度感だ。


 気づけば勝手に箸がかなり進んでいた。


「その海鮮丼はね、小豆島のお醤油を使ってるのよ」

「へぇ、そうなんですね」


 もしかして昼間に海莉かいり君の家で食べた豚丼にも、同じやつを使ってたのかな。どことなく色と味が似ている気がする。


「あっ、そういえばお酒の味の方はどうでしたか?」

「香り豊かでとっても美味しかったわよ。ね、昭夫さん」

「ああ、喜代美の言う通りだ。香りも良いし、もう少し冷まして人肌燗くらいで飲んでも美味しいかもしれんな」

「そうですね、昭夫さん」


 人肌燗か。


 僕の知らない謎のワードが飛び出したけど、今の穏やかな空気感を質問で邪魔するのも気が引ける。

 あとで覚えていたらスマホで調べればいいだろう。


 お酒を飲みながら料理を楽しみつつ、しばらく二人の会話に耳を傾けた。

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