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凪の瓶を携えて  作者:
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14/20

14話

「へぇ、小豆島しょうどしまはそうめんが特産品なんですか」

「そうなの。小豆島は雨も少なくて気候がそうめん作りに丁度いいのよ」


 海莉かいり君のお母さんの説明を聞きながら、皿に盛られたそうめんを改めて見る。テーブルの上には大皿が一つ。その上にはそうめんが丸めて束ねられ、まるでピラミッドのようになるまでうず高く盛られていた。


「お母さん。僕、こんなに食べれないよ」

「大丈夫よ桂木さんがいるから。ね、桂木さん」

「あーはい。頑張ります……」


 どう考えても無理だと思う。

 だが、嬉しそうに微笑んでいる海莉君のお母さんの前では、無難な言葉しか出せなかった。


 百歩譲って、そうめんだけならギリギリなんとかなるかもしれない。

 けど、まだそうめん以外にも何か出てくるらしいので絶望的だ。


「海莉。食べる前にはちゃんといただきますをするのよ」

「はーい。いただきまーす」

「……いただきます」

 

 海莉君と一緒に手を合わせて、そうめんを食べ始める。


(せめて海莉君のお姉さんがいればな……)


 用事があるみたいで、僕が家に来たのとほぼ同時にすぐにいなくなってしまった。だから今の戦力は僕と海莉君の二人のみ。


 無言でずっと攻め続けているが、ぜんぜん減った気がしない。


 とりあえず滋賀の鮒寿司みたいな癖のある郷土料理とかではないだけマシと思うべきか。鮒寿司も慣れたら割と美味しく感じるんだけど、慣れるまでがとにかく厄介なのだ。


 特に子供の頃は臭いがどうしても受け付けなかった。

 近江牛をもっと全面的に押し出せばいいのに。と子供の頃に何度思ったことか。


 その点、小豆島の特産品だというそうめんは匂いも見た目もまったく問題なし。

 食感はコシがありモチモチしていて、中々食べ応えがある。


 まるで細いうどんを食べているような感じだ。

 それに麺があんまり固まらなくてとても食べやすい。


 麺つゆの方は多分一般的なもので、可もなく不可もなくといった感じ。


 とにかく量が量なので、食べれば食べるほどつゆも薄くなっていくのが問題か。

 そのせいで徐々にそうめんを掴む箸のスピードもだんだん遅くなっていく。


(もう水くらい薄くなったけど、さすがに人の家で食べてる最中の器にめんつゆを追加するのは気が引けるし……)


 どうすべきか。

 海莉かいり君の方をチラっと見る。


 えっ、なんだあれ。

 海莉君が手に持ったのは瓶に入ったペースト状の黒い何か。


 それをめんつゆの器の中にスプーンで何回も入れている。

 その後で普通にめんつゆも追加しているので、どうやら固形タイプのつゆの元というわけでもなさそう。


「お兄ちゃんもいれる? おいしいよ」

「あ、うん。ありがとう、ところでそれって何?」

「海苔の佃煮」


 反射的に受け取ったけど、これってありなんだろうか。


 ネギとかショウガみたいな薬味ならまだわかる。

 けど、海苔の佃煮を入れるなんて初めて見た。


「使わないの? スプーン舐めてないから大丈夫だよ」


 そういう問題じゃない。

 とりあえず海莉君がずっと見てるし、ここは大人として入れるしかなさそうだ。


 覚悟を決めて少しだけ掬って中に入れる。


「もっと入れた方が良いと思うけど」

「そうなの?」

「うん、その方がおいしいよ。入れ過ぎるといつもならママに怒られるけど、お客さんがいる時は大丈夫だから」


 やるしかない……か。

 追加で二、三回投入する。


 そんな僕の姿を見て、海莉君は満足したのかまた黙々と食べ始めた。

 ついでにめんつゆも追加して、さっそく一口食べてみる。


(お、案外いけるな)


 何と言うかまろやかになって落ちついた感じの味になった。

 さっきまでの麺つゆは、もう一人前食べたら十分かなっていう強め印象があったが、今はどんどん食べても苦にならない。


 よくよく考えればそばには刻んだ海苔などが乗ってることもあるし、そうめんと海苔も案外相性は悪くないのかもしれない。


 味変して食べるスピードが一時的に戻る。


 だけどピラミッド状に積まれたそうめんはまだまだ健在だ。

 上の部分こそ無くなったけど、一番厄介な下層部分にはまだ一切手が付けられていない。


「お待たせ、豚丼よー」

 

 そうこうしている内に今度は豚丼が追加。


 どんぶりの中にカリカリに揚げられた豚肉が、これでもかと言うくらいご飯の上に乗せられている。タレの甘くて香ばしい匂いも漂ってきて、結構そうめんを食べてお腹も膨れてきたはずなのに、不思議とまた食欲が湧いてきた。


(だけどまだそうめんがあるしな……)


 手を付けるわけにもいかない。


 僕がそうめんと豚丼の間で目線をさ迷わせていると、海莉君がそうめんをすすっていた口のまま、ご飯粒を飛ばす勢いで豚丼を食べ出した。


「あらあら、海莉。口の周りにネギが付いてるわよ」


 母さんの指摘に海莉君が手で口元を拭う。

 だがネギが取れた代わりに豚丼のタレが、牛乳を飲んだ後みたいに口の周りに広がる。


 そんな状態のまま気にせずまた食べ出した海莉君の姿に、お母さんは少し笑ってから「デザートを作って来るわね」と言って部屋から出て行った。


 何かこういう微笑ましい光景を見ると、会社に勤めていた時にやたらと自分の子供の写真を事ある毎に見せて、子供はいいよ。と言っていた先輩の気持ちが少しわかる気がする。


(さて、僕も食べるとするかな)


 まずはそのまま一口。


 うん、おいしい。


 肉の油の甘みとコクのある甘辛いタレが合わさって、食べ応えバツグンだ。

 カリカリになるまで揚げられているので、食感がサックサク。

 まるでお菓子みたいな感じで食べる楽しさがある。


 ただ今の自分には少し重い。

 一口噛むごとに溢れる肉汁。


 お腹が空いている時なら、一口一口味わいながら堪能出来たんだろうけど、今は凄くお腹の中に溜まっていく感じしかしない。


(そういえば、これに海苔の佃煮を乗せたらどうなるんだろう)


 試しに少しだけ乗せて食べてみる。


 なるほど。


 コクが少し増した気がする。

 それに食べやすさも増した……と思う。

 油感が和らいだと言うべきか。


 もしかしたら気のせいかもしれないが。


 海苔って案外何にでも使えるんだな。

 よく考えれば大抵の料理に刻んだ海苔が乗せられていることがあるし、海苔の佃煮というか海苔自体が合わせやすい食材なのかもしれない。


 あえて刻み海苔が使われることが多いのは、その見た目や利便性あたりが理由だろうか。


(これは新発見かも。母さんにも伝えておくか)


 スマホで海苔の可能性について簡単にメッセージを送る。


「お兄ちゃん何してんの?」

「あ、いや。なんでもないよ。それよりこの豚丼おいしいね。いつもこんな感じでよく食べてるの?」

「うん、そだよ。でも昼はお願いしても面倒だからって作ってくれないんだ」

「まあ仕方ないよ。揚げ物を昼にするのは大変らしいからね」

「ふーん、そうなんだ」


 うちの母さんも手の込んだ物は昼に絶対作ってくれなかったから。

 そう思うとどこの親もみんな一緒ってことか。


「そういえば、お兄ちゃんってどこから来たん? 高松? それとも岡山?」

「滋賀だよ」

「滋賀? 滋賀ってどこ?」

「小豆島からだと東側にある県だね。日本一大きな湖がある県って言えばわかるかな?」


 そんな感じで他愛もない雑談などもしながら、小豆島産のレモンを使ったデザートを最後にいただいた。その後は二人で軽く対戦ゲームなどをして遊び、玄関に飾ったセミの抜け殻を背景に二人で記念撮影。


 家の囲いから顔半分だけ出し、小さく手を振る海莉君に手を振り返してこの場を後にした。

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