13話 島3
(神社か。最後に行ったのはいつだったかな)
行った記憶はある。
けどすぐに思い出せない程度には前だ。
ああ、思い出した。
小学生くらいの時に一度だけ行った気がする。
確か地域のお祭りか何かだったと思う。
でもその割には祭りの記憶が――ああそうだ。日が暮れた神社の階段の雰囲気が怖くてすぐ帰ったんだっけ。
昔のことを思い出しながら神社へ続く階段を上っていく。
参道の途中には狛犬や鳥居があり、目にするたび自然と足が止まる。
普段こういうところにはまったく来ない自分でも、何というか言葉に出来ないものを感じるからだ。
歴史の積み重ねというものだろうか。
注意深く見れば、鳥居や石碑は程度の差はあれどどれも色あせている。
これが新品みたいに綺麗だったら、また感じるものは違ったかもしれない。
(階段を上り切った先には……誰もいないのか)
開けた境内があって、その奥に神社の社があった。
ネットの動画やテレビで見た神社に比べると少しこぢんまりとした社だが、それでもとても厳かな雰囲気を感じる。
「これは狛犬かな。……いや違うか」
社の前にある寝そべった一体の石像。
狛犬のように見える。けどやっぱりどこか違うような気もする。
猫?
それとも神社なら狐辺りだろうか。
「牛だよ」
石像が……喋った!?
あ、いや、人か……。
石像の裏から現れたのは小学生くらいの小さな子供だ。
野球帽とTシャツ一枚に短パンというラフな格好。
そして日に焼けた肌と頬に貼られた絆創膏。
多分野球好きの男の子かな。
男の子にしては髪が少し長いけど、これくらいの歳なら普通なのかもしれない。
神社内を探検でもしていたのか、膝の前に付いた砂粒を手で払っている。
「じゃあ手伝って」
「……何を?」
「もっくりこ探し」
「何それ」
「大人なのに知らんの? これだよ」
男の子が見せたスマホの画面には、木の幹に貼り付いたセミの抜け殻がアップで映っていた。
どう見てもセミの抜け殻だ。
もっくりこなる物は何も映ってない。
「ごめん、どれがもっくりこ?」
「これ」
そう言ってセミの抜け殻を指さす男の子。
なるほど?
理由はわからないけど、この子の中ではもっくりこ=セミの抜け殻ってことなんだろう。
まあこれくらいの歳頃だと、自分で考えた名前で言ったりすることもあるか。
ここは大人として深く追求せずに、一緒に探してあげよう。
どうせ暇だしな。
「あーごめんごめん。そうだよね、これがもっくりこだよね」
「じゃあ向こう探して」
「はいはい。あっ、建物に入るのは駄目だよ」
社に入ろうとした男の子を呼び止める。
「なんで? 前に姉ちゃんにも言われたけど、別にいいやん」
「あー……えっと、ここの建物は神様が住んでるからだよ。君がここに住んでたとして、知らない人が急に家に入ってきたら嫌でしょ?」
「うん」
男の子が頷く。
「それと一緒。だから入っちゃ駄目。わかった?」
「わかった。じゃあ挨拶したら入ってもいい?」
「挨拶しても駄目かな」
「どうして?」
困ったな。
どう説明したらいいんだろう。
「えっとそれはね。この建物の中は……そう神様がお仕事する場所なんだ」
「お仕事?」
「そう、お仕事。だから外から声かけるくらいならいいけど、仕事中に関係ない人が中に入ったら怒られちゃうんだ。だから僕たちみたいな関係のない人が入ったら駄目なの」
「中に入れんのやったら、神様も僕が誰かわからないよね、どうやって声だけで関係ない人だってわかるの?」
そう来たか。
ここはもうごり押ししよう。
「あー……神様だからね。声だけでもわかるんだよ。ほら知り合いの人の声とか、声だけでも聞けば誰かわかるでしょ?」
「ふーん、わかった」
良かった。
とりあえずは納得してくれたみたいだ。
でもまだ社の方をチラチラと見てる。
この様子だと僕がいなくなったら、中に入る可能性がまだありそうだ。
ここは念を入れて、一緒に別の場所を探すように誘導した方が良いかもしれない。
「うーん、ここには無さそうだね。僕は参道の方を探してくるけど、どうする一緒に来る? ここら辺は結構掃除もされてるから、多分参道の方が見つかると思うんだけど」
「うん、行く」
目論見通りついてきた男の子と一緒に参道でセミの抜け殻を探し始める。
幸い地元の人くらいしかほとんど来ない神社なのか人通りはほぼ皆無。
抜け殻がありそうな落ち葉の下や木の幹や根元など、いろんな場所に目線を送る。
男の子の方はもっと大胆に落ち葉をかき分けているが、さすがに手本となる大人の僕までそんな真似は出来ない。
少し羨ましくはあるけど。
たまに途中来た人に変な目で見られたりしたが、近くで一緒になって何かを探している男の子の姿を見て大抵の人は勝手に納得し、そのまま通り過ぎていく。
こういう時、子供の存在というのは便利なものだ。
仮に僕一人だったら、不審な目を向けられて引き返す人までいたかもしれない。
いや、今のご時世なら普通に不審者扱いで通報もあり得そうだ。
(それにしても今の時期にセミの抜け殻ね。見つかる気がしないな)
今は四月。
セミの時期はまだまだ先だ。
とりあえず、去年の物が奇跡的に残っている可能性に掛けるしかないだろう。
それにしてもこんな風に外で遊ぶのはいつ以来だろうか。
もしかしたら、学生時代の夏休みに少しだけやった学童のアルバイト以来くらいになるかもしれない。
「見つからないね。どうして君はセ……むっくりこを探してるの?」
「……まだ春には見つけたことないから。あとむっくりこじゃなくてもっくりこ」
「あーごめんごめん。もっくりこね」
なるほど。
ということは夏は当然として、秋や冬にはもう見つけてるということかな。
とりあえず夏から一番遠いこの春の季節に見つけるのは、かなり骨が折れそうだ。
そう考えると自分で提案してなんだが、参道は探し場所としてあまり良くなかったかも。
人通りがそれなりにあるし、何より定期的に手入れとかもされているはず。
ありそうな場所をスマホで一度調べた方がよさそうだ。
スマホを出してパパっとネットで調べる。
……なるほど。
建物の柱とかあとは木の根元とか低い場所にあることが多いのか。
だけどその辺りは既にこの子が探してそうだ。
ただ出てきた内容はどちらかというと夏向けの穴場のようだし、春はどうなのか追加で検索してみよう。
へぇ、場所によっては四月末から出てくるハルゼミっていう種類のセミもいるのか。でも市街地にはいないようだし、その種類も早くて四月末から。
残念ながらまだ時期じゃない。
去年の物が残ってるとしたら建物の物陰とか木の窪みなど、雨風の影響を受けにくい場所が可能性としては高いようだ。
「もっくりこだけど今の時期だと、どこかの物陰とか木の窪みにあることが多いらしいね」
「ふーん、そうなんだ」
そっけない返事の割に、アドバイス後は明らかに見る場所が変わっていた。
態度はともかく聞き分けはいい子のようだ。
まあアドバイスしたところで、すぐに見つかるわけでもない。もうお昼だしあと二、三十分くらい付き合ったら諦めるように促すか。
それから特に成果もなく十分、ニ十分と時間が過ぎ時刻は十二時半。
日差しも結構強くなってきて、僕も男の子も額から汗が滝のように流れている。
「そろそろ――」
「あった!!!」
「えっ?」
男の子が指さす方に顔を向ける。
目の前にある木の枝分かれ部分の窪み。
帽子のつばを押さえながらよく目を凝らすと、確かに茶色いセミの抜け殻がそこに存在した。
まさか本当に見つかるなんて。
正直、後半は諦めて少し適当気味に探していた。
きっと男の子はそんなことはなく、ずっと真剣に探していたんだろう。
男の子は必死に手を伸ばして抜け殻を取ろうとしている。
だけどまったく届いていない。
「お兄ちゃんなら届く?」
「うーん、そうだね……」
僕なら手を伸ばせば届くと思う。
だけど果たしてそれでいいのだろうか。
やっぱりここまで頑張ったんだから、この子自身の手で取ってほしい。
「僕でも無理かな。でもキミが手伝ってくれたら取れると思うよ」
「ほんと!?」
「うん、僕が君をこうやって抱える感じで抱っこするから、その間に取ってくれる?」
「わかった、任せて!」
バンザイまでしてる準備万端な姿に笑いつつ、男の子の脇を抱えて持ち上げる。
「ちょ、動かないでっ」
「でもこそばくて……」
「あぁそっか。これでいい?」
脇で抱えるのをやめて、お腹の辺りを挟み込むような形で持ち上げる。
「うん大丈夫」
「よかった、でも急いでね」
持ち上げたばかりなのに、もう腕がぷるぷると震えてる。
「まかせて……取れた!」
「やったね、おめでとう」
「うん、ありがと!」
男の子が取ったばかりのセミの抜け殻を僕に向かって掲げる。
顔にもようやく子供らしい笑顔が浮かんでいた。
「それでそのむ……もっくりこはどうするの?」
「持って帰って玄関に飾る!」
「そっか、いいね」
「でしょ。それで――あ、電話だ。えっと……持ってて!」
「あ、うん」
ぷるぷると震える腕を何とか制御して、男の子から抜け殻を受け取る。
「あ、お姉ちゃん?」
電話する少年の隣で、抜け殻を持って佇む大人。
あまり他人には見られたくない構図だな。
そういう時に、どうしてか人が来るのは何故だろう。
参道の下から観光客風の女性二人組が現れて、明らかにチラチラとこちらを見ながら通り過ぎて行った。
僕を話題にしているとは限らないけど、状況的にどうしてもそう見えてしまって色々と心が辛い。
主に羞恥心で。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん、何?」
「お姉ちゃんが話したいって」
「僕と?」
「そう」
男の子からスマホを受け取り、代わりにセミの抜け殻を渡す。
「お電話代わりました。えっと神社で一緒にもっく――セミの抜け殻探しをしていた者です」
『あっ、海莉の姉の環と申します。うちの妹がご迷惑をおかけしたみたいで、本当にすみません』
「あーいえ、僕も楽しかったので迷惑だなんてそんなことないですよ」
どうやらこの子は海莉君と言うらしい。
途中、おかしなワードが聞こえた気がするけどそんなはずがないし、多分聞き間違えだろう。
最初は海莉君のお姉さんも少し警戒した感じの話し方だったけど、すぐに口調が軟化。
その後は取り留めのないやり取りをして終わり。
と思いきや今度はお母さんが電話口に登場。
いきなりマシンガントークがはじまり、圧倒されてただただ相槌を打ち続けていたら、気づけば何故かお昼ご飯をご馳走してもらう流れになってしまっていた。
『うちは大歓迎よ。きっと海莉も喜ぶわ。だから食べに来てくれるわよね?』
「あ、はい。もちろんです」
『嬉しいわー。それじゃあ今から料理を作って待ってるわね!』
「はい、では後ほど」
通話を終え、スマホを返す。
「悪いけど家まで案内してくれる?」
「どうして?」
「海莉君のお母さんがお礼に昼ごはんを僕にご馳走したいんだって」
「お母さんが? まあいいけど」
いつの間にか元通りの素っ気ない態度。
本当に僕、歓迎されてるんだろうか。
気づけば参道を降りて行っている海莉君を見て、疑問を一旦心の中にしまう。
そしてもっくりこに夢中で、明らかに周りが見えていない様子の海莉君の後を慌てて追いかけた。




