12話 島2
「待たせっちゃってごめんなさいね。まさか人が来るとは思ってなかったから」
「あれ、おじいちゃんから事前に電話とかありませんでした?」
「うーん……。なかったわねぇ。夫もそんなこと一言も言ってなかったと思うわ」
笠井さんは少し首を傾げて、ゆっくりと顔を横に振る。
その困惑した顔を見るに嘘とは思えない。
そうなると弱ったな……。
次の届け先からは、本当にいない可能性も考えて行動する必要性が出てくる。
「それで今日はうちにどんな用があって来たの? それにしても随分と大きくなったのねぇ。以前写真を見せてもらったときはまだこーんなに小さかったのに。あれ、でもあの写真は叶都君じゃなくて、長男の優斗君の方だったかしら?」
そう言って笠井さんは首を傾げて、僕の方を見る。
「多分兄の方だと思います。おじいちゃんや母さんに写真を撮ってもらった記憶はないので」
「あらそうなの。まあとにかく立ち話もなんですから中へどうぞ」
「あ、はい。ありがとうございます」
家の中に入ると、すぐに白いポメラニアンがお出迎え。
だけど僕の方を見るなり、急に顔が険しくなってキャンキャン吠え出した。
「こら駄目でしょユキちゃん。ごめんなさいね。この子知らない人にはすぐ吠えるのよ」
笠井さんがユキちゃんを抱えると、吠えこそしなくなったけどずっとグルグル唸りながら、僕を見て警戒し続けている。
歓迎されてないな。
「とりあえずここに座ってくれるかしら。お菓子とお茶持ってくるわね」
「あっ――」
お構いなく。
という間もなく笠井さんは客間から姿を消した。
ユキちゃんを残して。
座布団に座り、ユキちゃんに向かって何となく手招きしてみる。
が、帰ってきたのは残念ながら牙をむき出しにした威嚇だった。
「ごめんなさいね。今はこれくらいしかなくて」
カゴに入った沢山のお菓子とお茶のペットボトルを何本も持ちながら、笠井さんが申し訳なさそうに頭を下げる。
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
「それにしても今日は暑いわねぇ……。そういえば今日はどんな用で家にいらしたの?」
勢いに飲まれて完全に忘れていた。
「実はおじいちゃんに頼まれてお酒を届けに来たんです」
「あらまあお酒を? どんなお酒かしら」
笠井さんの期待に満ちた視線を浴びながら、リュックからお酒とお猪口を出す。
「こちらです」
「あらまあ素敵なパッケージのお酒ね。こっちの焼き物は……もしかして磯崎さんの作品かしら?」
「あ、はい。そうだと思います。それで持ってきたお酒を飲んでもらってその感想をいただきたいんですけど」
すごい。
見ただけでわかるものなんだ。
「感想を?」
「はい」
「そう残念だわ。そうなるとうちの旦那の帰りを待たないといけないわね。あの人の感想も欲しいでしょうから」
「旦那さんは何時ごろ帰ってこられるかわかりますか?」
「そうね……。今日は仕事で小豆島町の方へ行ってるから、多分夕方まで戻ってこないと思うわ」
「そうですか、ありがとうございます」
これで今日は島で一泊するのがほぼ確定か。
仮に旦那さんのところに行ったとしても、流石に仕事中にお酒を飲んでくれなんて頼み事出来るわけないし。
「そうだわ。夕方まで島を色々と観光してきたらどうかしら?」
「観光ですか?」
「荷物はうちに置いてきなさいな。そうすれば身軽になって楽でしょう? でもごめんなさいね、案内は出来ないの。ユキちゃんのこと見ておかないといけないから」
「大丈夫です。スマホで色々調べてみます」
本音を言うと、一人の方が色々気が楽だから逆にありがたい。
「凄いわねぇ。私、スマホなんて無理だわ。電話と動画を見ることくらいしかまともに出来ないのよ」
「大丈夫ですよ。うちの母親も似たような感じなので」
「あらそうなの。真弓ちゃん器用で何でも出来る子だったのに意外ねぇ」
まあ母さんの場合は、単にやってないから出来ないと言った方が正しいかもしれないが。ガラケーとかパソコンは普通に使いこなしてるから。
「それじゃあ観光に行ってきますね。荷物はこの部屋に置いても大丈夫ですか? お酒をあまり持ち歩きたくないので」
「置くのは問題ないわ。でも悪いけれどお酒は二階に置いてくれるかしら? 一階にあると一人で飲みたくなっちゃうから。場所もわかると取りに行っちゃいそうだから叶都君に任せるわ」
「二階ですね、わかりました」
階段前にある犬用の柵を越え、二階に上がる。
廊下があって部屋のドアは五つくらい。
一番階段に近い部屋はトイレで残りは普通の部屋のようだ。
とりあえずトイレは無い。
だけど他の部屋は許可を貰ったとはいえ、入りづらい。
自分だったら知り合いでも、いないときにあんまり入られたくないから。
(でもそうも言ってられないか)
うちの家と同じならと、恐る恐る一番奥の部屋のドアを開ける。
よし、当たり。
その部屋には本や家具など色んなものが、綺麗に分類分けされて置かれていた。
予想通りどうやらこの部屋は物置部屋らしい。
奥に入るのもあれなので、入口近くの隅にリュックを立てかけておく。
これでよしと。
そのまま階段を降り、犬と戯れていた笠井さんに声をかける。
「それじゃあ少し行ってきます。夕方には戻ってきます」
「はい、行ってらっしゃい叶都君」
手を振り返し、家を後にする。
(さて、どこに行こうか)
適当にその辺りを散策してもいいが、ここまで来たなら少し観光地とかを回ってみたい。手始めに『小豆島 人気スポット』と検索すると、いくつかの候補地が地図形式で表示される。
ここから一番近いのは世界一狭い土渕海峡という所と、エンジェルロードという場所。
エンジェルロードは時間限定で海に現れる道らしく、予想だと今から行ってもまだギリギリ見られそう。ただこの場所はカップルにオススメの観光地らしい。
だから今から独り身の僕が行っても邪魔になるだけかもしれない。
他には大観音とか重石と呼ばれる巨石や、世界一狭い海峡とシンパクという特別天然記念物に指定された樹齢千六百年以上の木があるようだ。
ただ、どちらも徒歩で行くには少し遠い。
(悩むだけ時間の無駄だし、まずは海峡でも見に行こう)
時間はあるので地図アプリを頼りに、のんびり歩いて海峡まで移動する。
地図だとここだけど、海峡っていうより川だな。
目の前にある川……海峡は、走り幅跳びの選手であれば飛び越えられそうに感じるほどの幅しかない。
地図を見ると川の始まりと終わりには海があるし、ギネスにも認定されてるようだから定義上は確かに海峡なんだろう。
でも見た目のインパクトがなさすぎて、とにかく狭いという感想しか出てこない。
観光客っぽい人たちも川の近くにある解説板を見て、写真を何枚か撮るとその後は何度か橋を往復したりして、すぐに立ち去っていく。
けど考えようによっては、一見の価値はあるかもしれない。
ギネス記録がごく普通の町中にある川っていうのが逆に意外で面白いし、海峡に架かった鉄のリングのようなモニュメントが凄くて、そっちの方は案外見ごたえがある。
もし小学生だったら世界一の海峡を歩いて横断したと、友達相手にしばらく謎自慢が出来そうだ。
(次はどこに――あれはなんだ? 迷路のまち?)
気になるな、行ってみよう。
海峡の裏手にある迷路のまちと書かれたアーチ状の看板を潜り、道の先へ進む。
今のところ割と普通の田舎道という感じだな。
確かに分岐や細い道がいくつもあって、迷いそうではあるけど迷路かと言われるとそこまででもない気がする。
迷路っぽい要素をあえて挙げるとしたら、たまに建物の壁に妖怪みたいな絵が描かれていることくらいだ。
一体何でこんな名前が付いているんだろうか。
少し気になったのでスマホで検索する。
なるほど、昔この辺に海賊がいたのか。
その対策のためにこの辺りの道を複雑にして、その名残がこの迷路のまちということらしい。
ちなみに絵は迷路と特に関係はなかった。
近くに妖怪関係の観光地があって、それの影響みたいだ。
それから少しの間、気の赴くままに歩き続けてようやく迷路みたいな細い道を抜けると、目の前に神社へ続く石畳の階段が現れた。




