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落鵬  作者: 接殷
第一章
3/4

第二項-姉の嫁入り①


 父上に安静を言い渡されてからというもの、私は東宮の一室に閉じ込められる日々を送っている。


 もちろん、机上には書が目一杯に積まれていて、これらを、延々と!延々とひたすらに勉強している。


 わけのわからないことを勉強するのは苦痛でしかない。政治なら“ことり”が以前に学習してるみたいだが、それ以外の分野は本当に歯が立たないほどに苦手である。


 はぁ、実につまらない。


 私はただただ剣を振りたいだけなのに…なんなら柄を握るだけでもいいから…そう思えど、父上から外出の解禁を言い渡されるのはまだまだ先だ。


 ちゅんちゅんと、外では小鳥が囀っている音が聞こえた。東から差し込む白い光は机上の書をてかてかと照らしている。


「それでは、殿下。書言録の冒頭を論じてください。」


 もちろん勉学ともなれば、あの狐を彷彿とさせるような、狡猾で、強欲で、気味の悪い教育係李玄(リーシュアン)もついてくるもので、机をはさんで真向かいに座りニタニタとほくそ笑んでいる。


「ふむ、殿下。そちらは易盛録ですな。書言録はこちらであります。ははは、殿下とあろう御方がこの程度をお違えになるとは。」


 とこちらが皇太子であるのを忘れているかのように堂々と私を馬鹿にしてくる。


 …切実に、返品を要求したい。切実に。


 ふと、細く吊り上がった目がじぃっとこちらをのぞいていることに気づいた。


 朝から気が滅入る。


 私はこの目が嫌いである。人を値踏みし、嘲るような、陰湿でタチの悪い、そんな目が。


 いつもはこの不快な嫌味は受け流していた。


 だが、今日の私は一味違う。体を動かせないことに対しての不満が溜まっているのだ。


 そうなれば話は早い。


 目には目を、歯には歯を、嫌味には嫌味を、だ。


「うむ。さすがは李老師よ、間違いには()()()()な。その慧眼には驚かされるぞ。」


 目を細めて、純真そうに、何の悪意もなさそうにそう言った。


 私の嫌味を受け取った李玄はぐぬぬとはを食いしばって言葉を我慢している。


 実に愉快愉快。


「……お褒めいただき恐縮であります。」


 なんとか絞り出したであろうその言葉には、もちろん悔しさが滲んでいたけれど、なんだか少し柔らかいような気がした。値踏みするような嘲るような目、でもない。元から細い目がさらに細められている。どちらかというと私の様子を観察するような、私を測るような目をしていた。


 不快に変わりはないが。


 そんな目に耐えながら、李玄の真ん前に座り続ける。古典やら歴史やら策論なんてものより、忍耐力の方が身につきそうだ。なんて茶化しながら、私は勉学が全く得意ではないので、そうするしか選択肢がないのだと自分に言い聞かせる。


 眠気と闘いながら、李玄の話す内容になんとかかんとかくらいついていると、一人の宦官がこの部屋に飛び込んできた。見知った宦官だ。確か、よく父上が私に連絡するときに寄越す者だったはずだ。


 そして、机のそばにひざまづいて言った。


「このようなご無礼をはたらき申し訳ございません。至急お耳に入れたいことがあります。」


 そのただならぬ様子に、筆を止めて宦官に向き直る。


「続けよ」


 顔の前で組んだ手を少し上にもたげてその者は話しだした。


「皇帝陛下からの言伝でございます。第十一公主様が嫁ぎなさるとのことです。」


「!姉上が!?」


 思わず長椅子から立ち上がった。あの姉上が結婚だと!?信じられない!


「出立は次の丁亥、親迎は丁巳の模様です」


「丁亥というと……今日が辛巳だから……うーむ」


 衝撃の内容に、日数の計算がすぐにできない。


「殿下、二十五日後ですぞ」


 横から、李玄が口を挟んでくる。


 李玄が助けてくれたことに意外性を感じたが、それよりも準備期間の短さに驚愕する。そばに控えていた宦官たちがわかりやすく顔を顰め、宮女たちは目を伏せた。


 やはり、この日数に衝撃を受けたのは私だけではないのだ。


「早すぎないか!?私もまだよく知らないが、儀式やらが必要なのだろう?父上は何をお考えなのだ!?」


 誰もが俯き、嘘のような嫌な静寂の空気が部屋中にただよう。


 もう話すことがなさそうな私たちの様子を見計らい、以上であります。と報告を締めくくった宦官は、私の指示を仰ぐべく静止している。


 はやる心音をなんとか抑えて口を開いた。


「父上に伝えよ。後宮への立ち入りを許可していただきたい、と!一刻も早く!」


 普通なら、私付きの宦官通して言伝すべきであるのは分かっている。だが、そうするとあまりにも時間がかかりすぎる。


 二十五日という残された時間はあまりにも短く手続きなんぞしている暇ではない。


 宦官が去って行く。その背中を見送りながら、私付きの宦官に指示を出す。


「今すぐに皇后にも後宮への立ち入り許可と、会合の場の手配を頼んでくれ。姉上との面会申請もだ」


 後宮方面へは自ら宦官を手配せねばならないことに苛立ちが溢れ出る。宦官も、皇后も経由しなければいけない制度をめちゃくちゃにしたくなるくらいに。


「かしこまりました、殿下。」


 そしてこちらも足早に出かけていった。


 李玄の方を見遣る。


 さすがに、今の焦りが滲む状況では勉強も進むまい。


「李玄よ、まだ昼にもなっていないが今日の勉学はここで切り上げさせてもらおう。」


「えぇ、その方がよいですな。今の殿下は殊更勉学に打ち込めないでしょうな。」


 一個一個嫌味を言わなければ生きれないやつなのか、こいつは。


「うむ、李老師は人の心の動きも読めるのだな。もう少し精度を上げたほうがいいと思うがな。」


 過分なお言葉でございますと、捨て台詞を吐いた李玄は一瞬だけこちらを見て、何かを言いかけて口を閉ざした後、私に課題を言い渡して帰っていった。


 愉悦感に浸りたいところであるが、そんなことできるような心境ではなかった。


 姉上が、結婚……


 この事実は何よりも私の心にのしかかった。


 別に姉上が結婚することが嫌なのではない。姉上がこんなきな臭い、後ろに政治が見え隠れする結婚をすることに違和感をだいているのだ。


「春桃よ。」


 春桃を呼びかけようとして、初めて喉が渇いていることに気づく。


 まずは私が落ち着かなければ。私が焦ってどうする。きっと後宮の方が焦りでごたごたしているに決まってる。ましてや姉上は特に気が気でないだろう。


「茶を出してくれ。」


 ひとまずは、茶で喉を潤して気持ちと状況を整理することにした。


 かしこまりました、と春桃は小さな側机の上で手際よく茶器の準備を始める。かちゃかちゃと陶器の心地よい音が部屋の中に響き心が落ち着いていくのを感じる。


 他の宮女が持ってきた湧いた湯をそっと急須に注ぎ蓋を閉めた。


 蒸らしの工程を経た芳しい香りが杯にとくとくと注がれては、茶箱に飲み込まれていく。


 立ち上る湯気だけが眼に鮮明に映った。


 白く濁った蒸気は春桃の顔を隠し込む。


 そして二煎目が杯に呑まれ、ことんと目の前に置かれた。


 ゆっくり息を吐き、唇をつける。


 少し苦味を帯びた暖かさが喉を通り、臓に染み込んでいく。


 ぼーっとしていた頭の中が急激に思考をとりもどす。


 丁巳の親迎。


 その言葉が頭の中に浮かび上がる。


 親迎ーすなわち婿側が花嫁を迎えに来る日が丁巳という不吉な日であるという事実に頭が痛くなる。


 そして、こちらの儀式に必要な日数を一切考えていないような二十五日という準備期間。


 何かが引っ掛かるものがある、というか、引っかかりすぎている。こちらを舐め腐ったものであるのは明確だった。まるで脅しめいた……いや、今はまだ考えるのをやめておこう。姉上に会ってから言葉にした方がまだ取り乱さないだろう。


 いつのまにか、空になった杯を机上に置いた。


 今日は考えるのはここまで!


 大人しく、李玄の出した課題でも片付けてやろう。


 どうせ明日も、この部屋に監禁されるのだから。それに伝達に出した宦官もすぐには帰ってこないだろうし。今はどうにも動けないのだ。


「春桃。李玄の出した課題はなんであったか?」


 既に李玄の言ったことは忘れているので、茶器一式を拭いていた春桃に聞く。


「はい殿下。今日は礼節録をお読みになるようにとのことです。」


 山のように積み上がった書の中から、あれでもない、これでもないとごそごそと探し出す。


「……分厚いな。」


 あの狐顔が浮かんでくる。


 目を閉じて、そっと山に戻す。


 私は、何も、見ていない。

中国茶の作法がだーいすきなので詳しく書いちゃった

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