邂逅
記憶を取り戻してから俺は、辺境伯の長男として家督を継ぐべく研鑽を積んだ。
バルサバ領の役割を考えれば、家長は武術に長けているほうが望ましい。実際、父はバルサバ領で最も強く、魔物が出たと聞くや否や、先頭に立って魔物と対峙すると聞く。
しかし、どうやら俺にはその才能はあまりないらしい。父は、俺が重い物を持たない母に似ていると言って、よく笑っていた。
それでも、移動のために馬には乗れるようになったし、領民を守るために最低限の護身術は叩き込まれた。
そうして過ぎた4年間は、大きな事件もなく、ただ季節が巡っていくように日々が流れた。
そしてついに、俺が貴族の学園に入学する年がやってきた。
出立を明日に控えた夜、部屋の扉が静かにノックされた。
「兄上、入ってもいいか?」
「ああ」
ドアを開けて入ってきたのは、俺と正反対の容姿を持つ弟、エリオットだった。父の目と母の輪郭を受け継ぎ、俺よりもずっと美男子に成長したが、間違いなく俺の血を分けた弟だ。
「話ってなんだい?」
俺が勧めた椅子に腰を下ろすなり、エリオットは率直に言った。単刀直入な性格は、おそらく父に似たのだろう。
「いや、大した話じゃない。・・・ただ、家を出る前に伝えておきたいことがあってな」
「うん?」
エリオットが小首をかしげる。俺は少しだけ姿勢を正し、言葉を選びながら続けた。
「まず、俺が家を継ぐ。それでいいな?」
「何を言ってるのさ。当たり前だろ? 俺は兄上みたいに頭が良くないからね」
「その代わり、俺は軍のことには疎いから、そこはリオに任せたい」
「もちろんだよ。俺も来年には騎士学校に入るつもりだし、兄上を支えられるように頑張る」
笑って答えるエリオットの横顔は、まっすぐで眩しかった。
十一歳にして十五歳の新兵と互角に打ち合う腕前を持つ彼を見ていると、頼もしさと同時に、ほんの少しの不安が胸をかすめる。
この弟が、俺をどう見ているのか。小説の中では謀反など起きなかったが、現実は違うかもしれない。
そんな考えを見透かしたように、エリオットがふっと笑った。
「・・・ありがとう。それを、確認したかったのは僕のほうかもね」
「そうか。じゃあ、安心した」
俺が礼を言うと、弟は首を傾げた。
「なんか今日の兄上、ちょっと変だよ?」
「気にするな。・・・明日、早いからな」
互いに軽く笑い合って、静かな夜が戻った。
翌朝、俺はいつも通り朝食を摂り、普段通りに身支度を整えた。玄関に向かうと、すでに父母とエリオットが待っていた。母は目を赤く腫らしている。
「何かあったら、必ず手紙を書いてね。いつでも戻ってきていいんだから」
「もちろん、王都に着いたらすぐに手紙を書くよ」
俺は母を抱きしめた。
「気をつけて行けよ」
母から離れると、父が右胸に手を当てる。騎士における最敬礼である。
「父上、行ってまいります」
俺も最敬礼で応じる。武術の才はなくとも、礼儀作法は厳しく仕込まれた。
「兄上、いってらっしゃい」
「リオ、父上と母上を頼んだぞ」
エリオットと握手を交わし、扉の前に立った。
「それじゃあ、行ってきます」
俺は扉を開け、外の光を浴びる。
バルサバ領から学園のある王都までは、馬車で六日を要する。
大きな問題なく、のんびり馬車に揺られながら、予定通り王都に到着し、バルサバ家のタウンハウスに向かう。
「お待ちしておりました、ラトランド様」
執事と数名の使用人が出迎えてくれた。
「久しぶりだな。ローニー。部屋に案内してくれ」
「かしこまりました」
ローニーに案内された部屋は、二階の日当たりのいい部屋だった。掃除が行き届き、ベッドも整えられている。
「たった数日しか滞在しないのに、ありがとう」
「それが私どもの仕事でございます」
「いや、それでも感謝してるよ」
俺は礼儀を欠かさない主義だ。相手が誰であれ、それが俺のやり方だ。
「ラトランド様、従者のことですが・・・」
「ああ、従者や侍女は不要だ。数日だけだしね」
「かしこまりました」
ローニーはバルサバ家の親戚筋の執事で、タウンハウスの管理を任されている。普段は使用されない屋敷だが、彼と妻が維持している。
余裕を持たせた日程のため、数日間王都に滞在することになった。その間に、自分のやるべきことを確認する。
まずは学業に専念すること。
家督を継ぐためには、領民や家族を飢えさせないための知識が必要だ。自分の役割を見失ってはならない。
そして、「悪役令嬢」の動向に注視すること。
小説の中では辺境の地に飛ばされ、そこで冷遇されて自死に近い形で命を落とす。
流石にそんなことになっては目覚めが悪い。仮に俺のところに来ても暖かく迎えるつもりだが、そもそもそのような境遇にさせないことも大事だ。
これに関しては、どうやってその目標を達成するかはまだわからない。まずは、学園生活を充実させることを目指そう。
そして、入学式の日が訪れた。
「数日間、ありがとう。ローニーや皆さんのおかげで快適に過ごせました」
「こちらこそ、ラトランド様のご健勝をお祈りしております。また王都にお越しの際は、ぜひお立ち寄りください」
「ぜひ、そうさせてもらうよ。行ってきます」
俺はタウンハウスを後にし、学園へと向かうために馬車に乗り込む。
学園に近づくにつれ、馬車の数が増えていく。
本当ならこのくらいの距離は歩いていける。仮に誰かに襲われたとて、騎士じゃなければ撃退できるくらいの自信はある。
ただ、ローニーが「少なくとも王都にいる間は馬車を使って移動してください」と強くいうものだから馬車にしたが、間違ってはなかったらしい。
学園前で馬車を降り、衛兵に家紋を見せて門をくぐる。すでに多くの学生がおり、各々の交友関係を築いているようだ。いかんせん、辺境に住んでいて同年代がほとんどいなかったため、俺には友人と呼べる人はいない。
「よぅ。北の田舎から来たのはお前か?」
随分と馴れ馴れしく話しかけられたな、と声の方に向くと、3人の男子生徒がいた。
「ええ。バルサバ辺境伯長男、ラトランドと申します。以後、お見知りを」
俺が手を胸に当てる仕草をすると、それを馬鹿にしたように鼻で笑う3人。
「あら、バルサバ辺境伯のご子息ですか?」
今度は高い声が聞こえたので振り向くと、見た目麗しい女性が優雅に立っていた。
「私はハーツ公爵家長女、リクシアと申します。以後、お見知りおきを」
「バルサバ家長男、ラトランドと申します」
突然の主要人物の登場に、俺は戸惑いながらもきちんと挨拶をする。
「バルサバ領では優秀な騎士を輩出していると聞いておりますわ。これからいろんな話を聞かせてくださいね」
微笑んだリクシアに、俺は感動すら覚えた。彼女が悪役令嬢となり、俺のところに嫁いでくるとは、今の時点で想像がつかない。
「ところで、あなたたち、何か言うことがあるんじゃなくて?」
リクシアは、俺にちょっかいをかけていた男子生徒たちに目を向ける。
「い、いや、失礼しました!」
彼らは慌てて逃げていった。
「全く、礼儀のなっていない方々ですわ。バルサバ様も、身分を明かしてしまえばよかったのに」
「いえ、父からは『肩書きではなく力で勝負しろ』と教えられております。それに、バルサバ領は裕福ではありませんが、田舎であるのは事実です。それにこの学園では、身分の差を持ち込まぬために従者の同伴が禁じられていると聞いております」
緊張しながらも、俺は正直に答えた。
「リアに気安く声をかけるな」
突如響いた怒声に振り向くと、そこには怒りに燃える美貌の青年、第一王子ケビンが立っていた。
「あら、殿下。彼はバルサバ辺境伯のご子息よ。そのような態度はよろしくありませんわ」
「リアは俺の婚約者だ。勝手に声をかけてよい存在ではない」
「まあ。ですが、声をかけたのは私の方ですわ」
「それならリアもリアだ。見知らぬ男に気安く声をかけるなどはしたない。もっと俺の婚約者であることを自覚せよ」
吐き捨てるように言い残し、ケビンは俺を睨みつけたまま去っていった。
リクシアは申し訳なさそうに一礼し、その背中を追う。
その後、数人の教師が教室に入り、点呼が始まった。
先ほど声をかけてきたリーダー格の男子生徒の名前はダニエル・セラフィだということがわかった。小説にはその名前はなかったはずなので、大した人物ではないのだろう。
教師に導かれ、俺たちは講堂へ向かうことになった。講堂に入ると、上級生たちの温かい拍手で迎えられた。俺たちは順番に席につく。
式は滞りなく進行した。
この学園は王国の未来を担う者たちが集う場ため、国王陛下が臨席するのが恒例となっている。今年は第一王子が入学するため、彼にも言及した挨拶となった。
新入生代表はケビンだった。ケビンの挨拶は国王陛下と同様に立派で、さすが王族だと感心した。
入学式が終わり、先ほどの教師に連れられて教室に戻ると、教師が自己紹介をする。
「入学おめでとう。私はAクラス担当のマキシム・ブルックスだ。男爵の身だが、ここでは爵位は関係ない。皆、学年の中で上位に入る優秀な生徒は理解しているだろうが、念のため言っておく」
これまでは領地のことばかり考えて勉強してきたが、王都に来てからは自分の知らないことが多いと痛感している。既に学年内では交友関係が形成されているようだが、少しずつ馴染んでいく必要があるだろう。
「では、各自、自己紹介を始めようか」
「私からだ」
ケビンが立ち上がり、黒板の前に進んだ。率先して動くあたり、やはり王族らしい。
「第一王子、ケビンだ。この国を支える優秀な人材と出会えて光栄だ。王宮にいると聞いたことがない辺境の風習もあるだろう。幸い、このクラスには詳しい者もいるようなので、是非とも話を聞いてみたい」
ケビンは明らかに俺に皮肉を言っている。
無視するのもつまらないが、対立するのはもっと良くない。小説の主要人物に敵対するのは、すなわち死を意味する。ましてや相手はこの国の第一王子で、普通に考えれば次の国王となる人物だ。
俺はケビンの後に続いて席を立った。
「第一王子殿下、過分なご紹介をありがとうございます。北の辺境から来たラトランド・バルサバです。殿下や他の皆様と共に学べることを心より光栄に思います」
俺は胸に手を当てる。王都ではあまり見かけないだろうが、バルサバ領では一般的な挨拶だ。幼い頃から慣れ親しんだ最敬礼を、この場で最も力強く行った。ケビンがどう捉えるかはわからないが、特に気にすることもない。
俺が席に戻ると、リクシアが立ち上がった。
「皆様、ごきげんよう。リクシア・ハーツと申します。マキシム先生もおっしゃった通り、ここでは出身や爵位に関係なくお付き合いさせていただければと思います。どうかリクシアとお呼びくださいませ」
リクシアは優雅にカーテシーをし、教壇から降りた。彼女の挨拶は、ケビンと俺の間に漂っていた少し険悪な雰囲気を和らげ、ケビンの俺への挑発を巧みにかわした。
本当にできる女性だ、と俺は思った。なぜ彼女が婚約破棄される運命にあるのだろうか。この世界では、小説とは異なる結果が待っているのかもしれない。
そう考えているうちに、次の2人が自己紹介を終えた。
1人はマルセル・クロフォード。宰相の息子であり、小説ではケビンの親友かつサポート役を務める人物だ。もう1人はディアナ・ミステリア。彼女の家は侯爵家で、公爵ではないが王国に大きな影響力を持っている。彼女もまたリクシアの友人であり、小説の主要人物の1人だ。
他にも王子付きの侍女や騎士など、多くの学生がヒロインと関わる。
ケビンとの関係が若干不安だが、今後、どのような展開になるのか、興味が尽きない。今はその行く末を見守ることにしよう。
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