表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

9 隣人

 サヤカがリビングのソファでくつろいでいる。そのとき玄関のチャイムが鳴った。


「誰? 鍵忘れたの?」


 サヤカは玄関へと向かった。ドアを開けると中年女性が立っていた。腕に紙袋を下げ、両手で鍋を持っている。


「あら、どなた?」


 中年女性が言った。


「いや、こっちのセリフだよ。あんた誰」


 すぐさまサヤカが言い返した。


「あ、そうね。ごめんなさい。私は隣の花咲です。みんなには花ちゃんって呼ばれてるわ。作りすぎちゃったからおすそ分けにね」


 花咲はそう言って、鍋を少し持ち上げた。


「ど、どうも……」


 サヤカが受け取ろうとすると、花ちゃんはその手をかわし、サヤカの横をするりとすり抜けて家の中へと入っていった。


「お邪魔しまーす」

「え、あ、ちょっと!」


 花ちゃんはリビングを見渡しながらテーブルの上に鍋と紙袋を置いた。


「あら、今日は誰もいないのね。それに片付いてる。あなたが片付けたの?」

「ううん、来たときから片付いてた」

「そう、新入りさんが来るからみんなで片付けたのね」


 花ちゃんはそう言いながら紙袋からいくつかのタッパを出し、鍋をキッチンへと持っていく。そしてコンロに置き、火をつけた。慣れたようすで引き出しを開け、菜箸を取り出しそっとかき混ぜながら話す。


「トムがもうすぐ帰って来るでしょ? 温めておくわね」

「そこまでしなくても」

「ところであなたは誰なの? 新入りさんでしょ?」

「え、ああ、そう。あたしサヤカ」

「サヤカちゃんね。女の子が入るなんて珍しいわね」

「安いから」

「ここは良心的よね。女の子ひとりでも安心して、みんないい子よ」

「うん、知ってる」


 花ちゃんはサヤカを見て、少し小声で言う。


「あ、そうだわ。トムはね、すごくいい子なんだけどもう彼女がいるからね」

「は?」

「私が紹介したのよ。ナナミちゃんはトムより二つ年上なんだけど、面倒見のいい子だからトムみたいな子にはいいと思ったのよね」

「へえー」

「それで会わせてみたらまさに意気投合! あっという間につき合うことになって。もう私、嬉しくって!」


 花ちゃんはそう言って、満面の笑みを浮かべて笑った。サヤカはそのようすを冷めた表情をして見ていた。そのとき玄関の鍵が開く音がした。


「ただいまー!」


 トムの声だ。トムがリビングに顔を出した。


「いい匂いだね」

「おかえり」


 サヤカが言った。


「あら! おかえり、トム!」


 花ちゃんが笑顔でキッチンから顔を出す。


「あ! 花ちゃん! 来てたの?」

「お夕食にと思っておかず持って来たの」

「やったあ! ありがとう!」

「お腹空いたでしょ。手洗ってらっしゃい」

「はーい!」


 花ちゃんは棚から食器を取り出し、サヤカに向かって言う。


「サヤカちゃんも食べるでしょ?」

「え?」

「夕飯。もう食べちゃった?」

「いや、まだだけど」

「じゃあ、用意するわね。たくさんあるから心配しないで」

「え、あ、うん。ありがと」


 サヤカはキッチンへと行き、おかずの入った器をテーブルに運んだ。


「ありがと、助かるわ」


 サヤカと花ちゃんでテーブルをセッティングする。そこへトムが洗面所から戻ってくる。


「わあ、おいしそうだね」


 トムが料理を見て言う。トムとサヤカは向かい合って座り、食事を始める。花ちゃんはお茶を淹れて、二人のもとに持ってくる。


「はい、どうぞ」

「ありがとう。これすごくおいしいよ」


 トムが笑顔で言った。


「そう? よかった。ところでナナミちゃんとはどう?」

「うん、問題ないよ。それより仕事の方がね……」

「何かあったの?」


 サヤカが聞く。


「うん。今日ちょっとトラブルがあって――」

「待って、その前にナナミちゃんのこといいかしら?」


 花ちゃんが話を遮って言った。


「え、どうかしたの?」


 トムが不思議そうに花ちゃんを見る。


「二人って付き合って1年近くなるじゃない?」

「うん」

「もうすぐナナミちゃん誕生日じゃない?」

「ああ、そうだったね」

「何か特別なことするってのはどうかしら?」

「特別?」


 サヤカは黙々と食事をしながら話す二人のようすを見つめていた。


「みんなで踊って騒ぐ盛大なパーティ的な? それも楽しそうだね!」


 トムが笑みを浮かべて言う。


「違う違う! もっとこう……ロマンティックな、ね?」

「ロマンティック……」

「ほら、あるでしょ?」


 トムは宙を見て考えている。サヤカは冷めた目で見つめている。


「ねえ、サヤカちゃん」


 花ちゃんは加勢しろと言わんばかりにサヤカに話を振ってきた。


「さあね」

「あらやだ。サヤカちゃんもわからないの? ほら、憧れのあれ! サヤカちゃんも憧れてるはずよ」


 サヤカは大きくため息をついた。


「あのさ、まずそのサヤカちゃんってのやめてくんない?」

「え? サヤカちゃんでしょ? あ、サヤちゃんがいい? それともサーちゃん? サっちゃん?」

「いや、ちゃんをやめろよ」

「え? あ、ちゃんがだめなの!?」

「やだよ、ガキじゃないんだから。それにトムには何もつけないじゃん。でもナナミにはちゃん付け。それって女だからだろ? そういうのやなんだよね」

「そうなの? そういうもの?」


 花ちゃんは不思議そうにトムを見る。


「そういうものかはわかんないけど、サヤカが嫌なことなのはたしかそう。サヤカって呼べばいいんだよ」


 トムが答える。


「そう? かわいいと思ったのに……」

「そういうのがやなんだよ。って言ってもわかんないか。まあ、わかんなくても別にいいや。とにかく付けないでくれれば」

「そう……わかったわ」

「それから、二人のことにあんま口はさまない方がいいよ」

「そうなんだけど気になっちゃって。私、世話焼くのが好きだから。二人のことも大好きだし、幸せになってほしいじゃない?」


 花ちゃんはにこにこと笑って言った。


「タイミングってのがあんだよ。それを考えもせず横からグイグイ押し付けんなって言ってんだよ!」


 サヤカが声を荒げて言った。驚いた花ちゃんとトムが目を丸くしてサヤカを見る。


「トム、この人に何を言われようとあんたの人生だよ。遠慮なんかすんなよ。あんたの好きなタイミングで行動しなよ。ごちそうさま」


 サヤカはそう言って、リビングを出ていった。トムと花ちゃんは黙ったままサヤカを目で追った。


「何か怒らせちゃったみたい。ごめんなさいね」

「ううん、僕は平気。でも、どうしたんだろ……」


 二人は気まずそうに見つめ合い、花ちゃんが立ち上がる。


「じゃ、じゃあ、私そろそろ帰るわね。お鍋にまだまだあるからみんなで食べてね」

「え、あ、ありがとう。みんなも喜ぶよ」


 花ちゃんは手を振りながら帰っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ