7 戸惑い
サヤカが伸びをしながらリビングに入ってくる。
「おはよう。いい匂いじゃん。あんた体調はどうなの?」
サヤカはそう言って、アユムを見た。
「え? あ、もう大丈夫です」
「そっか、ならよかった」
サヤカはキッチンへと向かい、カップ麺にお湯を注いで持ってくる。
「女性もいるんですね。もしかしてあなたが新しい入居者の人ですか?」
アユムが聞いた。
「そう。あたしサヤカ」
「アユムです」
「あいつはまだ寝てんのか?」
カケルがそう言って、サヤカを見た。
「うん、昨日疲れてそうだったから9時くらいまで起きないんじゃない?」
「無責任なやつだな」
サヤカは苦笑いを浮かべる。そしてアユムを見て言う。
「あんたいつ帰る? あたしこれ食べたら仕事行くけど、一緒に出る? 駅まで送るよ?」
「えっと……先輩にお礼を言ってから帰ろうかと」
「いつ起きるかわかんないよ? 予定ないの?」
アユムが少し考える。
「叩き起こせよ」
カケルが言う。
「かわいそうじゃん」
サヤカが言う。アユムが遠慮がちに言う。
「実は学校が……」
「あんた学生?」
「はい」
「じゃあ、帰りな。礼なら伝えとくからさ」
サヤカはそう言って、ラーメンを勢いよくすすり、あっという間に食べてしまった。そしてバタバタと準備をする。そこにトムも起きてくる。
「おはよう」
「おはようございます」
アユムがあいさつする。トムは微笑んでアユムを見る。
「大丈夫そうだね。よかった。カケルもおかえりー」
そう言いながら、風呂場へと歩いていった。バタバタと階段を下りる音が聞こえ、サヤカがリビングを覗くように顔を出してアユムに声をかける。
「準備できたよ。行ける?」
「はい、大丈夫です」
アユムは椅子から立ち上がり、サヤカのもとに歩いていく。入り口付近で振り返り、カケルに会釈しながら言う。
「ごちそうさまでした。あの……また来ていいですか?」
「え? 俺に聞くなよ」
「だめですか?」
アユムは残念そうな顔をする。
「来たいならいつでも来な。行くよ!」
サヤカはそう言って、玄関に向かった。アユムはサヤカを気にしながらも、カケルの方を見ている。
「好きにすればいい」
カケルがそう言うと、アユムは満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます! また来ます!」
そう言って、玄関に走っていく。
「変なやつ……」
カケルはそうつぶやいて、空の皿をキッチンへと持っていった。
サヤカがバイクにまたがり、家の前で待っている。
「乗りな」
アユムはバイクの後ろにまたがり、サヤカの腰につかまった。
「しっかりつかまってな。行くよ!」
サヤカはバイクを走らせた。そしてあっという間に駅に到着。アユムはバイクから降りる。
「ありがとうございました。かっこいいですね」
「だろ!? ブルーかイエローで迷ったんだけど、イエローにしてよかったよ!」
「いや、バイクもですけど、サヤカさんが」
「え? あたし?」
「うん、何か、かっこいい!」
「何だよ、照れんじゃん!」
サヤカはそう言って、笑った。
「それじゃ、気をつけて帰んなよ」
「はい」
サヤカはアユムに手を振り、バイクで走り去っていった。
カケルがキッチンで食器を洗っている。その横でトムが食パンにピーナッツバターをぬっている。
「アユムくんに好かれたんだね。何話したの?」
「べつに。チャーハン食べただけだ。あいつが炒めたやつ」
「ふーん。同じ釜の飯を食べた仲ってやつ?」
「ミツキが俺たちのこと話してたみたいだ。だからじゃないか?」
「そうなんだ。何話したんだろ?」
「さあな」
「でも好かれるってことはきっとカケルを良く言ってるんだね」
「どうだろうな。まあ、何でもいいけどな。気になるならミツキに聞いてみるんだな」
「そうだね。あ、そうだ! 今度の土曜にデモあるんだけど空いてる?」
「土曜……いや、無理だ」
「ええ!? 何で!?」
「飲み会」
「ええー! キャンセルしてよー!」
「もう無理だ」
「うーん……」
トムが不満そうな顔をする。トムはピーナッツバターサンドをリュックサックに入れて家を出た。しばらくしてミツキがリビングに降りてきた。ソファに腰を掛けていたカケルがミツキに気づき声をかける。
「起きたのか。あいつは帰ったぞ。えーっと、何て言ったかな……」
「アユム?」
「ああ、そう」
「そっか。寝すぎちゃったな」
「昨日、そんなに遅かったのか?」
「そうでもない」
カケルは眉をひそめてミツキを見る。ミツキは少し話しづらそうに話しだした。
「ちょっといい?」
「何だ?」
「俺、いつも女性と付き合ってきたんだ」
「ふーん」
「女性を好きなってた」
「だから? 急に何の告白なんだよ」
「昨日、キスされたんだ。彼に」
「彼? アユムか?」
「うん」
「急に?」
「うん」
「犯罪だな」
「そう……そうなんだけど……。驚いたんだ」
「そら驚くだろ」
「彼、酔ってたし」
「関係ないな。酔ってたからって許されるわけじゃない」
「うん、そうなんだけど……」
「何だ。はっきりしないな」
「嫌じゃなかったんだ……」
「はあ?」
「昨日からアユムが頭から離れなくて」
ミツキはそう言って、視線を落とした。カケルはミツキをじっと見つめて、小さくため息をつく。
「好きになったってことか?」
「わからない。でも、今までそんなことなかったし」
「出会いがなかっただけだろ」
「カケルは? カケルはそういう――あ……」
「ないな」
「だよね」
「でも、異性愛者なんかそんなもんじゃないのか? 同性愛者とかと違って自分の性指向について深く考えたことある奴なんてまあいないだろ。だから思い込みや偏見がなければ気づくことだって起こりえる」
「そっか。たしかに考えたことないな……」
ミツキはそう言って視線を落とす。カケルは話を続ける。
「まあ、初めてだと雰囲気にのまれたっていう勘違いもある。あとは自分と向き合うしかないな」
「そっか、そうだね。ありがとう、カケル」
「べつに」
カケルは自分の部屋へと帰っていった。ミツキは静かにソファにもたれて天井を見上げる。




