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3 新しい入居者

 女は軽く会釈して言った。


「あたし鬼勢彩夏キセ サヤカ。今日から301に住むからよろしく」

「え? ええ!? ちょ、ちょっと待っててください」


 ミツキは驚いて中へと入っていき、椅子に腰かけるケイゴのもとへ走っていく。


「ケイゴさん! 新しい入居者って女性の方!?」

「ああ、そうだぞ。言ってなかったっけ?」

「聞いてませんよ。ここ男性用じゃないんですか? 大丈夫なんですか?」

「そんな決まりはないぞ? 募集かけたら自然と男ばっかり集まったってだけだ」

「そうなんですか……。でも彼女は男ばっかりだって知ってるんですか?」

「ああ、もちろん。はじめに言ったぞ? でもいいって言うからさ」

「そ、そうなんですか……」

「嫌か? 女」

「え? いえ、そういうわけでは。彼女が嫌じゃないのかなって気になっただけです」


 ドスンっと音がして、ミツキが振り返るとサヤカがリビングに入っており、持っていたボストンバックを床に置いていた。


「ごめん、入っちゃった。このカバン、重いんだよね」


 サヤカはそう言って、足元に置いたボストンバックを軽く蹴る。


「あ、すみません。待たせてしまって。ちょっと予想外のできごとだったのでびっくりしてしまって……。どうぞ、よかったら座ってください。お茶淹れます」


 ミツキはそう言って、ソファに手を差し出した。


「ありがと」


 サヤカはそう言ってソファに勢いよく座った。ミツキが麦茶をグラスに注いで、サヤカの前に置いた。ケイゴがサヤカを見て声をかける。


「ちょっと着くの早くないか? 昼過ぎって言ってたろ」

「ああ、引っ越しのトラック頼んだんだけどさあ、昼過ぎにこっちに着くって言うからそれまでに着いとかなきゃってなったわけ」


 サヤカはそう言って、麦茶をグイっと飲み干した。


「そうだったのか」

「それで、あんた名前は? まだ聞いてないんだけど」


 サヤカがそう言って、ミツキを見た。


「あ、そうでしたね。紫藤充希シドウ ミツキです」

「ねえ、それやめない?」

「え?」

「敬語。これから一緒に暮らすんだから堅苦しいよ。だいたい、あたしら同じ年くらいでしょ?」

「22で……。あ、いや、俺は22」

「22? タメじゃん!」


 サヤカはそう言って微笑んだ。


「俺40!」

「ふーん。聞いてない」

「つめてえな。ま、いいけどさ。それよりミツキ、時間いいのか?」


 ケイゴはそう言って、ミツキを見る。ミツキは慌てて時計を見る。時計の針は11時20分を指している。


「やばい! じゃあ俺、行きますね!」

「おう! あとは任せろ!」


 ケイゴが軽く手を上げる。ミツキは鞄を持ち、慌てて出ていった。


「よし、それじゃあ部屋に案内するよ」


 ケイゴが立ち上がりながら言い、サヤカもソファから立ち、ボストンバックを持ち上げる。それを見たケイゴが片手を差し出して声をかける。


「重そうだな、持とうか?」

「いい、平気」

「力持ちなんだな」

「当然。これくらい持てないと現場でやってらんないよ」

「あ、そうか。仕事、建設だっけ」

「そう」

「そりゃ、力持ちなわけだ」


 ケイゴはそう言って、階段を上がっていく。サヤカもその後をついて上がった。ケイゴは部屋の扉を開け、中へ入る。


「はい、ここが301号室ね。で、隣が302で、俺の部屋」

「え? あんたも住んでんの?」

「いいや、別荘みたいに使ってるだけだ。遊びに来て、帰るの面倒になったときに泊まるためにな」

「へえー」

「だから基本はこの階はサヤカひとりだ。どうだ、テラスもあっていいだろ?」


 サヤカは部屋に入り、ボストンバックを床に置き、窓を開け、外を見る。


「うん、いいじゃん」

「ほい、これが鍵だ。ひとつが家の鍵、もうひとつが部屋の鍵だ」

「了解。ねえ、他の住人のこと聞いてもいい?」

「ああ、そうだな。まず、さっき会ったのが201のミツキ、レストランのキッチンで働いてるよ。202は緑河斗夢ミドリカワ トムって言って、近所のスーパーで働いてるぞ。えっと……チアフルっつったかな?」

「ああ、駅前の? 来るときに見たよ」

「そうそう! あとは203の久龍翔クリュウ カケル、トラックの運転手だ。夕方から出勤で朝方帰って来るから今は寝てるけどな。あんま顔合わすことはねえんじゃないかな」

「へえ……。あ、そういえば、玄関のレインボーフラッグはあんたが置いたの?」

「ああ。いいだろ!」

「うん、いい感じ」


 サヤカはそう言って笑みを浮かべる。そして話を続ける。


「あともうひとつ聞きたいんだけど、募集にLGBT歓迎ってあったってことは、ここの住人は理解あるってことだよね?」

「ああ、そうだな。俺がゲイだってことみんな知ってるけど嫌な思いしたことはねえな」

「そっか」

「俺は近所にも公表してるけどとくに不愉快な思いはしてないぞ。まあ、これでもかってほど愛想よくしてっけどな」

「気遣ってんだ」

「まあな」

「厄介だよね。普通に生活したいだけなのにゲイってだけで必要以上に愛想よくしなきゃだめとかさ」

「まあ、俺が勝手にしてるだけだけどな」

「不安だからだろ? 好かれとかないと」

「ま、まあな……鋭いな」

「わかるよ。あたしもレズビアンだから」

「そうか。まあ、そんな気はしてたけどな」

「そうなんだ。でもあたしは無駄に気を遣ったりはしない。それはあたしじゃないから」

「そうか、それでいいと思うぜ」


 二人は軽く微笑み合った。


「ところでここのやつはみんな当事者なの?」

「それは本人に聞いてくれ。俺からは何も言えねえな」

「そっか、だよね。わかった、ありがとう」


 そのとき玄関のチャイムが鳴った。


「あ、来た!」


 サヤカはそう言って、階段を駆け下りていく。


「気をつけろよー」


 ケイゴはそう言いながら、後をついて階段を降りていく。サヤカが玄関の扉を開けると、数人の配達員が立っていた。


「こんにちはー! ステラ引越センターです!」


 先頭の配達員がさわやかな笑顔を浮かべて言った。


「はーい、お願いしまーす」


 サヤカはそう言って、玄関の扉を全開にして固定する。


「では、失礼します」


 配達員たちが家具や段ボールを次々と部屋に運んでいく。ケイゴはリビングの椅子に座り、サヤカが配達員に指示をだしているようすをぼんやりと眺めていた。

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