雑貨店に鬼灯そして虎
僕は幽玄荘の住民虎原 零さんの働いているお店を目指して歩いていた。
一応、入学式の時に姉が行った店だ。大丈夫なはず。
僕は緊張しながら歩いていた。胸がどくどく鳴っていた。
店の前に着く、雑居ビルの一角。
そこは怪しい雰囲気を放ちつつも一応ショウウィンドウのあるお店だった。
ただ色とりどりのアクセサリーや飾り物で中はよく見えなかった。
扉には「OPEN」と書かれた札が下がっていた。
僕は意を決して、扉を開けた。
扉を開けるとほのかに線香のような匂いがした。
店の中は少し暗く、ランプの暖かな光が店内をやさしく照らし、店のアクセサリー類もその光を反射してキラキラ輝いていた。
「いらっしゃいませー、げっ」
店の奥から赤と黒のチャイナ服を着た零さんが屈みながら出てきた。金と黒が混ざった髪色、金の瞳、その頭には虎耳があった。
身長も高く筋肉質な身体なのに虎耳を付けていた。
「零さん、お客さま相手に〈げ〉とか言うんじゃありません。いらっしゃいませ、何かお探しでしょうか」
零さんの後ろから白い髪で白い服を着た人が出てきた。
「あ、いえ、買い物ではなくそこの人に会いにきただけで」僕は零さんを指差した。
「その顔…昨日きたお嬢さんのご家族の方でしょうか」
「は…はい天野 奏です。昨日は姉がお世話になりました。」僕は会釈をした。
零さんは後ろで落ち着かなさそうにしている。
よく見ると虎のような縞模様の尻尾が後ろで激しく揺れていた。耳も伏せている。
「そうでしたか、道理で似ているわけですね。
挨拶が遅れました。私は酸漿 糸遊、ここで雑貨店を営んでおります。こちらは、従業員の虎原零さんです。」白髪の人がニコリと笑う。
「よろしくお願いしますい…いと…ゆ…ゆ」
「名前が読みづらいのでシユウと呼んでくださってかいませんよ。他の方もそう呼んでおりますので」シユウさんがニコリと笑う
「で…ではシユウさん。よろしくお願いします」
「えぇ、こちらこそ。ところで零さんの顔だけ見て帰るのもなんですし、少し話しませんか?丁度店の方も誰もいませんし。」シユウさんは店の中と外を見ながら言った。
「はい、ではお言葉に甘えまして」
「では、こちらにどうぞ。零さん、お茶を淹れてきてくれませんか?」
「はい、わかりました」零さんが耳を伏せたまま店の裏と消えていく。
シユウさんは奥の椅子へ僕を案内した。
「まず、零さんに会いにきたと仰っていましたが、貴方はもしかして幽玄荘の住民でしょうか?」
「はい。僕は今幽玄荘に住んでいます」
「そうですか…変な質問にはなりますが、貴方は普通の人間でしょうか?」
「普通の人間とは…」
「そうですねぇ…今まで怪物や怪奇現象にあまり遭遇せず、日常を過ごしてきた人間といったところでしょうか」
怪物や怪奇現象…僕は今までの人生とここ何週間かの暮らしを思い浮かべる
「その言い分で考えますと僕は普通の人間です。」
「そうでしたか…奏さん、あそこの住民の皆さん少し変わっているでしょう?」
「…確かに変わってますね。」
「貴方があまりにも平然としていたのでてっきり、貴方も訳ありかと…疑ってしまって申し訳ありません。」シユウさんが謝る
「いえ…最初は戸惑いましたが今はもう慣れてしまいました」あの奇妙な住民たちも暮らしていくうちに慣れてきた。多分桜木さんの影響が大きいと思う。
丁度その時、零さんがお茶が入った盆を持ってきた。
お茶が入った陶器製の器が置かれる。
中は緑茶だった。
零さんの耳は伏せたままだった。尻尾も揺れている
「ところで…零さんの耳と尻尾すごいですね…本物のように揺れて」零さんはビクッとした様子でぎこちない動きでこちらを見る。尻尾と耳が立っている
「ええ、すごいでしょう。脳波で動くつけ耳と尻尾なんです。ハイテクでしょう?」笑顔でシユウさんが答える。後ろで零さんがコクコク頷いている。
「ところで、なんで虎耳と尻尾をつけて働かせているんですか?」
零さんが何か言いたげに口を開こうとした時、シユウさんが重ねるように言った
「私の趣味です。」
「……あぁ…」零さんが膝から崩れ落ちる
耳も尻尾も垂れている、まるで本物のように。
「零さんの髪色が虎さんのようでしたので、虎耳と尻尾をつけて働かせているんです。そ・れ・に虎耳尻尾をつけて恥ずかしがりながら働く顔も可愛らしくて…可愛らしくて…」
シユウさんがうっとりとした様子で笑いながら顔を伏せる
「酸漿さん…なんて事言うんですか…」
零さんが座り込んだまま俯く、顔が赤い。
大の大人が、自身より身長が高い大人に虎耳尻尾をつけて可愛らしいと顔を緩める光景を見て、僕は背筋に寒気が走った気がした。
僕は急いでお茶を飲み立ち上がった。
「僕は、帰ります。お茶ありがとうございました。」僕は慌てて店を出て、逃げるように走り去っていった。
「嗚呼、少しからかいすぎましたかね?」
奏さんが出ていく様を見送りながら私はクスリと笑った。
「酸漿さん!?なんであんな事言ったんですか!?」
零さんが耳と尻尾を立たせながら立ち上がる。
その毛は逆立っていた。
「そうですねぇ…貴方のその反応が見たかったからですね」私はニコリと笑った。
「酸漿さん…出会った頃からそうやってオレのこと揶揄うんですか…」
「うーん、貴方の事情を知った上で…貴方の反応が可愛らしいからでしょうか?虎さん?」
膝からまた崩れ落ち机に突っ伏す彼を見て私はニコリと笑った。
虎原零は人間ではない。いえ、少しは人間ですね
彼は人虎…ウェアタイガー。
今生えている耳も尻尾も自前のもの。
髪で隠してはいますが…今の彼には人間耳があるべき場所に耳はなくあるのは頭の虎耳だけ。
「ところで…彼が今朝言っていた少年でしょうか?」
「そうっす…」机に突っ伏したまま零さんが答える
「私には分かりませんが…犬臭いですか、出会った頃ならまだしも最近そんなことはありませんでしたよね?衝動的に爪を研ごうとすることも、傷つけることも」
彼は机からずり落ちまた、膝を抱えて座り込んでしまった。
「以前、言いましたよね?虎としての己を受け止めよと…」
「ハハ…そうでしたね…」
「最近…人間であろうとしていますよね、あの少年が来たからですか?」返事はないただどんどん萎んで力なく垂れ下がっていく耳と尻尾は正直だ。図星なのでしょう。
最近の零さんは、無意識のうちに猫のような行動をする。商品のサンキャッチャーやモビールが揺れると目で追ったり、掃除中も目の前に止まった鳥をキラキラした目で見て狩ろうとしたり…朝の一件も、おそらく彼なりに我慢したつもりでしょうが…気持ちを晴らすために衝動的に壁に爪を立て、止めようとした桜木さんに怒り、爪を立てしまったのでしょう。
恐らく嗅覚も人間より鋭いのでしょう。
これではまるで出会った頃の不安定な零さんだ。
人とも虎ともつかず、人の姿が安定せず、行動も獣じみた…
「あの骨董品店の彼にも聞いてみようとしますかねぇ」私は呟きながら、店を出た。
店の札をひっくり返し、「close」にする。
「零さん、今日は店じまいです。帰ってしまってかまいません。」私はニコリと落ち込む零さんに話しかけた。驚いた様子の彼を見る。
「急用ができました。」
私はなんとか彼を立たせて、不服そうな彼の体を押してなんとか帰らせた。
裏口の扉が閉まった後、私はスマートフォンを懐から取り出した。
ある番号にかける。
「お久しぶりです、ブランさんはまだそちらにいらっしゃいますか…えぇ、少し彼をお借りしたいのですが…はい閉店後ですね。かしこまりました。では後ほどそちらに伺いますね」
私はスマートフォンを懐にしまい店仕舞いをした後、駅へと向かって歩き出した。




