幕間 違反と尻尾
桜が咲き 天気は晴れ 今日は入学式という晴れ舞台だった。
1-A教室
俺、夜式 来常はSHRの時点で教室に取り残されていた。
おそらく服装違反の件だろう。
入学前にできたダチの天野奏が教室を出ていく。
俺の目の前には、笑顔の担任の小暮が立っていた。
「夜式さん…なぜ先程から目を合わせないのですか?」
小暮が目を見開きこちらを見る。
獲物を狩る捕食者のような鋭い眼差しだ。
怖い。
俺はパーカーのフードを強く握りしめた。
先生が呟く。
「苔と土の匂い…コイツじゃないな…」
「え…」
俺はその発言を聞き取り、思わずフードから手を離してしまった。
小暮先生がそれを見逃さずフードを剥ぎ取る。
ミミが空気に触れる。
「やはり、そうでしたか。」
小暮がニヤリと笑う。
しまったと思い俺は咄嗟に頭を隠した。
「名前は体を表すとは言いますがここまで露骨とは…」今日出会ったばかりの担任の小暮先生が俺の頭のそばで囁く
音を拾おうとし、白い三角形の耳がピクピク動く
「夜式さん、あなた耳が出てますよ、動揺したのでしょうか?瞳も赤くなってますよ?」
「!!」
「今度は尻尾もですか、全く化けるのが下手な小狐ですねぇ…」小暮が呆れた様子でこちらを見る
俺は慌てて後ろを見た。
腰のあたりで先っぽが真紅に染まっている白い尻尾が揺れていた。
俺は慌ててフードを被り直した。
きっと、髪の色も元の白髪に戻っている。
「先生、なんで俺が狐だって、分かったんですか?」俺はフードの隙間から小暮の顔を覗き込んだ。
小暮は呆れた目でこちらを見ていた。
「まずは、その耳と尻尾をしまいましょうか。夜式 キツネさん? 」
「それができたらとっくにやっている…」
耳と尻尾がへにゃりと力なく垂れる。
動揺するあまり、上手く変化ができない。
「そのためのパーカーですか…全く、同族として恥ずかしい。」
ど う ぞ く ?耳がピクリと動く。
「えぇ、私は貴方と同じ種族ですよ。」
だから分かったのだろうか?ただ目の前にいる教師はどう見ても人間である。
「なら、証拠を見せろよ」
俺は小暮を睨みつけた。
「はぁ…仕方がないですね」
呆れた様子で小暮が眼鏡を外す。
小暮の目が茶褐色から橙色に染まる。
丸かった瞳孔は縦長になり、頭には紅葉色の三角の耳がひょっこり出る。それはすぐに引っ込み、小暮は眼鏡を掛け直した。
「これで信じてもらえましたか?」
「お、おう。」俺は目を逸らしたが尻尾は正直でぶんぶん揺れる。
「同族に会えた嬉しさのあまり尻尾を振って、まるで犬ですね…とりあえず落ち着き次第、人間に化け直してください。そうそう式典中、パーカーは脱いでください。」
「えーまじか…」
「そのくらいは我慢してください。」
さてと、と小暮はもう一人の生徒の元へ移動した。
「先ほどのやりとりを見てますよね?
どうして驚いていないのでしょうか?」
切り揃えられた黒髪の生徒がビクッと震える
頭の右脇に生えている角張った渦巻き状のアホ毛が揺れる。
「深海 探さん?」
小暮がその生徒の顔を覗き込む。
「獣臭い正体はお前か」ボソリとものすごく小さな声で呟く。
小暮がその生徒の首元に指をかけた。
「襟でで隠れているからバレないと思いましたか?」
チャリという音と共に金属プレート付きの青いチョーカーのようなものがちらりと見えた。
「入学式にアクセサリーを付けてくるとは肝が据わってますね」
「離せよ」 グルルと深海は唸り声を上げた。
パッと小暮は首から指を離した。
「とりあえず、深海さんも式典中それを外してくださいね。」
深海が渋々、それを外す。
ゴトっという音と共に机の上に置かれたもの。
チョーカーのではなくそれは犬用の首輪であった。
金属製の名札プレートが付いていた。
「深海さんは犬でしたか。道理で驚かなかったのですね」小暮がにこりと笑う
「オレは人間だ!!」深海が歯を食いしばって唸る
それに反して深海の耳には黒い毛が生え形が変わっていく、腰のあたりからも立派なフサフサの黒い尻尾が飛び出ていた。
小暮が呆れた様子でため息をつく。
俺も呆れてため息をついた。 この事態を起こした教師に対して。
「深海さん、耳と尻尾が出ていますよ。」
ハッとした顔で深海が己の姿を見る徐々に顔が青くなっていく。
「とりあえず、深海さんも耳と尻尾をしまいましょうか」
「それができたらとっくにやっている」
学ランの上着を頭にかぶせて深海は呟いた。
尻尾は足の間に挟まっていた。
「全く、困った子達ですね」
この時おそらく俺たちは同じことを内心思っただろう
お前が言うな。
「とりあえず、二人は耳と尻尾をしまってから体育館に来てくださいね。入学式の入場に間に合うよう頑張ってください」
小暮が教室から出ていく
俺は既にアイツのことが少し嫌いになり始めていた。
ただこの騒ぎで少し俺は少し落ち着いていた。
俺は立ち上がり、深呼吸をして手を合わせ、目を閉じ、集中した。
落ち着け、落ち着け、今の俺は人間…人間…ただの男子高校生 夜式来常だ…
耳や尻尾が引っ込む感覚がある。俺は目を開き
後ろを見て頭を触った。よし、人間になっている。
俺は体育館に向かうためパーカーを脱ぐ。
あとは式が終わるまで耳や尻尾を出さないよう我慢をするだけだ。
我慢我慢我慢我慢…
我慢と呟く俺の隣に気がついたら深海が隣にいた。
白目がちの鋭い目がコチラをじっと見ている
「な…なんだよ」
「…恥をしのんでお願いがある…オレの耳元である言葉を囁いてくれないか?」
「はぁ?」 なんだそれは
「普段はこの程度なら戻れる…だが…今は戻れなくてな…」恥ずかしそうに顔を逸らす
確かにその気持ちは分かる。俺はため息をつき深海を見た
「それで、なんて言えばいいんだ?」
「それは-」
深海が言った言葉は単純なものだった。
俺は深海の黒い毛に覆われた犬耳の近くに顔を寄せた。
耳がくすぐったそうに震える。
俺は深海に囁いた。
「探。人間になれ」
俺は我慢とひたすら呟きながら体育館へと向かって歩いていた。その後ろを深海が歩く。
深海の体には耳や尻尾は生えていなかった。
俺たちはお互い目を合わせず、気まずそうな雰囲気のなか体育館へと向け、少し早足で歩いていった。
彼らの正体を天野少年が知るのはまだ先の話。




