カストル、婚活居候する
迫り来る剣とナイフを前に、カストルは両手を大げさに挙げて尻餅をついた。
「待て待て待てぇい! 落ち着けいうのに! 刺客がこんなキラキラ光りながら登場するかい! ワシはただのユニコーンじゃ! 嫁を探しに来ただけなんじゃ!!」
大パニックで両手を挙げるカストルに、父親は剣の先を突きつけたまま低く問う。
「……嫁、だと?」
「そうじゃ! 男しか生まれん里から放り出されて、街道で嫁探ししとったんじゃ! ツノを削られそうになったけえ人間に化けただけじゃ! 頼むけえ殺さんといてくれえ!!」
必死にまくし立てる情けないカストルの姿に、先ほどまでの緊張感は跡形もなく消え去り、庭に張り詰めていた空気が、一気に緩んだ。
エルダはすっと構えを解いて手を緩めると、冷ややかな目でカストルを見つめた。
「……つまり、私を『嫁』にするために、あざとくついて来たってこと?」
「あらぁ! じゃあアナタ、人間に化けられるくらい高貴で強いユニコーンなのね! 素晴らしいわ、ツノだけじゃなくて生き血も薬になるのかしら?」
いつの間に現れたのか、ノコギリを握りしめた母親が目を輝かせて会話に割って入ってきた。カストルは心の中で頭を抱える。
(ババア!! 話を聞けババア!! 血って……増えとるじゃないか!!???)
カストルは両手を広げ、ヤケクソ気味に叫んだ。
「血もツノも絶対やらん! その代わり、置いてもらえるなら家事でも薪割りでも何でもしたるけえ!」
必死すぎる「家政夫アピール」に、父親がピタリと動きを止める。
「それになぁ! ワシの嫁になりゃあ、この世界一の美貌とユニコーンが毎日見放題触り放題じゃで!? どえらいお得じゃろ!!」
ドヤ顔でイケメンアピールを重ねるカストルに、父親は呆れたように剣を鞘へ収めた。
「……ふむ。家事と庭仕事、それに薪割りをこなす体力があるなら、働き手としておいてやってもいいか」
「あら、血はダメなの? 残念ねぇ……でも、イケメンな男手が増えるなら家が華やかになっていいかしら」
少し残念そうにノコギリを下げる母親の一言に冷や汗を流しつつ、カストルはチラリとエルダを見た。
彼女は腕を組み、相変わらず冷ややかな目でカストルをじっと見つめている。
「私は別に、あなたの顔にも馬の姿にも惹かれないけれど……。まあいいわ。変なマネをしたらその瞬間に斬るから。あなたは好きに薪でも割っていれば?」
カストルは自分を「ただの馬(邪魔な存在)」として冷たく見下すエルダの瞳を見返した。
(なんじゃこの女……ワシの神聖な威光も、国宝級の美貌も、一切通用しとらん……!媚びもへつらいもせん……)
――背筋に、ぞくりと甘い震えが走る。
(……ええやん。そがあな冷めた目でワシを見る女、生まれて初めてじゃわ……!)
(……って、待てよ。「顔にも惹かれん」じゃと!? ワシの最大の武器が全否定されとるじゃないか!! どがんしてこの女を虜にすりゃあええんじゃあああ!!)
こうして、カストルは角を狙われる命の危機をすんでのところで回避し、「家政夫兼・婚活居候」としてエルダの家に転がり込むことに成功した。
――しばらくして庭に出されたカストルは、シャツの襟元を少しだけはだけさせ、ドヤ顔で重い斧を担ぎ上げた。
(ふふん、見とれよエルダ! 薪割りと言えば、男の筋肉をアピールする絶好の機会! ワシの汗ばむ肉体美にメロメロにならん女はおらんけえの!)
狙いを定め、一気に斧を振り下ろす――!
ズドオン!!
見事に薪が真っ二つに割れた。完璧な一撃に「どうじゃ!」と言わんばかりに額の汗を拭い、流し目を送るカストル。
だが、横で腕を組んでいたエルダは、冷めた口調でポツリと告げた。
「……甘いわね」
「はあ!?」
エルダはカストルから斧をひょいと奪いとり、軸を一切ブレさせずに振り下ろすと、薪は寸分の狂いもなく二つに割れた。
「体に無駄な力が入ってるわ。体幹はいいのに扱いが素人ね。……はい、あと三十束。日暮れまでに終わらせて」
突っ返された斧を受け取りながら、カストルは脳内で盛大に絶叫した。
(なんなんこの女ああああ!!?? 斧の一振りで技量を見極めてくるんじゃねえわ! ワシは筋肉美を見せつけとるんじゃ! 薪割りの師匠になってほしいわけじゃないんじゃ!!)
打ちひしがれるカストルの肩を、厳格な面構えをした父親がポンと叩いた。
そして木剣を差し出してくる。
「カストルよ、我が娘エルダはな……剣一本で己の道を切り開くような、本当に強い男を好むのだ」
(おやじ殿……! 早くそれを言いんさいや! なんじゃ、最初から「強い男が好き」と分かっとるんなら話は早いわい! つまりワシが本気を出せばええんじゃな)
一瞬でドヤ顔を取り戻したカストルは、キリッと表情を作り直して木剣を受け取った。
「フッ……お父上。エルダ殿の愛を勝ち取れるというのなら、この身を捧げる覚悟です」
(よっしゃああ! 元騎士の義父(予定)を軽くあしらって、「お主、やるな……」と言わせてやるけぇの!)
――そして、一時間後。
バキィツ!!
「甘い! 足さばきは一級品だが、人間に化けているせいで重心の位置を勘違いしている!
剣の振りに気迫が籠もっておらんぞ!」
容赦なく振り下ろされた一撃が叩き込まれ、カストルは派手な音を立てて地面へめり込んだ。
庭の真ん中で、ズタボロになって転がるカストル。
「ぐふっ……!?」
(痛ええええ! なんじゃこの馬鹿力、クソジジイ!! 元騎士ゆうが現役より強いじゃろ絶対! 死ぬ! 婚活で命落とす男がどこにおるんじゃい!!)
その泥まみれの姿を、冷たい茶を飲みながらエルダが見下ろしている。
「お父さん、もうやめなさいよ。その人、顔をかばうのに必死で剣筋がガタガタじゃない。いくら力があっても、身体の使い方ができてないわ」
「だ、誰が顔をかばっとるんじゃ! ワシは……ワシはのぉ……」
泥まみれの顔を上げ、カストルはまっすぐにエルダを見据えた。
「顔や肩書じゃなく、ワシ自身を正面から見てくれたのはアンタが初めてなんじゃ! ワシはアンタに認められる『強い男』になるためなら、血反吐吐いてでも強くなってみせるわい!!」
ぜえぜえと肩で息を吐きながらも意地を見せるカストル。そのまっすぐな眼差しに、エルダは一瞬だけ目を見開き、ほんの少しだけ表情を緩めた。
「……ふん。口だけは一人前ね。……なら、明日は朝五時から素振り五千回よ」
「五千回いいいいい!? 冗談じゃろ!?」
「嫌なら、帰れば?」
「……」
カストルは固まった。
エルダは興味なさそうに踵を返す。
「……やる」
「何?」
「五千回じゃ。五千回やりゃあええんじゃろ」
カストルは木剣を握り直した。
(ワシは、この女に認められたい)
(じゃったら……やるしかないじゃろうが)




