花嫁探し、難航する
麦畑の広がる片田舎の村。その人々の営みの真ん中に、ぽつんと佇むちいさなお城があった。
ある晴れた朝。うららかな春風に誘われるように、屋根の上の旗が今日もへんぽんと揺れている。
ユニコーン族のカストルは、見慣れたその紋章旗をじっと見上げていた。
『ええかカストル! 外に出て、自力で嫁さん連れて帰ってこんと、一生独身じゃぞ!』
旅立ちの際、そう言い放った父親――ユニコーン族の王の顔が浮かぶ。
男しか生まれないという不思議な種族とはいえ、あんまりな言い草だ。
カストルは前脚で地面をドンと踏み鳴らし、フンと鼻を鳴らした。
『分かっとるわい! ワシは一族イチのバリイケメンじゃけぇ、嫁なんぞ一発で射止めてみせるわ!』
そう啖呵を切って家を飛び出し、十数日――。
木々の隙間から光の粒が降り注ぐ街道沿い。トネリコの木陰に、優雅なユニコーン姿のカストルがいた。
透き通るような銀のたてがみに、彫刻のように美しく整った身体。そして、人を惹きつけて離さない神秘的な碧い瞳。
この世の穢れなど微塵も寄せ付けぬその佇まいは、まさに天から舞い降りた神聖な存在そのもの。
――だが。
(誰ぞおおおお!! 「迷いの森の清らかな泉におったら、別嬪さんが水浴びしに来る」言うたんわぁぁぁ!! どこのどいつが流したガセネタじゃあ!)
カストルは、泉の草むらで息を潜めて張り込んだ。
(ワシはなぁ! あの冷やい泉の草むらで、蚊に刺されながら十日間も待ったんじゃあ!!)
聖獣としてのプライドも投げ打ち、息を潜めて待ち続けた十日間。
ところが――泉にやってきたのは。
(来たんはなぁ!! 腰の曲がった木こりの爺さんだけじゃ!!)
『う〜む、今日も汗かいたのう』
そう言うと、水浴びをして帰っていった。
(十日もおって、来たんが木こりの爺さん一人って、どがぁなことじゃい!! ワシの青春の十日分を返せえええ!!)
と、息巻いている。
(ふう……思い出すだけで腹が立つわ。あのまま森におったら、木こりの爺さんと友達になるところじゃった……)
泉に見切りをつけたカストルは、この街道へ出たのだった。
そして今、行き交う人々の中に、未来の花嫁を探している。
(頼むけぇ……ええ女来い……! ワシのこの世界一の美貌と毛並みを「あら素敵♥」言うて愛でてくれる別嬪来いっ……!)
高潔なる聖獣の正体は、ただの飢えた男である。
――と、その時。
風にスカートの裾を揺らし、シンプルながら品の良いワンピースをまとった娘が、街道の向こうから歩いてきた。
カストルの心臓が跳ねる。
つややかなブルネットの髪。
すっと通った綺麗な鼻筋。
そして、意志の強さを感じさせる、切れ長のアーモンド形の目。
飾り気のない自然な美しさをまとった、文句なしの美女だった。
(きたあぁぁぁぁぁ!! 女じゃ!!
しかもぶち別嬪じゃあぁぁぁぁ!!)
カストルは興奮のあまり、鼻息を荒くする。
(さあ来い! 駆け寄ってきてワシの頭を撫でるんじゃ! 『まあ、なんて綺麗なユニコーン様かしら!』と目を輝かせるがええ!!)
美しい娘――エルダは、ゆっくりと歩調を緩めると、
まっすぐこちらへ向かってくる。
澄んだオリーブ色の瞳が、しっかりとカストルを捉えた。
(よし! 目が合うたで! 一目惚れじゃのぉ!?)
カストルは得意げに胸を張った。
(ワシのこの圧倒的な神聖さに息を呑んで、立ち尽くす姿が目に浮かぶわぃ――)
「……はぁ」
だが。
カストルの脳内を満たしていた歓喜をよそに、エルダは心底面倒くさそうな溜め息をひとつ吐いた。
そして、冷ややかな視線をカストルに向ける。
「……何よ、その顔。邪魔なんだけど。退いてくれる?」
(――は?????)
脳内で盛大に鳴り響いていたファンファーレが、ピタリと止まった。
「言葉が分からないの? 馬。そこ、通れないんだけど」
(う、馬ぁぁぁぁぁぁぁ!?!?)
カストルは、心の中で激しく絶叫した。
(馬とは何じゃ、馬とは! ワシは伝説の聖獣、ユニコーンぞ!?)
屈辱に打ち震えながらも、カストルはすっと背筋を伸ばした。
首を優雅に傾け、木漏れ日をツノに美しく反射させる。
(どうじゃ。完璧じゃろ)
だが、エルダは一瞥しただけで、さっさと歩き出した。
(おい、ねーちゃん! 待て待て! 無視すな!)
カストルは慌ててエルダの前へ回り込んだ。
(ほら見てみぃ、この澄んだ瞳! ここは一発、可愛らしい声で仕留めちゃるけぇな……)
そして、潤んだ瞳で上目遣いを繰り出す。
「キュ〜ン……」
(どうじゃ! このあざとさ! 可愛すぎて悶絶じゃろ!)
「……」
エルダの眉が、わずかに寄った。
(……今、この馬、『キュ〜ン』って言ったわよね?)
そもそも、ユニコーンとはそんな鳴き方をするものなのだろうか。
疑念を抱いたエルダはそっと手を伸ばした。
指先に伝わる毛並みの下には、引き締まった首すじの筋肉があった。
それに一瞬で間合いを詰めてきた、あの脚力。
そして何より――
(……妙に、私の反応を気にしてるわね)
ただの野生動物とは思えない。
エルダは手を離すと、何も言わず、歩き出した。
するとカストルは、当然のような顔をして、その斜め後ろをぴたりとついてくる。
(このまんま家までついてって、なし崩しに飼われちゃるけぇの! ほんでもって、じっくり落としたるわ!)
やがて二人は、町外れの一軒家へ辿り着いた。
エルダが何も言わず、庭の柵を開ける。
(おっ!? 入ってええんか!?)
カストルが嬉々として庭へ足を踏み入れた、その直後だった。
エルダは家の扉を開けると、奥へ向かって声を張り上げた。
「お母さん!」
(おおっ!? もう家族に紹介してくれるんか!?)
カストルが期待に胸を膨らませていると、エルダは続けた。
「『ユニコーンのツノは万能薬になる』って言ってたわよね?」
(……ん?)
「街道で勝手についてきたのが一頭いるんだけど――」
(……んん?)
「ちょっと削って、薬に使えないかしら?」
(…………は?????)
カストルの脳裏から、さっきまでの能天気な妄想が一瞬で吹き飛んだ。
(……は??? ツノ?? 削る??? おい待て、ねーちゃん!! ワシに惚れてしもうたけぇ連れて帰ったんと違うんかい!?)
そのとき、家の奥から慌ただしい足音が響いた。
「ユニコーンだって!?」
エルダに手招きされ、一人の男が姿を現した。
厳格そうな顔立ちに、鍛え上げられた身体。腰には剣を佩いている。
ひと目で、ただ者ではないと分かる雰囲気だった。
元騎士である父親は、エルダには目もくれず、連れてこられたカストルの姿をじろりと見回した。
「ふむ……無駄のない、よく引き締まった馬体だ。ただの馬ではないな」
(じゃけぇ馬じゃない!!お前らの目は節穴かっ!)
カストルが心の中で叫んでいると、今度は母親が顔を出した。
父親とは対照的に、その視線はカストルの身体ではなく、額から生えた一本のツノへ吸い寄せられていく。
「あらまあ!」
母親の目が輝いた。
「新鮮なツノじゃないの!」
(……新鮮!?)
その言葉を聞いた瞬間、カストルの背筋に嫌な予感が走った。
母親は棚へ駆け寄ると、そこから弦架鋸を取り出す。
そして、それを両手に抱えたまま、にこにことした笑顔でカストルへ近づいてくる。
(ちょ、ちょっと待て! なんでノコギリ!?)
カストルは前脚で必死に角を庇い、後ずさった。
「あらあら、嫌がってるわね~。大丈夫よ、ちょっと削るだけだから~」
母親はニコニコと笑いながら、ノコギリを構えた。
(ちょっとだけの問題じゃないわい!! ワシのシンボルぞ!? このババア、本気じゃ!!)
今にもツノに刃が届きそうになった、そのときだった。
「待て、アニー!」
父親が低い声で制した。
母親の動きが止まる。
父親は剣の柄に手を添えたまま、先ほどとは違う鋭い目でカストルを見つめていた。
視線の先にあるのは、ツノではない。
カストルの脚元だった。
「この馬……ツノを守る動きに、一切の無駄がない」
父親は、カストルが身を引いたときの足運びや、ツノを庇うために移した重心の位置を見逃していなかった。
「足の踏み込みも、重心の逃がし方も……まるで熟練の武術家だ」
「やっぱりそう思う?」
エルダが頷く。
「街道で見たときから、ただ者じゃないと思ってたのよ」
その言葉を聞いた父親は、ますます警戒を強めた。
「油断するな。下手に近づけば、こちらが殺されるぞ」
(それ、こっちのことじゃけぇぇぇぇ!!)
カストルは心の中で絶叫した。
このままでは、本当にツノを取られてしまう。
もはや、選択肢はなかった。
(背に腹は代えられんけぇの!!)
カストルの身体が、まばゆい光に包まれた。
突然のことに、母親が驚いて目を見開く。
次の瞬間――
ポンッ!
軽い音とともに光が弾けた。
きらきらとした粒子が辺り一面に舞い散り、母親は思わず両手で目を覆う。
やがて光が収まると、ユニコーンの姿はどこにもなかった。
そこに佇んでいたのは、この世のものとは思えないほど美しい人間だった。
一筋の曇りもないプラチナホワイトの髪が、鮮やかな陽の光を浴びて、白銀のヴェールのように眩しく揺れている。
大理石のように滑らかな白い肌に、深く、冷たく澄んだ碧色の瞳。
長身に、無駄のないしなやかで引き締まった身体。
その姿には、かつてユニコーンだった名残が色濃く残っていた。
「……ふう」
カストルは、ようやく危機を脱したことに安堵した。
そして――
ここぞとばかりに、得意げな笑みを浮かべ、長い髪をさらりと払った。
「……やあ、マイ・レディ。この姿では……初めまして、かな? 僕の名前はカストル。君に会うために生まれてきたのさ。」
胸に手を当て、流し目でエルダを見つめる。
カストルの脳内では、高笑いが止まらない。
「ふははは! どうじゃ! これがワシの真の姿じゃ!)
――しかし。
目の前にいるのは、「武闘派一家」の元騎士と、その愛娘である。
「……」
「……」
父娘は、目の前の美しい男を黙って見つめた。
やがてエルダが、ぽつりと呟く。
「……ウマ?」
「なんでじゃ!」
カストルの叫びが、朝の庭に響き渡る。
すかさず父親は眼光を極限まで鋭くし、瞬時にエルダをかばうように抜刀の構えをとった。
エルダもすっと身構え、隠しナイフの柄に手をかける。
カストルは愕然とした。
(なんでぇぇぇぇぇ!!?? うっとりメロメロになる場面じゃろそこはぁぁぁぁ!! なんで殺気立っとるんじゃ!)
「その目……相手の隙を探る暗殺者の眼光そのもの……!」
(ワシはただの! 運命の嫁を探しに来た奇跡の聖獣じゃ!!
暗殺者の目じゃのうて、素敵なイケメンの目じゃろがい!!)
「待て! ワシは刺客などでは――」
父親の目が鋭く光った。
「油断するな! 一気に仕留めるぞ!」
「了解!」
「え?」
二人の脚が、同時に踏み込まれた。
ドンッ!!
「うおおおおおっ!?」
カストルは慌てて飛び退いた。
「ちょ、待て待て待て! 話を――」
父親の剣が唸り、エルダのナイフが閃く。
「聞けえええええ!!!」
(頼むけえ誰かこの脳筋親子を止めてくれえええ!!)




