↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
1/5

花嫁探し、難航する

麦畑の広がる片田舎の村。その人々の営みの真ん中に、ぽつんと佇むちいさなお城があった。


ある晴れた朝。うららかな春風に誘われるように、屋根の上の旗が今日もへんぽんと揺れている。


ユニコーン族のカストルは、見慣れたその紋章旗をじっと見上げていた。


『ええかカストル! 外に出て、自力で嫁さん連れて帰ってこんと、一生独身じゃぞ!』


旅立ちの際、そう言い放った父親――ユニコーン族の王の顔が浮かぶ。


男しか生まれないという不思議な種族とはいえ、あんまりな言い草だ。


カストルは前脚で地面をドンと踏み鳴らし、フンと鼻を鳴らした。


『分かっとるわい! ワシは一族イチのバリイケメンじゃけぇ、嫁なんぞ一発で射止めてみせるわ!』



そう啖呵を切って家を飛び出し、十数日――。



木々の隙間から光の粒が降り注ぐ街道沿い。トネリコの木陰に、優雅なユニコーン姿のカストルがいた。


透き通るような銀のたてがみに、彫刻のように美しく整った身体。そして、人を惹きつけて離さない神秘的な碧い瞳。


この世の穢れなど微塵も寄せ付けぬその佇まいは、まさに天から舞い降りた神聖な存在そのもの。



――だが。



(誰ぞおおおお!! 「迷いの森の清らかな泉におったら、別嬪さんが水浴びしに来る」言うたんわぁぁぁ!! どこのどいつが流したガセネタじゃあ!)


カストルは、泉の草むらで息を潜めて張り込んだ。


(ワシはなぁ! あの冷やい泉の草むらで、蚊に刺されながら十日間も待ったんじゃあ!!)


聖獣としてのプライドも投げ打ち、息を潜めて待ち続けた十日間。


ところが――泉にやってきたのは。


(来たんはなぁ!! 腰の曲がった木こりの爺さんだけじゃ!!)


『う〜む、今日も汗かいたのう』


そう言うと、水浴びをして帰っていった。


(十日もおって、来たんが木こりの爺さん一人って、どがぁなことじゃい!! ワシの青春の十日分を返せえええ!!)


と、息巻いている。


(ふう……思い出すだけで腹が立つわ。あのまま森におったら、木こりの爺さんと友達になるところじゃった……)


泉に見切りをつけたカストルは、この街道へ出たのだった。


そして今、行き交う人々の中に、未来の花嫁を探している。


(頼むけぇ……ええ女来い……! ワシのこの世界一の美貌と毛並みを「あら素敵♥」言うて愛でてくれる別嬪来いっ……!)


高潔なる聖獣の正体は、ただの飢えた男である。


――と、その時。


風にスカートの裾を揺らし、シンプルながら品の良いワンピースをまとった娘が、街道の向こうから歩いてきた。


カストルの心臓が跳ねる。


つややかなブルネットの髪。


すっと通った綺麗な鼻筋。


そして、意志の強さを感じさせる、切れ長のアーモンド形の目。


飾り気のない自然な美しさをまとった、文句なしの美女だった。


(きたあぁぁぁぁぁ!! 女じゃ!! 

しかもぶち別嬪じゃあぁぁぁぁ!!)


カストルは興奮のあまり、鼻息を荒くする。


(さあ来い! 駆け寄ってきてワシの頭を撫でるんじゃ! 『まあ、なんて綺麗なユニコーン様かしら!』と目を輝かせるがええ!!)


美しい娘――エルダは、ゆっくりと歩調を緩めると、


まっすぐこちらへ向かってくる。


澄んだオリーブ色の瞳が、しっかりとカストルを捉えた。


(よし! 目が合うたで! 一目惚れじゃのぉ!?)


カストルは得意げに胸を張った。


(ワシのこの圧倒的な神聖さに息を呑んで、立ち尽くす姿が目に浮かぶわぃ――)


「……はぁ」


だが。


カストルの脳内を満たしていた歓喜をよそに、エルダは心底面倒くさそうな溜め息をひとつ吐いた。


そして、冷ややかな視線をカストルに向ける。


「……何よ、その顔。邪魔なんだけど。退いてくれる?」


(――は?????)


脳内で盛大に鳴り響いていたファンファーレが、ピタリと止まった。


「言葉が分からないの? 馬。そこ、通れないんだけど」


(う、馬ぁぁぁぁぁぁぁ!?!?)


カストルは、心の中で激しく絶叫した。


(馬とは何じゃ、馬とは! ワシは伝説の聖獣、ユニコーンぞ!?)


屈辱に打ち震えながらも、カストルはすっと背筋を伸ばした。


首を優雅に傾け、木漏れ日をツノに美しく反射させる。


(どうじゃ。完璧じゃろ)


だが、エルダは一瞥しただけで、さっさと歩き出した。


(おい、ねーちゃん! 待て待て! 無視すな!)


カストルは慌ててエルダの前へ回り込んだ。


(ほら見てみぃ、この澄んだ瞳! ここは一発、可愛らしい声で仕留めちゃるけぇな……)


そして、潤んだ瞳で上目遣いを繰り出す。


「キュ〜ン……」


(どうじゃ! このあざとさ! 可愛すぎて悶絶じゃろ!)


「……」


エルダの眉が、わずかに寄った。


(……今、この馬、『キュ〜ン』って言ったわよね?)


そもそも、ユニコーンとはそんな鳴き方をするものなのだろうか。


疑念を抱いたエルダはそっと手を伸ばした。


指先に伝わる毛並みの下には、引き締まった首すじの筋肉があった。


それに一瞬で間合いを詰めてきた、あの脚力。


そして何より――


(……妙に、私の反応を気にしてるわね)


ただの野生動物とは思えない。


エルダは手を離すと、何も言わず、歩き出した。


するとカストルは、当然のような顔をして、その斜め後ろをぴたりとついてくる。


(このまんま家までついてって、なし崩しに飼われちゃるけぇの! ほんでもって、じっくり落としたるわ!)


やがて二人は、町外れの一軒家へ辿り着いた。


エルダが何も言わず、庭の柵を開ける。


(おっ!? 入ってええんか!?)


カストルが嬉々として庭へ足を踏み入れた、その直後だった。


エルダは家の扉を開けると、奥へ向かって声を張り上げた。


「お母さん!」


(おおっ!? もう家族に紹介してくれるんか!?)


カストルが期待に胸を膨らませていると、エルダは続けた。


「『ユニコーンのツノは万能薬になる』って言ってたわよね?」


(……ん?)


「街道で勝手についてきたのが一頭いるんだけど――」


(……んん?)


「ちょっと削って、薬に使えないかしら?」


(…………は?????)


カストルの脳裏から、さっきまでの能天気な妄想が一瞬で吹き飛んだ。


(……は??? ツノ?? 削る??? おい待て、ねーちゃん!! ワシに惚れてしもうたけぇ連れて帰ったんと違うんかい!?)


そのとき、家の奥から慌ただしい足音が響いた。


「ユニコーンだって!?」


エルダに手招きされ、一人の男が姿を現した。


厳格そうな顔立ちに、鍛え上げられた身体。腰には剣を佩いている。


ひと目で、ただ者ではないと分かる雰囲気だった。


元騎士である父親は、エルダには目もくれず、連れてこられたカストルの姿をじろりと見回した。


「ふむ……無駄のない、よく引き締まった馬体だ。ただの馬ではないな」


(じゃけぇ馬じゃない!!お前らの目は節穴かっ!)


カストルが心の中で叫んでいると、今度は母親が顔を出した。


父親とは対照的に、その視線はカストルの身体ではなく、額から生えた一本のツノへ吸い寄せられていく。


「あらまあ!」


母親の目が輝いた。


「新鮮なツノじゃないの!」


(……新鮮!?)


その言葉を聞いた瞬間、カストルの背筋に嫌な予感が走った。


母親は棚へ駆け寄ると、そこから弦架鋸(つるかけのこ)を取り出す。


そして、それを両手に抱えたまま、にこにことした笑顔でカストルへ近づいてくる。


(ちょ、ちょっと待て! なんでノコギリ!?)


カストルは前脚で必死に角を庇い、後ずさった。


「あらあら、嫌がってるわね~。大丈夫よ、ちょっと削るだけだから~」


母親はニコニコと笑いながら、ノコギリを構えた。


(ちょっとだけの問題じゃないわい!! ワシのシンボルぞ!? このババア、本気じゃ!!)


今にもツノに刃が届きそうになった、そのときだった。


「待て、アニー!」


父親が低い声で制した。


母親の動きが止まる。


父親は剣の柄に手を添えたまま、先ほどとは違う鋭い目でカストルを見つめていた。


視線の先にあるのは、ツノではない。


カストルの脚元だった。


「この馬……ツノを守る動きに、一切の無駄がない」


父親は、カストルが身を引いたときの足運びや、ツノを庇うために移した重心の位置を見逃していなかった。


「足の踏み込みも、重心の逃がし方も……まるで熟練の武術家だ」


「やっぱりそう思う?」


エルダが頷く。


「街道で見たときから、ただ者じゃないと思ってたのよ」


その言葉を聞いた父親は、ますます警戒を強めた。


「油断するな。下手に近づけば、こちらが殺されるぞ」


(それ、こっちのことじゃけぇぇぇぇ!!)


カストルは心の中で絶叫した。


このままでは、本当にツノを取られてしまう。


もはや、選択肢はなかった。


(背に腹は代えられんけぇの!!)


カストルの身体が、まばゆい光に包まれた。


突然のことに、母親が驚いて目を見開く。


次の瞬間――


ポンッ!


軽い音とともに光が弾けた。


きらきらとした粒子が辺り一面に舞い散り、母親は思わず両手で目を覆う。


やがて光が収まると、ユニコーンの姿はどこにもなかった。


そこに佇んでいたのは、この世のものとは思えないほど美しい人間だった。


一筋の曇りもないプラチナホワイトの髪が、鮮やかな陽の光を浴びて、白銀のヴェールのように眩しく揺れている。


大理石のように滑らかな白い肌に、深く、冷たく澄んだ碧色の瞳。


長身に、無駄のないしなやかで引き締まった身体。


その姿には、かつてユニコーンだった名残が色濃く残っていた。


「……ふう」


カストルは、ようやく危機を脱したことに安堵した。


そして――


ここぞとばかりに、得意げな笑みを浮かべ、長い髪をさらりと払った。


「……やあ、マイ・レディ。この姿では……初めまして、かな? 僕の名前はカストル。君に会うために生まれてきたのさ。」


胸に手を当て、流し目でエルダを見つめる。


カストルの脳内では、高笑いが止まらない。


「ふははは! どうじゃ! これがワシの真の姿じゃ!)


――しかし。


目の前にいるのは、「武闘派一家」の元騎士と、その愛娘である。


「……」


「……」


父娘は、目の前の美しい男を黙って見つめた。


やがてエルダが、ぽつりと呟く。


「……ウマ?」


「なんでじゃ!」


カストルの叫びが、朝の庭に響き渡る。


すかさず父親は眼光を極限まで鋭くし、瞬時にエルダをかばうように抜刀の構えをとった。


エルダもすっと身構え、隠しナイフの柄に手をかける。


カストルは愕然とした。


(なんでぇぇぇぇぇ!!?? うっとりメロメロになる場面じゃろそこはぁぁぁぁ!! なんで殺気立っとるんじゃ!)


「その目……相手の隙を探る暗殺者の眼光そのもの……!」


(ワシはただの! 運命の嫁を探しに来た奇跡の聖獣じゃ!!

暗殺者の目じゃのうて、素敵なイケメンの目じゃろがい!!)


「待て! ワシは刺客などでは――」


父親の目が鋭く光った。


「油断するな! 一気に仕留めるぞ!」


「了解!」


「え?」


二人の脚が、同時に踏み込まれた。


ドンッ!!


「うおおおおおっ!?」


カストルは慌てて飛び退いた。


「ちょ、待て待て待て! 話を――」


父親の剣が唸り、エルダのナイフが閃く。


「聞けえええええ!!!」


(頼むけえ誰かこの脳筋親子を止めてくれえええ!!)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。