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ここに六つの聖女を率い、世界を正そう。女王。  作者: 夜乃 凛


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砕け散る狂気

五百の質量が、一人の少女の前に塵となっていく。

魔力を掻き消す『神殺しの魔笛』の音が響く中、ホウオウの刃は一切の躊躇なく、赤い牙の残党を切り裂き続けていた。

残像すら置き去りにする、純粋な物理の神速。


「右。左。正面」


ホウオウが小さく呟く。

彼女が名刀を一閃するたびに、真空の刃が熱砂を巻き上げ、無法者たちの肉体を容赦なく吹き飛ばした。

数による暴力。そんな戦争の基礎など、この領域の強者の前では何の意味も成さない。ロジックの完全な崩壊であった。


「ひっ、化け物……!化け物は聖女だけじゃなかったのかよ!」


残党のゲイルが、黒い縦笛を握りしめたまま、ガタガタと震え出した。

すでに生存者は百人に満たない。五百いた軍勢が、ものの数分で壊滅したのだ。


「そこまでにしなさい、ゲイル」


フランシスカの声が響いた。

彼女の持つ聖魔の石は輝きを失ったままだ。しかし、その凛とした佇まいに一点の怯えも無かった。


「魔笛の力は確かに強力です。しかし、人の積み上げてきた絆と鍛錬までを掻き消すことは出来ません。大人しくその笛を渡し、降伏しなさい」


「ふ、ふざけるな!これがあれば……これさえあれば、バルドル皇帝は俺たちを!」


「死ね」


ホウオウがノータイムでゲイルの懐に飛び込んだ。

横一閃。

ゲイルの叫びが完成するよりも早く、ホウオウの刃が黒い魔笛を真っ二つに切り裂いた。

パキン、と乾燥した音を立てて砕け散る遺物。

同時に、荒野を支配していた不快な高音が止んだ。


輝きを取り戻す、フランシスカの『聖魔の石』。

マリアンヌの紫水晶も、再び淡い光を放ち始めた。魔力の完全な復調。


「あ……ああ……俺たちの、俺たちの利権が……」


ゲイルはへなへなと崩れ落ちた。勝負あり、である。

ホウオウは剣を引き抜くと、すぐにカバンから乾燥したレモンを取り出してもしゃもしゃとかじり始めた。

酸っぱさが、極限まで張り詰めていた肉体を心地よく緩めていく。


「お疲れ様、ホウオウ。本当に、貴女は私の最高の剣だわ」


フランシスカが優しく微笑み、ホウオウの額の汗を白いハンカチで拭った。


「……お前の役に立てたなら、それでいい」


ホウオウは少し顔を赤くして俯いた。かわいい子である。


ひとまず、最悪の遺物の破壊には成功した。

しかし、マリアンヌが歪んだ表情で紫水晶を見つめた。新たな混迷の報せ。


『フランシスカ様……大変です。西の領地を見張っていたナイムが……独りでバルドル帝国の本陣へ向かって歩いていきました。彼女の気配が……ひどく迷っているように感じられます』


「ナイムが……?一体どうして」


フランシスカは眉をひそめた。

アクドラ最大の分岐点。

最強の剣豪の流浪が、始まりつつあった。


アクドラの西の境界線。

そこを、赤いおかっぱ頭の少女が、一人でふらふらと歩いていた。

第二聖女ナイム。

いつもなら浮かべているはずのニコニコ顔は、今の彼女の顔には無かった。

彼女の右手は、東方の剣の柄を握っている。しかし、その指先は微かに震えていた。


「私は……間違っているのかな」


ナイムの呟き。

イグドラシルの水晶玉が見せた未来。自分が国王の前で血濡れになって倒れている光景。

それが、彼女の心に深い影を落としていた。

彼女はかつて、自分の能力で愛する人を殺してしまった。その傷痕の黒い染みが、今になって彼女の心を激しく侵食していたのだ。

もし、自分がこのままフランシスカたちと協力して国王を……いや、バルドル皇帝を倒したとして、その先に何が残るのか。

また、自分の力で誰かを不幸にするのではないか。

そんな迷いが、彼女の歩みをバルドル帝国の陣営へと向かわせていた。


「おやおや、珍しく陰気な顔をしているね、最強の剣豪さん」


前方の岩陰から、紫色の長髪をした女性が現れた。

第一聖女ミリアム。

彼女は腕を組み、冷めた紫の瞳でナイムを見つめていた。


「ミリアム……何しに来たのさ。邪魔しないでよ」


「邪魔?自惚れないでください。貴女が一人で死にに行くのは勝手ですが、それでフランシスカの作戦に支障が出るのは不愉快なだけです。貴女、ディークに抱きしめられて、少しはまともになったかと思っていましたが……やはりただの殺人鬼に戻りたいのですか?」


ねっとりとした嫌味。

しかし、それはミリアムなりの、不器用な引き留めだった。


「殺人鬼、か。そうだよね。あの国王の言う通り、私にはそれしか能が無いんだ」


ナイムが自嘲気味に笑った。


「私はね、ただ確かめたいだけなんだ。バルドル皇帝のロジックを。あいつが本当に、アクドラのパワーバランスを戻すために動いているなら……私は、そっちに付いた方が正しいのかもしれない」


「馬鹿げたことを。あのような合理主義の塊が、私たちの心を理解するはずがありません。貴女、フランシスカのあの『根拠の無い勇気』を忘れたのですか?」


「忘れてないよ。だから、苦しいんだ」


ナイムは剣を引き抜いた。

しかし、ミリアムに向けたわけではない。ただ、刃に映る自分の歪んだ顔を見つめている。


「私は、もう誰も殺したくないんだよ、ミリアム」


最強の剣豪の口から漏れた、あまりにも脆い本音。

ミリアムは小さくため息をつき、華麗に髪をかき上げた。


「ならば、私の後ろに隠れていなさい。貴女の代わりに、私がすべての敵を魔法で消し炭にしてあげますから。……さあ、戻りますよ。フランシスカたちが、灼熱の荒野から戻ってくるまでに、そのひどい顔を直しておきなさい」


「……相変わらず、嫌な奴だなぁ、ミリアムは」


ナイムはフッと、いつものニコニコ顔を微かに取り戻した。


崩れかけたパワーバランスは、辛うじて繋ぎ止められた。

だが、バルドル皇帝ルドルフは、魔笛の破壊を知り、次なる非情な一手を指し示そうとしていた。

死闘それだけ。

明日を掴むための本当の戦いが、徐々にその全貌を現しつつあった。

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