カウントダウンの一分
四千の質量が、津波となって押し寄せる。
荒地が激しく揺れていた。歩兵の足音、騎馬の嘶き、そして攻城兵器の軋む音。
正面衝突。
普通に考えれば、一瞬で圧殺されて終わりである。
だが、防波堤はあまりにも強固だった。
先陣を切ったのは、大魔法使いミリアム。
ディークの指輪から供給される潤沢な魔力。それを惜しみなく注ぎ込む。
「絶望しなさい。氷河の檻に囚われて」
ミリアムが両手を掲げた。
直後、バルドル進軍ルートの地面が爆発するように凍りついた。
巨大な氷のスパイクが何百本も突き出し、突撃してきた騎馬兵を次々と串刺しにしていく。
「アイシクル・ディザスター」。
戦術的遅延。一瞬で敵の第一波が瓦解した。移動速度の大幅な低下。
しかし、敵は四千。
左右に広がり、包囲網を形成し始める。皇帝の指示は的確だった。個がどれだけ強くとも、全方位からの同時攻撃には耐えられない。そういうロジック。
「行かせること風のごとく、薙ぎ払うこと嵐のごとし」
ホウオウが動いた。
彼女の赤い瞳が、左右から回り込もうとする軽装兵を捉える。
残像。
ホウオウが地を駆ける速度は、すでに視覚で追えるレベルではなかった。
鋭い金属音。
一瞬にして、右翼の包囲網が十数人まとめて消し飛んだ。風の剣技。圧倒的破壊力。
しかし、左翼からは大型の石弓、ボルトロースが狙いを定めていた。
ヒュン。
空気を引き裂く巨大な矢。直撃すれば、ホウオウとて無事では済まない。
「危ないぞ!」
後ろからシュクレの声。
ホウオウはノータイムで身を翻した。名刀でボルトを弾く。
激しい火花。
弾くことは出来たが、腕に凄まじい衝撃。四天王の指輪のブーストが無ければ、剣ごと砕かれていただいたろうと評価出来る。
焦り。
時間はまだ、三十秒しか経過していない。
ミリアムの魔力も、無限ではないのだ。永久機関の供給があっても、出力の限界がある。彼女の額から汗が流れ落ちる。
「フランシスカ、次の矢が来ます。私の魔力壁が軋んでいる……!」
「大丈夫です、ミリアム。貴女は私が守ります」
フランシスカは、カバンから『聖魔の石』を取り出した。
治療のカード。
これをミリアムの背中に当て、光を放つ。疲弊していく精神と魔力を、強制的にトップコンディションへと引き上げる術。
「暖かい……。これなら、まだやれます!」
息を吹き返すミリアム。
だが、バルドル皇帝ルドルフは、本陣からその光景を冷徹に眺めていた。
「なるほど。あれが聖魔の石の力か。一人が全体の継戦能力を担保している。ならば、狙うべきは中央のレディただ一人。全砲門、フランシスカを狙え」
皇帝の冷酷な一手。
十台の大型石弓が、一斉にフランシスカへと方向を変えた。
残りの時間、十五秒。
絶望のカウントダウン。
十台の大型石弓が、一斉に放たれた。
空を埋め尽くす、巨大な鉄の矢の雨。
狙いは、中央に立つフランシスカ。
ミリアムの氷壁では防ぎきれない。ホウオウの剣でも、十本のボルトを同時に叩き落とすのは物理的に不可能だった。
勝率、ゼロ%。
だが、その瞬間。
戦場の空気が、完全にひっくり返った。
「遅くなってごめんねぇ!」
凄まじい大声と共に、地平線から影が飛び出してきた。
第二聖女ナイム。
彼女の速度は、ホウオウすら上回る。アクドラ最強の剣豪。
ナイムは空中に跳躍すると、東方の剣を抜いた。
見えない。追いきれない。
一瞬の間に、空中で百回以上の残撃が繰り出された。
直撃するはずだった鉄の矢が、すべて細切れになって地面に降り注ぐ。ダメージはゼロ。
「ナイム……!」
フランシスカが声を上げた。
「待たせたな、フランシスカ。これ以上の勝手は私が許さん」
さらに後ろから、第四聖女ディーク、第三聖女イグドラシル、そして第五聖女マリアンヌが、それぞれの部隊を引き連れて到着した。
イルゴール、ヴェルゼ、オルエン。
すべての精鋭が、フランシスカの周囲を固める。
一分間の猶予は、完全に満たされた。
パワーバランスの再構築。
「マリアンヌ、指示を!」
フランシスカが叫んだ。
マリアンヌは紫水晶を高く掲げ、全軍の脳内に直接、敵の布陣の弱点を送り届ける。
「司令塔のテレパス」。
『敵の左翼、攻城兵器の守備が手薄です!イルゴール殿、オルエン殿、そこを突いてください!ホウオウちゃんとナイムは、中央の皇帝の直衛隊を分断して!』
「了解っす!」
「我が主のために!」
オルエンとイルゴールが、ディークの指輪の力を得て、左翼へ突撃していく。一瞬で敵の攻城兵器が破壊され、大爆発を起こした。
布陣の崩壊。
四千の質量を持っていたバルドル帝国軍が、逆に聖女たちの流れるような連携に翻弄され始めていた。
イグドラシルは水晶玉を見つめながら、静かに告げる。
「見えました。皇帝ルドルフが、撤退の決断を下す未来が。あと、三十秒後です」
「そうはいかないよ。ちょっと首でも貰いに行こうか」
ナイムがニコニコ顔のまま、皇帝の本陣へと視線を向けた。
隣には、ホウオウ。
二人とも、四天王の指輪が眩いばかりに輝いている。
「行くぞ、ナイム。フランシスカの道を邪魔するものは、全員切り裂く」
「オッケー、ホウオウちゃん。超級の成果、見せてみなさいな」
二人の強者が、ノータイムで皇帝の元へと突撃を開始した。
戦況は、完全に逆転していた。
六つの聖女が並び立つ。その圧倒的な脅威が、バルドル帝国のロジックを内側から破壊しようとしていた。




