三存在の防波堤
一千対三。
数的な不利は、誰の目から見ても明らかだった。しかし、戦場に漂う空気は、バルドル帝国側が圧倒されているかのように重かった。
理由は単純である。そこにいる三存在が、規格外の強者だったからだ。
「ホウオウちゃん、来るの早いね。相変わらず足が速いことで」
ナイムが剣を構え直しながら言った。
ホウオウは返事をしない。赤い瞳が、迫り来る一千の兵を冷徹に捉えている。
「切り裂くこと雷のごとく、防ぎきること鉄壁のごとし。ナイム、ミリアム、下がっていろ。ここは私が突っ切る」
四天王の指輪が光り、ホウオウの全身から凄まじい気が立ち上る。
突撃。
彼女はノータイムで地を蹴った。
バルドル兵の視界から、ホウオウの姿が一瞬で消失する。
次の瞬間、最前線の軽装兵たちの悲鳴が響き渡った。ホウオウの一閃。
刃が触れたわけではない。凄まじい剣圧の衝撃波が、十数人の兵をまとめて吹き飛ばしたのだ。
「化け物め!怯むな、囲んで圧殺せよ!」
落馬したゲオルグ将軍が、泥を吐きながら叫ぶ。
しかし、囲むことなど出来ようはずもなかった。ホウオウの速度が、戦術的な包囲網の構築を完全に無効化していたのである。
「おやおや、あの子ばかりにいい格好をさせるわけにはいきませんね」
ミリアムが美しい紫の髪をはためかせ、再び祈りを捧げた。
大魔法使いの真骨頂。
「アイス・ランス」。
虚空から無数の巨大な氷柱が生成され、バルドル騎馬兵に向けて容赦なく降り注いだ。直撃すれば即死。馬ごと氷漬けになる兵士たちが続出する。ミリアムの魔術は、一瞬で戦場の一部を地獄へと変えた。
防戦一方に見えるバルドル帝国軍。
だが、さすがは精鋭だった。ゲオルグの指揮のもと、重装歩兵が大きな盾を並べ、動く壁を構築し始める。ホウオウの突撃を止めるための、泥臭くも確実な防衛策。
盾の壁。ホウオウの剣がぶつかり、激しい火花が散る。
流石に、四天王の指輪のブーストがあっても、一千の質量を一人で押し潰すのは時間がかかる。
「ちょっと手伝ってあげるよ」
ニコニコ顔のナイムが、盾の壁の真横に現れた。
彼女の能力は、触れたことのある相手を殺す力。だが、物理的な剣術だけでも、アクドラ最強と謳われた剣豪である。
横一閃。
重装歩兵の盾が、まるで紙切れのように真っ二つに切り裂かれた。構築された壁が一瞬で崩壊する。隙だらけ。
「雑魚が」
ホウオウがその隙に飛び込み、さらに戦果を拡大させていった。
三存在の防波堤。
一千の先遣隊は、確実にその数を減らしつつあった。
激しい戦いが続く中、戦場の東方から、数台の馬車が猛スピードで接近してきた。
到着。
馬車から降り立ってきたのは、女王フランシスカ。そして参謀のシュクレ。
それだけではない。
別の馬車からは、青いドレスの第五聖女マリアンヌ、緑の服をまとった第四聖女ディーク、そして緑のロングヘアの第三聖女イグドラシルとオルエン。
ここに、六人の聖女が再び一堂に会した。
崩れる均衡。そして、再集結。
「マリアンヌ、状況は?」
フランシスカが馬上から戦場を見据えて尋ねた。
マリアンヌは紫水晶を握り締め、既にテレパスで戦場全体の気配を察知していた。
「ホウオウちゃんたちが先遣隊を圧倒しています!ですが、敵の将軍がしぶといです。それに……本隊の気配が、ここから数キロ先まで迫っています!」
「本隊四千、ですか。まずは目の前の先遣隊を完全に無力化し、拠点を構築しなければなりませんね」
フランシスカは凛とした声で言った。
彼女は、戦うことは嫌いだった。しかし、民を守るためなら、聖女としての資質をすべて投げ打つ覚悟があった。
「ディーク、イグドラシル、手を貸してください」
「フン、言われずとも。私の四天王の指輪は、既にホウオウたちに力を与えている。イルゴール、ヴェルゼ、前線へ向かえ。ホウオウの補佐をせよ」
ディークが無表情のまま指示を出した。イルゴールとヴェルゼが、即座に抜刀して戦場へ飛び込んでいく。
イグドラシルも、美しい水晶球を取り出した。
「オルエン、貴方も行きなさい。戦況の予測は私がします」
「へいへい、お安い御用っすよ」
オルエンも口笛を吹きながら、ヴェルゼたちの後を追った。
戦力の大幅な増強。
これには、バルドル帝国のゲオルグ将軍も、鉄の仮面の奥で絶望の色を隠せなかった。
目の前の三人だけでも化け物染みているのに、さらに強力な手練れが次々と参戦してきたのだ。
「おのれ……これほどまでの戦力が、何故追放されていたのだ……!国王め、何を考えておったのだ!」
ゲオルグの恨み節。しかし、クズ国王は既にこの世にいない。
「総員、退却!一度本隊まで引き返す!陣形を立て直せ!」
ゲオルグが決断した。撤退の指示。
生き残った数百人のバルドル兵が、蜘蛛の子を散らすように西へと逃げ始める。
「深追いは禁物です!」
フランシスカが大声で制止した。
ホウオウは剣を引き戻し、不満そうにフランシスカの元へ戻ってきた。
「倒しきれたはずだぞ、フランシスカ」
「いいのです、ホウオウ。私たちの目的は、無益な殺生ではありません。バルドル皇帝に、私たちの強さと、戦う意志が無いことを同時に示すこと。そのためには、この撤退を見逃すのが最善です」
「……分かった」
ホウオウはこくこくと頷き、カバンから干し肉を取り出してもしゃもしゃと食べ始めた。体力の回復。やはりタフな子である。
ひとまずの勝利。
しかし、聖女たちの表情に緩みは無かった。
地平線の向こう、砂煙のさらに奥から、本隊四千の、本当の進軍の足音が近づいてきていたからである。
本当の死闘は、これから始まる。
無事に聖女たちが再集結しました!
次回、バルドル本隊との全面対決、そして不穏な影が動きます。
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