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ここに六つの聖女を率い、世界を正そう。女王。  作者: 夜乃 凛


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2/11

動く帝国

西の領地へと続く荒野を、黒い影が疾走していた。

ホウオウである。

彼女は馬に乗っていなかった。素足の方が速いからである。四天王の指輪の力もあり、その速度はもはや人間の限界を優に超越していた。

地面の砂利が、彼女の足元で激しく弾け飛ぶ。


「駆けること風のごとく、突き進むこと矢のごとし」


ホウオウは意味不明な口上を呟きながら、ただひたすらに前へ向かっていた。

彼女の頭の中にあるのは、フランシスカの安全、そして先行したナイムとミリアムの安否。それだけだった。


一方、西の国境付近。

そこには、かつてのガラハの森を超える広大な荒れ地が広がっていた。手入れなどされていない、灰色の世界。

その灰色の地平線の向こうから、地響きが聞こえてきていた。

規則正しく、重厚な足音。

バルドル帝国の先遣隊であった。

数は一千。本隊五千のうち、足の速い騎馬兵と軽装兵を先に行軍させていたのである。戦術的には非常に正しい判断と言えるだろう。

先遣隊を率いるのは、バルドル帝国の将軍、ゲオルグ。

鉄の仮面を被った、大柄な男だった。表情は見えない。しかし、その身から放たれる殺気は本物だった。


「ふむ。元聖女どもが治める国か。出来損ないの集まりの分際で、調子に乗りおって」


ゲオルグの声は、低く、冷徹に響いた。

彼の目的は単純である。国境を突破し、フランシスカたちの防衛体制が整う前に、大聖堂まで一気に攻め落とすこと。

電撃戦。それが、彼の得意とする戦法だった。


だが、その進軍ルートの前に、二人の人影が立ちはだかっていた。

一人は、赤いおかっぱ頭の少女。第二聖女ナイム。

もう一人は、紫色の長髪をした美しい女性。第一聖女ミリアム。

二人は数日前から、バルドル帝国のキナ臭い動きを察知し、自発的にこの場所に留まっていたのだ。


「おやおや、たくさん来たねぇ。一、二、三……数えるのが面倒になるくらいには大群だな」


ナイムは相変わらずニコニコしていた。しかし、その右手はしっかりと東方の剣の柄に当てられている。隙は無い。


「不愉快ですね。あのような鉄クズの集団が、私たちの美しき領地を土足で踏み荒らそうなどと。ナイム、貴女、まさか一人で特攻するつもりではありませんよね?」


ミリアムは嫌味っぽく言った。紫の瞳が怪しく輝いている。


「するわけないじゃん。私は頭が良いからね。戦力差は一千対二。勝率は限りなくゼロに近い。正面衝突は論外中の論外だよ」


「分かっているなら結構です。時間を稼ぎます。マリアンヌのテレパスで、フランシスカがこちらに向かっていることは把握しています。彼女たちが合流するまで、この国境線を一歩も跨がせるわけにはいきません」


「そうだね。じゃあ、ちょっとしたお芝居をはじめようか」


ナイムがフッと笑った。冷笑。


バルドル帝国の先遣隊が、二人の聖女に気づき、進軍を止めた。

将軍ゲオルグが馬を前へ進める。


「何奴。そこにいるのは、追放されし元聖女ミリアム、そしてナイムか」


「やっほー、鉄仮面のおじさん。ここから先は通行止めなんだよね。大人しく帰ってくれないかな?」


ナイムの軽い言葉。これにはゲオルグも不快感を露わにした。


「たわけが!我らは皇帝陛下の命により、この地を粛清しに来たのだ。女二人が立ち塞がったところで、何が変わる。弓兵隊、構えよ!」


ゲオルグが右手を上げた。瞬時に、百人の弓兵が矢を番える。

緊張。

圧倒的数位。普通ならここで逃げ出す。

しかし、ミリアムは一歩も動かなかった。


「陳腐な武器ですね」


ミリアムが呪文を唱え始める。魔力が高まる。

天候が急激に荒れ始めた。灰色の空に、黒い雲が立ち込め、雷鳴が轟く。


「放て!」


ゲオルグの合図と共に、百本の矢が雨のように二人に降り注いだ。

直撃。

誰もがそう思った。

しかし、次の瞬間、二人の前に巨大な氷の壁が出現した。

ミリアムの魔術。

「フリーズ・シールド」。

すべての矢が、氷の壁に突き刺さり、砕け散った。ダメージはゼロ。


「な……何だと!?」


ゲオルグが驚愕の声を上げた。

その隙を、最強の剣豪が見逃すはずもなかった。

ナイムが消えた。

もとい、消えるほどの速さで地を駆けた。


「上から目線の攻撃は、嫌いでね」


ナイムの声が、ゲオルグの真横から聞こえた。

ハッとするゲオルグ。

直後、ゲオルグの乗っていた馬の足が、四本ともスパッと切り落とされた。

落馬するゲオルグ。重い甲冑の音が響く。

ナイムは既に元の位置に戻り、剣を鞘に収めていた。ニコニコ顔のまま。


「これで、移動速度は落ちたでしょ?さあ、どうする?鉄仮面のおじさん」


「おのれ、化け物め……!全軍、突撃!奴らを圧殺せよ!」


ゲオルグが激昂した。

一千の兵が、一斉に動き出す。地響きが強くなる。


その時、荒野の東方から、凄まじい風が吹き抜けた。

突風。

砂煙が舞い上がり、バルドル兵の視界を奪う。

砂煙の中から現れたのは、黒髪で赤目の少女。

ホウオウだった。

彼女はナイムとミリアムの前に着地し、折れていない新しい名刀を構えた。

指輪がキラキラと輝いている。


「間に合ったぞ。ナイム、ミリアム。フランシスカの命令により、救援に参じた。戦うのは私だ」


ホウオウの言葉には力があった。

戦況は、一千対三。

しかし、ホウオウの参戦により、パワーバランスは微妙に揺らぎ始めていた。


少し遅れて、フランシスカとシュクレ率いる少数の護衛部隊も、馬車でこの地に接近しつつあった。

マリアンヌの紫水晶が、フランシスカのポケットの中で、熱を帯びている。


死闘それだけ。

隣国バルドルの進軍の足音は、確実に、彼女たちの運命の歯車を狂わせようとしていた。

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