あたらしい命のために
いつだったか、君は僕にこう言った。
「たとえこの瞬間、『言葉』というものが消えてしまっても、人と人とが分かり合いたいと願うかぎり、何百年かけても、また新しい『言葉』は生まれるはず。
その点で、人間は他の生き物よりも、互いを理解するのが難しいのかもしれないわね。
でも――思いや伝えたいことを形にして、後の時代に残すには、『言葉』がいちばん確かな方法。
それを生み出した人間は、自分たちがこの世界にいたことを、ずっと語り継いでいけるのだから」
僕はこれから何十年か、君のいないこの世界で生きていくのだろう。
そのうち、君に教えてもらった大切なことを、どこかに置き忘れてしまうかもしれない。
それでも――こうして書き残したかぎり、君の願いも、存在も、約束も、なくなってしまうことはないはずだ。
たとえ僕が見てきたものすべてが幻だったとしても、君の望んだ世界を信じているこの命が、ここにある。
僕の中に、君がいる。
僕という人間を形づくるすべての出会いの中に、確かに、君という存在があった。
君が生きた軌跡の中で紡がれた言葉たち。
誰かを幸せにしたいと願う、その想い。
それだけは、決して忘れてはいけない。
――そう思える自分が、今ここにいる。
そして、数年の後――
僕は今、病院の一室でこれを書いている。
生まれたばかりの小さな命をこの手に抱き、その余韻に浸りながら。
安らかな寝息を立てる真唯子を起こさないよう、紙と鉛筆で、静かにゆっくりと。
まっさらな自由帳が真っ黒になるまで、二人で夢中になって書き続けた、あの頃の日々が、ふと懐かしくなる。
これからも――ずっと。
永遠よりも長く、この世界という名の自由帳に、僕たちは物語を書き続けていくのだと思う。
これから生まれてくる命へ。
そして、これから生きていくすべての命へ。
幸せが繋がっていく、その物語を。
たとえ魂だけの存在でも、君は僕を幸せにしてくれた。
君がくれた約束が、大切なことを思い出させてくれた。
僕は今、本当に幸せだよ。
ユウ、ありがとう。
――そして、さようなら。
いつかまた、薄紅と新緑に彩られたハナミズキの下。
たくさんの言葉を交わせる日を願って。
―完―
最後まで読んでいただきありがとうございました。
この物語は、かれこれ20年ほど前に書いたものです。
最近になって、続編を書きたい気持ちが湧いてきたので、
それならもう一度、最初から見つめ直したほうがいいと思い、
改訂と新エピソードを加えて、上げ直しました。
まだどういう方向性にするかは決めかねていますが、
久作と真唯子の間に生まれた子供を軸に、進めていこうかなと考えています。
よろしければ、そちらのほうも続けてお楽しみください。




