表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コトノハの木の下で  作者: 氷河期のやもめ
1/12

おもいでの欠けら

 専門学校を出て三年。四月になっていた。

 僕は地元のホテルに就職し、それなりに安定した生活を送っていた。社会人になれば、次は結婚だとか家庭だとか、そういうことを考えるものなのかもしれない。同級生の中には、もう子どもがいるやつもいるらしい。けれど、僕にはどうしてもそういう気持ちが持てなかった。

 いつの間にか、両親が結婚した頃と同じ歳になっていた。

今も実家で暮らしている僕は、周りから見れば気楽な独身貴族にでも見えるのだろう。親戚からは、「親と違って慎重だな」なんて、皮肉とも本気ともつかないことを言われることもある。

 社会人になりたての頃、一度だけ一人暮らしをしたことがある。あのときの大変さは、身に染みて分かっている。だから今の暮らしの気楽さを、わざわざ手放そうとは思えなかった。もちろん、実家にいる以上、生活費はできるだけ入れているし、家のこともそれなりに手伝っているつもりだ。それでも、このままずっと独りでいたら、二人に余計な心配をかけてしまうのかもしれない。

 結婚――。それは僕にとって、まだずっと先の話のように思えた。両親には悪いが、このまま一度もその機会が訪れないまま終わるかもしれない、とさえ思っていた。そう思うだけの理由が、僕にはあった。学生の頃の苦い経験――トラウマと言っていいのかもしれない。それ以来、僕はまともに恋愛をしていないし、友人と呼べる存在を作ろうともしてこなかった。

 あの記憶から逃げるように、気づけば僕は、自分から人と距離を置くようになっていた。


 そんな僕にも、まったく女性との縁がなかったわけではない。唯一、気を許せる相手がいた。都築真唯子(つづきまいこ)。幼稚園から高校まで、ずっと一緒だった。いわゆる腐れ縁というやつだ。

 彼女が地元を離れ、遠くの大学へ進学したとき、僕はようやくその呪縛から解放されたような気がしていた。けれど……

「っと、メール来てるな」

 科学の進歩は、とてつもないものだ。子供の頃に見ていたアニメの未来道具は、世紀が変わってほどなく、いつの間にか当たり前の現実になっていた。どんなに遠く離れていても、人と人は瞬時に繋がることができる。そのうち、写真やビデオも簡単に送れる、手のひらサイズのパソコンなんて物もできるのかもしれない。

 仕事から帰ると、僕はパソコンをいじるのが日課になっていた。真唯子とはほぼ毎日メールのやり取りをしている。彼女は小説家として生きていくことを目指していた。中学生のころからの夢で、そのために努力している姿を僕はずっと見てきた。だからこそ、まだ一度も入選や出版に至っていないことを、少し気にかけていた。

 けれど僕は、それをあえて口にはしなかった。安易な励ましや同情を嫌う、彼女の性格を知っているからだ。

 デスクに座り、メールソフトを開くと、案の定、真唯子から一通届いていた。

「3章の校正もう少しで終わりけり。アンタが帰ってくるまでには出来上がってるかもね。こないだ帰省したときの写真を添付しつる。ウイルスは入らず候、安心セヨ」

 相変わらず、節操のない言葉遣いだと思いながら、僕は添付ファイルを開いた。そこに写っていたのは、僕たちが通っていた幼稚園の、変わらない風景だった。

 秋になるとサツマイモが採れる畑。その片隅に立つハナミズキ。数年ぶりに訪れたその場所で、彼女はこの景色を撮っていた。そのときの気持ちを思うと、どこか懐かしくて、少しだけ胸が締めつけられるようだった。

「ただいま帰宅ナリ。校正終わった? できたら送って。あと写真ありがたき幸せ」

 彼女に合わせて、それっぽい言葉で返すと、すぐに返信が来た。

「早いじゃん、おかえりー。文章のほうはもちっと待っとって。どうでもいいけど、写真撮るときくらい愛想よくしたら?」

 僕たちは数ヶ月前から、ひとつの小説を一緒に書いていた。僕が大まかな流れを考えて文章を書き、真唯子がそれに手を加え、整えていく。

 もともとは学生の頃に一度だけ手をつけて、途中で放り出してしまった話だった。それをもう一度、形を変えて書き直している。きっかけがどちらからだったのかは、もう覚えていない。

「愛想笑いはお仕事用に取っておくんだって。あ、そうだ。4章のあらすじが大体できたから、風呂入ったあと送るよ」

 そう返してから、僕はもう一度、さっきの画像を開いた。それから机の引き出しを開け、一枚の写真を取り出す。同じ場所で撮られた写真だった。

 けれど、そこに写っているものは、少し違っていた。

 送られてきた写真には、僕と彼女の二人。手元にある古い写真には、その間に、もう一人の少女が立っている。その違いが、僕に愛想笑いさえさせない理由だった。

「笑わないんじゃない、笑えないんだ」

 心の中で、そう呟く。欠けてしまったパズルの一片。二度と戻らない、ひとつの命。


それがどれほどのものなのか――

そのときの僕は、まだ知らなかった。


 自分で掘ったサツマイモを手に、無邪気に笑う三人の姿。色褪せたはずのその写真は、今の僕には、やけに鮮やかに見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ