25(最終話)
「ねえ、アイ。早く起きて。朝ごはんとっくにできてるよ」
今日も私は、階段下から聞こえてくるケイの声で目を覚ます。
朝食は和食なのだろうか。部屋中にふんわりと漂う出汁の香りが、私をどこか懐かしい気持ちにさせた。
ヤソの集落における教祖の悪行が発覚してから、そろそろ半年が過ぎようとしている。
あの日、とっくに日付が変わった後でマモリの家に帰った私を、ケイもメテも寝ずに待ってくれていた。
「マモリから、アイが一人でヤソの集落に向かったって聞いて……。なんでそんな危険なことをするのさ!」
心配が行き過ぎた結果なのだろう。ケイからは開口一番そう叱られてしまった。
「ごめんね。あなた達が危険に晒されたと聞いて、居ても立っても居られなくなっちゃったの」
「その気持ちは嬉しいし、アイがそういう人だっていうのも知ってる。でも、何度も言うけどもうちょっと自分のことを大切にしてよ」
今回の事件の顛末について、私はケイに多くを語るつもりはなかった。
だって、子どもに知らせるにはあまりにショッキングすぎると思ったから。
けれども、瞳を潤ませながら私の身を心配してくれるケイに、ついつい口を滑らせてしまったのだ。
「心配掛けてごめんね。でも、ケイが私に毒の耐性をつけてくれていたおかげで、こうして無事に帰ってこれたよ」
「…………は?」
ケイの口から漏れたその言葉は、周囲を瞬時に凍らせることができるのではないかと思うくらいに冷たくて、私はその瞬間に自分の発言を後悔した。
しかし、当然ながら口から出てしまった言葉を、取り消すことなどできるはずもない。
「なんで僕がこっそりアイに毒の耐性をつけてたことを知ってるの? まさかとは思うけど、それが役に立つ場面があったとか?」
口元に笑みを浮かべながらも、全く笑っていない目で見つめられて、私は早々に白旗を上げるしかなかった。
「あ、念のために言っておくけど、誤魔化そうとしても無駄だと思うよ? アイは自分が思っている以上にわかりやすいから」
そんな言葉に逃げ道を奪われ、ヤソの集落で起こった出来事について一から十まで全てを説明し終えると、ケイの口からは大きな溜息が吐き出された。
「……本当に、話を聞いてるだけでもヒヤヒヤするよ」
「心配させると思ったから、言わないでおこうと思ったんだよ?」
「え、何? 言わなければなかったことになるとでも思ったわけ?」
怒りを隠そうともしないケイを前に、その時の私は慌てて話題を変えることにした。
「そ、それにしても、あの場面で助けに来てくれるなんて、マオとユウは本当にタイミングが良いよね。お伽話に出てくる英雄かと思っちゃった」
二人が現れた瞬間には、思わず「これは都合の良い夢だ」と思ってしまったくらいのナイスタイミング。
あのタイミング良さは、モブでは絶対にあり得ない。
きっと、二人が『LOJ』の主要人物だからこそ発生したミラクルなのだろう。
そう考える私に向かって、ケイは呆れたような顔を向けた。
「ひょっとして、二人がヤソの集落に訪れたのを、たまたまだと思ってる?」
「え? 違うの?」
「そんなわけないじゃん。僕が呼んだんだよ」
ケイの言葉を聞いて、私の頭の中に「なるほど!」と「どうやって?」の二つの気持ちが同時に芽生える。
おそらく、そんな私の気持ちを読み取ったのだろう。ケイは「これだよ」と言いながら、自身が発明したという魔道具を突き出した。
「マモリにも聞いたと思うけど、これがあれば誰でも転移魔法が使えるんだ。勇者が使う転移魔法と違って、この魔道具では〝特定の場所〟だけでなく、〝特定の人〟の場所にも行けるようになってるんだよ。……まあ、〝行ったことのある場所〟〝会ったことのある人〟には限られるんだけど」
ケイはそう言うと、なんでもないことのように「だから、僕がマオのところに転移して、応援を頼んだんだよ」と付け足した。
「……ん? でも、いつケイはマオ達と知り合ったの? あのパーティーの中で私がケイに紹介したのは、マモリだけだったよね?」
手紙のやりとりをしていたから、メグの住所も知ってはいるだろうけれど、マオ達とは接点すらないはずだ。
しかし私の質問を聞いたケイは、今度こそ驚愕の表情を浮かべた。
「……本気で言ってる? まさか、本当に気づいてなかったわけ?」
「何が?」
「アイが知らない半魔人を家に招き入れたことがあるでしょ? あれ、変身したマオだよ」
「ええっ!?」
驚きのあまり叫び声を上げる私に対して、ケイは「『ええ!?』はこっちの台詞なんだけど」と返す。
「僕が勝手に名づけた〈魔草〉という言葉を知ってたってアイから聞いて、おかしいと思って追いかけたんだ。実際に会うと半魔人の匂いはしないし、問い詰めたら『変身術を使ってる』って言われて。だから、僕にとってマオは〝会ったことのある人〟なんだ」
……主人公である自身のキャラデザを自在に変える「変身術」!!
その後ケイは自分が発明した魔道具について、「アイに見せてもらった〈三種の魔道具〉から着想を得た」だとか、「核として使う魔石にも道具によって向き不向きがある」だとか、様々なことを説明してくれていたらしい。
けれども、思わぬところで「変身術」が役立っていることに衝撃を受けた私の耳には、ほとんど入ってはこなかった。
……そんなことを思い出しているうちに、思っていた以上に時間が経っていたようだ。
「ねえ、聞いてる? 朝ごはん、食べないの?」
なかなか降りてこない私に痺れを切らしたケイが、部屋まで私を呼びに来る。
そして私が起きていることを確認すると、「今日はユウとマオが来る日でしょ? 早くしないと間に合わないよ」と言った。
あの日から、ユウとマオはそれぞれ人族と魔族の立場に立って、互いに共生の道を探っている。
その中で二人は、定期的に進捗や問題点を話し合う場を設けているのだが、どういうわけだかその話し合いは毎回我が家で行われるのだ。
さらに今日は、それだけではない。
「確か今日はメグも来てくれるんだよね。メテはどう? 緊張してる?」
「緊張もあるだろうけど、楽しみの方が勝ってるみたい。今朝なんか僕よりも早く起きてたおかげで、準備もばっちりだよ」
かつて魔獣から襲撃を受けた街で、救済施設を運営しているメグ。
「そんなメグを手伝うために」と言う名目で、来月からメテが定期的にその救済施設に通うことになっている。まあ、一種の社会勉強だ。
そして今日は事前面談ということで、ユウやマオの来訪に合わせて、メグもこの家を訪れることになっている。
「せっかくなら、マモリにも来てほしかったなあ」
「仕方ないでしょ。マモリの家、二人目の子どもが生まれたばかりなんだから」
そう言いながらケイが差し出したマグカップに、私はそっと口をつける。
中身はもちろん、私の危機を救ってくれた「アイ用」のハーブティーだ。
……結局、私の行動が正しかったのかはわからない。
「原作に介入すべきじゃなかった」と考える人もいるだろうし、逆に「ユウが仲間と共に旅を続けられるよう導くべきだった」と主張する人もいるだろう。
けれども、彼ら自身が選び取ったものについて、赤の他人がとやかく批評する権利なんてものはない。
この世界に生きる彼らは、自分でどう生きるかを選択し、そして日々を精一杯生きている。
そしてきっと、後悔のない人生を送るためには、それが一番重要なことなのだ。
「ねえ! 今日のお昼は私がごはん作ろっか!」
「別にいいよ。アイが料理苦手なの知ってるし」
「でも、〝蒸す〟ができるようになったから、レパートリーは増えたよ」
「……得意げに言うほどのことでもないから」
そんな会話を交わしつつ、今日も私はありふれた日常のスタートを切るのだった。
これにて作品完結です。
最後まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。
今後の参考のためにも、評価や感想いただければ嬉しいです。




