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「僕は魔族の側につくよ」
マオのその言葉を最後に、私達の間には沈黙が訪れた。
それがどれくらいの長さだったのかは、正確にはわからない。
実際はほんの数秒だったのかもしれないけれど、私にとっては永遠に続くかと思われるくらいに長く感じられた。
そんな静けさを破ったのは、ユウだった。
「……なんでだよっ! はじまりの村で交わした『一緒に〝平穏な世界〟を手に入れよう』って約束は、どうなるんだよっ! マオは俺との約束を、道半ばで破ろうって言うのか!?」
そう言いながらマオに詰め寄るユウは、迷子の子どものような顔をしていた。
「今まで俺達は【人間界を守る】ために、【魔界を潰す】ために力を合わせて来たんじゃないのかよっ!」
しかしマオはその言葉に対しても、「もう決めたんだ」とだけ返し、意見を変えるつもりはないように見えた。
そんな二人のやりとりを前に、私の頭の中には『LOJ』のワンシーンが思い浮かぶ。
『自分が何を目指していたのかがわからなくなってしまったよ』
そう言い残してプレイヤーであるユウの元を去る、マオの後ろ姿。
『LOJ』でのマオは、〝マモリの死〟と〝メグの精神崩壊〟をきっかけに、「命を賭けて守るだけの価値が人族にはない」と結論づけ、そして魔族側へと寝返ったと考えられていた。
それを思うと、今のマオがユウとの離別を決意するのにも頷ける。
だって、今回明らかになった教祖のこれまでの行いは、マオが「人族には守るだけの価値がない」と考えてもおかしくないくらいに、酷いものなのだから。
きっと目の前のマオは、人族に見切りをつけてしまったに違いない。
……私は結局、マオの闇落ちを止めることなどできなかった。
私のやってきたことは、無意味だったのだ。
けれども、自分の無力さに打ちひしがれている私の耳に届いたのは、思いもよらない言葉だった。
「ただ、誤解のないように言っておくけど、僕はユウとの約束を道半ばで諦めるつもりはないよ」
そんなマオの発言が予想外だったのは、どうやらユウも同じらしく、私達の口からは同時に「え?」という言葉が漏れる。
おそらく私も、ユウ同様に相当間の抜けた顔をしているのだろう。
マオは私とユウの顔を交互に見ると、「君達は本当に素直な反応をするね」と言って笑った。
「僕はユウと敵対するために『魔族の側につく』と言ってるんじゃない。むしろこれは、ユウと共に平穏な世界を手に入れるための選択なんだ」
「……どういう意味だ?」
「『真面目に真っ当に暮らしている人々の生活が、邪悪な存在によって破壊されることのないように』。そんな思いを胸に、僕が勇者を続けてきたと話したことを、ユウは覚えているかい?」
それは、『LOJ』であれば前編冒頭でのマオの台詞だ。
その言葉は、前世で画面越しに何度も聞いてきた私はもちろんのこと、ユウの記憶にも残っているらしい。
「それがどうした」とでも言いたげな表情を浮かべながらも、彼は「ああ」と小さく頷いた。
「少し前から、頭の隅にはあったんだ。僕が憎む〝邪悪な存在〟は魔族に限らないし、〝真面目に真っ当に暮らしている人々〟は人族に限らないんじゃないか……って。僕は人族か魔族かにかかわらず、善良な生き物が安心して暮らせる平穏な世界を作っていきたいんだ」
魔族には「味方と連携する」という考えがないから、今回のようなことが起きたとしても、力のないものには成す術がない。泣き寝入りをするか、できたとしても自身の破滅を覚悟して捨て身で報復に臨むことくらいだ。
だから自分は魔族側に渡り、弱く善良な魔族が安心して暮らしていけるように社会を整えたい……というのが、マオの主張だった。
それでもやはり、ユウはまだ納得できていないらしい。
「……だったら、俺と一緒にやればいいんじゃないのか? なんで『一緒にやろう』って言ってくれないんだ?」
寂しげな表情で「俺はもういらないのかよ」と言うユウの言葉を、マオが「それは違う」と強い口調で否定する。
「さっきも言ったじゃないか。僕は、ユウと共に平穏な世界を手に入れることを諦めてはいないって」
「でも、マオは俺を置いて行くんだろ? それのどこが〝共に〟なんだよ」
「僕は、『ユウには人族側に残って魔族との共生の道を探ってほしい』と考えているんだ」
マオはそこで一旦言葉を区切ると、ちらりとこちらを見た後で「きっとできるはずだ」と続けた。
「人間と半魔人が家族として暮らしている例を、僕は知っている。今の僕にとってその家族は、未来への希望そのものなんだよ」
そう言ってマオは、朗らかに笑った。
この世界のマオが目指すのは、人族か魔族かのどちらか一方にとって都合の良い世界ではない。
たとえそれが困難な道であろうとも、彼は両方にとってより良い世界を作りたいと考えている。
……これは闇堕ちなんかじゃなく、マオが自身の考える正義を貫いた結果の選択なのだ。
思ってもみなかった展開に、私は呆然としてしまう。
けれどもこの分岐は、私が考えていた以上の……〝ユウとマオが力を合わせて魔界を潰す〟という結末以上の、ハッピーエンドを迎える可能性を秘めている。
そして、そんな未来を夢見て私の目の前で固く握手を交わす二人の表情は、決意と希望に満ち溢れている。
「その時が来るまでの、しばらくの別れ……ってことだな?」
ユウの言葉に、マオが力強く頷く。
「そうだよ。一緒に〝平穏な世界〟を手に入れるためのね」
彼らから少し離れたところ、これがゲームの一場面ならば画面には映らないその場所で、私はひっそりと彼らを見守る。
彼らがはじまりの村で誓い合ったあの時とは違い、ここは薄暗い地下施設の中。
この場所に辿り着くまでに駆けずり回ったのであろう彼らの服には、ところどころに泥だってついている。
けれどもその光景は、今までに見たどんなものよりも美しく感じられるものだった。
しかし、そんなふうにモブとして二人の姿を見つめる私に、ユウが声を投げ掛ける。
「おい、アイも。なんで他人事みたいな顔してるんだよ」
「そうだよ。君にも……アイにも、ユウの手助けをしてもらうつもりだからね」
続くマオも、そう言ってこちらに手を伸ばす。
「力を貸してくれるだろう?」
その言葉は質問の形をとってはいるものの、断られるとは微塵も思っていないようだ。
その証拠に、私を見る二人の瞳はキラキラと輝いてるのだから。
……正直に言うと、「平穏な世界を作る」というのは、私が目指す目標としては壮大すぎる。
「自分の大切な人が幸せでいてくれたらそれでいい」と考える私にとっては、人族も魔族も含めた全員の幸せを担わされるのは荷が重い……というのが本音だ。
それでも。
「……当たり前でしょ」
そう言いながら、私は差し出された手を握り返す。
「人族と魔族が共生できる世界は、きっと私達家族にとっても住みやすい世界でしょうしね」
そんな私の返事を聞いて、目の前の二人は満足げに頷いた。
最初に口を開いたのは、マオ。
「僕はまず、囚われていた子達を親元に帰しに行ってくるよ。下手をすれば人族と魔族の全体を巻き込んだ大きな争いになりかねないけれど……まあ、そうならないよう立ち回るのが、僕の最初の任務だね」
次が、ユウ。
「俺は〝人の王〟に謁見を申し入れようと思う。今回の教祖の悪事については、俺らだけで対応できるものではないからな。説法会の参加者も、野放しにはしておけねえし」
最後に、私。
「私は一旦マモリの家に帰ってもいいかな? マモリの家に預けている家族が心配だし……。それに、二人の決断をマモリにも、後々はメグにも伝えようと思ってる。きっと、二人とも力を貸してくれるはずよ」
今後についての会話を交わしながら、私達はまた一歩足を踏み出す。
誰もが平穏に、幸せに生きていける世界を手に入れるという、究極のハッピーエンドを目指して。
「そんなことできっこない」と、言う人もいるだろう。
私達の挑戦を、笑う人もいるだろう。
それでも私達は、自分が大切にするものを守るために、自分が信じる正義を貫くために、共に前に進むことを決意したのだった。
次回最終話です。




